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④コウジュを訪ねて。

お待たせいたしました。

 ルティアの眠りは浅い。

 昨夜は野宿だった。

 しかも、いつ現れるか分からない魔獣を警戒しての旅だ。

 呑気に熟睡はできない。

 だが……リュードとの出会いの記憶は、ルティアの心と身体に活力をもたらした。

 明け(がらす)とともにルティアは身体を起こし、渓流で身を清める。

 まだ辺りは薄暗く、天頂には膨らんだ月が白く浮いて見えた。


 ルティアは旅を再開する。

 一人で思うのはリュードのこと……。

 愛する祈祷師の姿を(まぶた)の裏でえがくと、胸の奥がどうしようもなく()れた。


「リュードさん、貴方は今どこにいて何を思っていますか? 私のこと……どう思っていますか?」


 (しら)む空に(かす)んでいく月を眺めて、ルティアは呟いた。




 それからの旅路は順調だった。

 魔獣に遭遇することもなく、夕方には無事に山を越えて(ふもと)の村に着く。

 麓の村では、女の一人旅を(いぶか)りもしたが、ルティアが名乗るとすぐに歓迎された。

 ――「魔王を倒した女剣士、ルティア・ロードナイト」。

 今や国中……いや大陸中に、この名は知れ渡っていた。

 おかげで温かい食事と、しっかり眠れるベッドを用意してもらえた。




 目的地「ラスダ」に到着する。

 ラスダは小さな街だが、流通は良いのか、さきほどから荷を積んだ馬車が幾つも街道(かいどう)を走っている。

 旅人や、冒険者の補給には、恰好(かっこう)の場所なのだろう。


(まずは、コウジュさんの家を探さなくちゃね)


 コウジュとは、ルティアが突き止めた「守護(ガーディアン)救命団(セイバーズ)」として活動している人物。

 毎年この時期に故郷(ラスダ)に帰還すると情報は得ている。

 まずは直接会って、同行させてもらえるようお願いしなければ……。

 地元の者ならきっと、コウジュの家を知っているはずだとルティアは考える。


「すみません。コウジュさんの家を探しているのですが、ご存知ですか?」


 街道沿いに並ぶ屋台のひとつに佇んでいた老婦(ろうふ)に、ルティアは声を掛けてみる。

 すると野菜売りの老婦は顔を上げて、街道の先を指差して言った。


「アノ人の家ならこの道を真っ直ぐ。しばらく歩いてくといいよ……」

「ずっと真っ直ぐね。ちなみに、どんな家かしら? すぐに分かる?」

「ああ……ぽつりと一軒だけ離れてるから行けば分かるさ。だけど気をつけな」

「え?」

「家の前に、ぼうぼうと()えているのは雑草じゃなくて薬草だ。踏み荒らしちゃあいけないよ」

「わかったわ。……もしかしてコウジュさんと知り合い?」

「アノ人には、古傷に()く薬をもらってるからねぇ……」


 老婦はそう言って、(しわ)の寄った手のひらで左腕をさすって見せた。

 昔、怪我でもしたのだろう。

 ルティアも傷が痛む気持ちはよく分かった。

 魔獣や魔王との戦いで負った傷跡が、全身に数え切れないくらいあるのだ。体調が悪い日や、天気が崩れる前には痛むことがある。


「そうだったの……。お大事にね、教えてくれて有難う……」


 ルティアはお礼を言うと、老婦が指差した先に歩を進める。

 蛇行(だこう)しながら続く街道は、ラグスの街を左右にくっきり割るように伸びていた。

 (のぞ)む先に、まだそれらしき家は見えない。


(外れのほうにあるのかしら……)


