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⑤解毒

 ユタに先導され辿り着いたのは、街中(まちなか)にある診療所だった。

 診療所といっても設備が整っている訳ではないし、医者が逗留(とうりゅう)している訳でもない。

 この時代の診療所とは、感染のおそれがある(やまい)(かか)った者を一時的に隔離するために使ったり、災害による避難民の受け入れ場所として活用されていた。

 中に入ると、大部屋が幾つも並んでいる。

 ユタはそのうちのひとつ、しっかりと扉が閉じられている部屋の前で足を止めた。速度を落とさず走り続けてきたせいで息は乱れ、肩を上下させている。


「ここにコウジュさんと、毒に侵された人がいるのね?」


 一方、ルティアの息は、ひとつも乱れていなかった。

 日々の鍛錬の賜物(たまもの)……と言いたいところだが、走っているとき不思議と風の抵抗を感じなかったのだ。むしろルティアの背中を押すように「追い風」が吹いてきて、身軽に走ることができた。

 もしかしたら、キーノスから預かった「首飾り」の恩恵かもしれない。

 仲間たちの想いが、そばにあるのだと思うと、ルティアの胸は熱くなった。


「……入ったら……扉、すぐ閉めて……わかった?」

「わかったわ」


 ユタが扉を開けて中に入る。

 むっとした湿度のある熱い空気に、全身を包まれる。

 ルティアは素早く扉を閉じた。


「オッサン! 薬草持ってきたぞ!」

「――馬鹿やろう! はやく鼻と口を(ふさ)げ! なるべく吸い込むなよっ!」


 刹那、強烈な男の怒号(どごう)が飛んできた。

 この男が――コウジュだ。

 ベッドもない質素な部屋で、コウジュは床に横たわる患者のそばに腰を下ろしていた。

 顔は目から下を布で覆っているためよく見えないが、少し()れた目尻に(ふち)取られた瞳は琥珀(こはく)色。くすんだオリーブ色の癖っ毛は、汗と湿気でくしゅりと(しぼ)んでいる。

 歳は三十代半ばくらいか……。


(この人が、守護(ガーディアン)救命団(セイバーズ)のひとり……)


 座っていても分かる……まるで屈強な冒険者のような体躯(たいく)

 背は高く、ただの医師とは思えない両腕の隆々(りゅうりゅう)とした筋肉。日々鍛錬を積まなければ、こういう体にはならないはずだ。

 コウジュは片手に水差(みずさ)しを持ち、患者の口元に当て、水を飲ませていた。

 患者は若い男だ。

 毒で発熱し、赤黒くなった顔を歪ませて(うめ)いている。


(苦しいわよね……)


 気の毒に思う。

 ルティアも魔獣の毒に(おか)された経験があるから分かる。

 まず焼け付くような痛みが全身に走り、指一本、まともに動かせ無くなる。

 この痛みの時点で、(ほとん)どの者は気を失ってしまうだろう。

 ルティアですら、業火(ごうか)に焼かれるような痛みに意識を手放したくらいだ。


(あの時……リュードさんが助けてくれなかったら、私は確実に死んでいたわね)


 ユタが鼻と口を長めの布で覆っている間、ルティアは首に下げていたターバンを(ひたい)に結ぶ。

 この部屋は蒸し暑い。

 すでに全身から汗が噴き出していた。

 外套(がいとう)がいらないこの季節に、部屋の暖炉(だんろ)には火が()かれている。

 さらに湿度を高める為に、部屋の至るところに水を入れた(おけ)が設けられていた。

 ――これは一般的な解毒方法のひとつだ。

 わざと温度、湿度を高めた環境をつくり、そのなかで患者に大量の水や、薬湯(やくとう)を摂取させる。

 そうすることで全身にまわった毒を、汗と一緒に出させるのだ。

 鼻と口を塞ぐのは、体内から汗とともに染み出した毒素を吸い込まないようにするため。

 毒素を(はら)んだ汗が蒸発すれば、空気に混じってしまう。


「ユタは、とにかく薬草を(せん)じて持ってこい! 時間との勝負だぞ! ……あ? 誰だおまえ。坊やに恋人(オンナ)はまだ早いぞ!」

「ち、違うってば……!」

「とにかく邪魔だ! ――死にたくなかったらでていけ!」


 ギロリと琥珀(こはく)色の瞳に(にら)まれるが、ルティアが(ひる)むことはない。

 手早く自分の荷を解き、そのなかから遮光瓶(しゃこうびん)を二つ取り出すと、コウジュに近づく。


「説明はあとよ。これを見て理解して――!」


 ルティアはふたたび、己の胸に刻まれている「印」を(さら)して見せる。

 これは処女(しょじょ)三神(さんしん)御業(みわざ)が施せるという(あかし)でもあった。


「――! おまえっ、祈祷師(きとうし)だったのかよ⁉︎」

「いいえ。剣士よ」

「はぁっ⁉︎」

「だから説明はあと! ――聖水よ。これで早く助けてあげて」

「……本物か?」

「もちろん! 私のお手製よ」

「そんじゃ、有り難く使わせてもらうぜっ!」


 コウジュは、聖水を水差(みずさ)しに移し替える。


「聖水は二つあるから、あとで貴方も飲んだほうがいいわ」

「……俺には必要ない」

「いいえ。貴方も患者の出した汗でびっしょりじゃない。あとで苦しむわよ?」


 患者の汗には毒素が混じっているはずだ。

 触れてしまえば、皮膚から体内に毒を取り込むことになってしまう。

 少量だとしても魔獣の毒は強力だ。

 死ぬことはなくても、二、三日は高熱で苦しむことになるだろう。


「それこそ愚問だぜ。ちょっとやそっとじゃ壊れないように出来てるんでね……」


 コウジュは毒で(うめ)く青年の唇に、水差しの先端を当てると、少しずつ慎重に喉奥(のどおく)に流し込んでいく。

 聖水の効果は絶大だ。

 それにこの患者はまだ若く、体力もあるだろう。


(今は辛いでしょうけど、あと少し頑張って。必ず助かるから……)