 一軒だけ離れていると言うから、そうかもしれない。


 ルティアは街道を歩きながら、ふと美味しそうな匂いにつられて足を止めた。

 まばらに並んでいる屋台のひとつから、もうもうと煙があがっている。

 炭を使い、肉を焼いているのだ。

 これは屋台では定番メニューのひとつでもある。

 厚めに切った肉を、塩と香辛料で下味をつけて焼き、野菜と一緒にパンにはさんで食べるのだ。

 肉の(あぶら)と香辛料の風味が乾いたパンに染み込んで、(かじ)りついたときに、さらに溢れる肉汁がたまらなく美味しいし、片手で気軽に食べれるのも嬉しかった。


「お(ひと)つ、どうだい? かわいいお嬢さんにはオマケするよっ!」

「お腹も空いたし……じゃあ、ひとつお願い」

「はいよ。お肉オマケね!」

「やった!」


 ルティアの顔が嬉しさに(ほころ)ぶ。

 お肉のオマケは珍しい……。

 大抵は野菜を多めに入れてくれたり、パンを紙に包んでもたせてくれる事が多かった。

 ルティアは「肉」が好きだった。

 味も当然好きだが、食べると身体の芯から力が(みなぎ)るし、どっしりと地に足が着く感覚がした。

 いつ戦いが起きるか分からない状況で、常に身体を整えておくのも剣士としては必要なことだ。


(こうしてると、みんなで旅していた時が、遠い昔のことのようね……)


 フレッドやキーノス、リュードと旅をしていた時も、よく屋台で買い食いをしたものだ。

 ルティアは肉を好んで食べたが、リュードはどちらかと言えば菜食だったことを思い出す。

 懐かしい……。

 戦いは辛かったが、楽しいことも沢山あった旅だった。


 お腹を()たしたルティアは、街道をひたすら真っ直ぐに進む。

 やがて密集して()ち並んでいた民家が途切れ、一軒だけぽつりと離れて佇む平屋が見えた。

 この家で間違いなさそうだ……。

 何故なら、廃虚と見紛(みまご)うような古びた平屋を囲むように、ぼうぼうと雑草や薬草が生えている。

 コウジュは年に一度しか帰ってこないというから、庭の手入れなどする暇もないだろう。


(まだ、新しい足跡があるわね……)


 街道から平屋の玄関口まで、薄っすらと足跡がついている。

 家主が出入りしている証だ。

 ルティアはひとまず安堵する。

 次はコウジュに直接会って、話を聞いてもらわなければ……。

 丁度良く、軋んだ音を立てて平屋の扉が開き、中から人が出てきた。

 ――少年だ。

 ルティアより歳下……十五、六歳くらいだろうか。

 伸びきった栗毛(くりげ)色の髪を、頭の後ろで無造作に束ねている。

 瞳は晴天(せいてん)を思わせる澄んだ青色。

 まだ幼さが滲んでいるが、なかなかの美少年だ。


(でも、コウジュさん……じゃないわよねぇ……)


 この若さだ。

 守護救命団として国境を関係なく飛び回っているようには見えない。


(もしかして、コウジュさんの息子とか?)


 それなら納得できる。

 少年は(せわ)しない動作で施錠をすると、大きな麻袋を肩に(かつ)いだ。

 ルティアは声を掛ける。


「すみません。こちらにコウジュさんは居ますか?」

「誰……?」


 少年はくるりと振り向き、青い瞳でルティアを(とら)えた。


「私はルティア・ロードナイト、」

「へえ。あんた魔王を倒した女剣士と同じ名前なんだ。……悪いけど今は取り込み中! オッサンに用事なら後にして!」

「あ、ちょっと……え? オッサン?」


 少年はルティアの脇をすり抜け、街道に飛び出すと、そのまま駆けていく。

 取り込み中と言っていたから、急ぎの用事があるのか。

 青い瞳に映っていたのは焦燥……。

 ルティアは少年を追うことにした。


「ねえ! オッサンて、コウジュさんのことよねっ……?」

「げっ……なんで付いてくんの。今は一刻を争う事態なのっ!」

「まさか魔獣っ⁉︎」

「違う。――『毒』だよ、魔獣の毒に侵された人がいるのっ!」

「毒!」

「だから急いで薬草を持ってかなくちゃいけないのっ! わかったら後にしてっ!」


 少年は吐き捨てるように言うと、走る速度を上げる。

 ルティアもそれに倣い、離れないように後ろにくっついて走る。

 どこまでも追ってくる足音に少年は舌打ちをした。


「コウジュは、今は患者につきっきりだから話せない! 邪魔しないでっ!」

「コウジュさんも、そこに居るのねっ」


 邪魔する気など毛頭無い。

 コウジュにはすぐにでも会いたいけれど、人命が最優先だ。

 それに魔獣の毒と聞いて、ルティアは「自分に出来ることがある」と判断した。


「魔獣の毒になら、薬草よりも「聖水(せいすい)」がいいわ――!」

「そんなのわかってるよ! でも聖水なんて高価なもの、用意してる時間も金も無いんだ!」


 少年の言う通り「聖水」はとても高価だ。あらゆる(けが)れを消しさることから「神薬(しんやく)」と呼ぶ者もいる。

 聖水は、浄化の「気」が強いとされる新月と満月の晩、清らかな水に特別な祈祷(きとう)を施して作られる。

 高い浄化力を秘めているため、魔獣の毒にも効果的だ。

 けれど手に入れるのは難しい。

 一般人が入手するとしたら大金をはたいて、神殿から買うしかなかった。


「大丈夫よ。聖水なら私が持ってるから」

「……ウソ……」

「嘘じゃないわよ。途中で使ってしまったから残りは少ないけど……」


 山越えの時に使ってしまったから、聖水の入った遮光瓶(しゃこうびん)は二つだけになっていた。けれど、それだけでも充分に効果は期待できる。


「オレ、あまりお金持ってないけど……いくらで売ってくれる?」


 少年が(すが)るような目で、ルティアを見た。

 その必死な姿が、なんだかとても健気に思えた。

 生意気そうな口をきく癖に、患者のために、自分の淋しい(ふところ)を犠牲にしても良いというのだ……。


(なかなか良い子じゃない。気に入ったわ!)


「――そんなのタダでいいわよっ!」

「それこそ信じらんない! そんな気前のいい奴なんかいるわけないし……!」


 少年が疑いの眼差しを、ルティアに向ける。


「信じてよ。だって私は……」


 ルティアが(えり)をぐいと広げ、胸元を(さら)す。


「わっ……いったい、何やってんのさっ……!」


 驚いた少年は目を伏せた。

 その横顔には微かに赤みが差している。


「ちゃんと見なさい! 見れば、信じられる思うから……」

「…………」


 少年がしぶしぶルティアの胸元に視線を向ける。


 幾つもの傷跡が残る白い肌の上……ルティアの心臓の上に『(しるし)』はあった。

 この「印」には当然意味がある。

 少年が息をのむ。


「……あんた何者?」

「私の正体なら知ってるじゃない。私はルティア・ロードナイト。――剣士よ」

「え、ホンモノ? 魔王を倒したっていう……」


 ルティアは(くつろ)げた衣服を元に戻しながら、苦笑いを浮かべて言った。


「ニセモノがいるなら教えて欲しいわよ」

祈祷師(きとうし)なんじゃないの?」

「違うわ。あくまで私は剣士。祈祷の(わざ)はつい最近、身に付けたの……」

「……すげぇ……」


 ルティアの胸にあった「印」は、祈祷師の(あかし)だった。


 祈祷の業を身につけるには、いくつかの修業を経て、最終的に「神」に認めらた者だけが祈祷師と言われる。

 神に認めらるために、()()()()を行うのだが、その際に「印」が刻まれる。

 もちろんリュードの胸にも、同じ「印」があった。


「だから、私の場合「聖水」は自分で作れるからタダでいいわよ。……さあ早く行きましょう!」


 今度はルティアが少年を急かした。

 魔獣の毒に侵された時の苦しさを、ルティアはよく知っている。


「そういえば、あなたの名前は?」


 少年と並走しながら、ルティアは訊く。


「ユタ」

「ユタね。……コウジュさんとは、どういう関係?」

「一緒に、旅……してる……」


 走り続けているため、ユタの息が上がってきた。

 喋るのが辛そうだ。

 色々聞きたいことはあるが、ルティアはユタに話しかけるのを止めた。


(ユタについていけば、コウジュさんに会える……そうすれば……)


 この一歩一歩が、リュードとの再会に繋がることを、ルティアはただただ願っていた。

 

読んで頂き感謝です!


新キャラ、ユタが出てきました。

次回は、コウジュも出てきます。



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