 患者がしっかり聖水を飲んだのを見届けてから、ルティアは腰に備えた愛剣の(つか)に手をかける。


「――何をする気?」


 ユタが眉を寄せて言った。

 この場で剣を使う意図が分からないからだ。


「私は、私に出来ることをするの」


 ルティアは躊躇いなく剣を引き抜いた。

 両刃仕様の中剣は、突いても引いても、どちらでも攻撃できるようになっている。かつて英雄と呼ばれたルティアの父が好んで使った仕様と同じ。

 むろん、父は中剣ではなく、大剣使いだったが……。

 ルティアは中剣の先で、トン……と床を軽く突いたあと、言葉を紡ぐ。


『我が剣の示すところ、不浄(ふじょう)の地なり』


 それから室内を巡り、四隅(よすみ)の床を剣先でトンとつく。

 最後にゆっくりと部屋の中央に歩むと、今度は剣先を上に向けて、身体の中心で構える。


「――すごい。これが……神の御業(みわざ)……」


 ユタが感嘆の声を上げる。

 何故なら、ルティアを中心に「光」が生まれていたからだ。


 一方……ルティアは深い精神集中のなかにいた。

 祈祷師の業にも種類はあるが、どれもかなりの精神集中を必要とする。

 熟練した祈祷師ならば、例えば……リュードであれば、これくらいの(わざ)は一瞬で施せる。しかしルティアはまだ未熟だった。

 剣を扱うのとは、まるで違う。

 祈祷師の業とは「神と繋がる行為」でもある。

 大地を感じながら、自分の身体の中心に軸をつくり、意識を真っ直ぐ天上に向かって伸ばしていく。

 意識は、高い空を()け上がり、星々の()る、はるかな宇宙まで……。

 ルティアは自分のなかの軸を定めるため、あえて剣を使う。剣は、ルティアにとって身体の一部なのだ。

 そして……全てが満ちたとき「(わざ)」は完成する。


『浄化の神、エイオス。この地を浄め給え――!』


 刹那、天上から舞い降りた「光」が、室内を包み込む。

 部屋の中の毒素を孕んだ空気が、浄化されていく。

 患者に集中していたコウジュも、この時ばかりは顔を上げ、目を(みは)る。


 やがて光は収束する。

 粉雪のような残滓(ざんし)が、空気とともに、ふわふわと舞っていた。


「……もう、口を塞がなくても大丈夫よ。しばらくは、この光が浄化し続けてくれるから」


 コウジュが汗で濡れた口布を外すと、精悍(せいかん)な顔つきが露わになった。


「患者さんのほうは、どう?」

「ああ、大丈夫だろ。 ……聖水が偽物じゃなきゃな」

「じゃあ心配ないわね。もし容態が急変するようなら声掛けて。次は「ウートス」の業を使うから」


 ウートスとは、処女三神のうちの一柱(ひとはしら)。癒しを司る神だ。


「分かった……と言いたいとこだが、そんなに払える金はねえぞ。こちとら奉仕活動なんでな」

「だからお金は要らないわよ。だけどそのかわり、お願いがあるの……」

「女からされるお願いなんざ、(ろく)でもないことに決まってる」

「そう邪険にしないでよ。私だって必死なのよ……」


 ルティアは苦笑いしながら壁際まで行くと、そこで腰をおろす。

 壁に背を預けて、そっと目を閉じた。


「……ちょっと、休むわ」

「え……ここで?」


 ユタが目を丸くする。


「大丈夫。長い時間じゃないわ。……それにしても、暑いわね……」


 ルティアが右手を暖炉に向かって(かざ)すと、一瞬にして火は掻き消えた。

 火神ローギの加護のお陰だ。

 

(……疲れた……)


 神の御業を施したあとは、肉体的にも精神的にも疲弊(ひへい)する。

 旅の疲れも響いているのかもしれない。

 ルティアは眠りの淵に落ちていった。


「おいユタ坊。この女、どっから拾ってきたんだよ……」

「坊って言うな。 オッサンの家を訪ねてきたんだよ」

「俺の(うち)を?」

「うん。この人……ルティア・ロードナイトだよ――」

「――はっ⁉︎」


 驚いたコウジュが、危うく水差しを落としそうになる。


「嘘だろ……」

「いや、ホントだから」


 ユタが着ていたシャツを脱ぐと、眠りこけているルティアの身体にパサリとかけた。

 汗がひけば、じきに身体は冷えていくだろう。

 風邪をひいたら大変だ……。


「ロードナイト……ロードナイトって言やぁ……」

「だから、魔王を討ち取った女剣士だよ」

「そう、なんだけど……そうじゃねぇんだよ」

「意味分かんない。なに? オッサンの知り合いとか?」

「あ〜、まあ……もしかしたらな……」


 コウジュは、半眼でルティアを見つめる。

 一片の屈託もない寝顔は、忘れもしない()()()()を宿している気がした。



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