⑤断罪のとき
ガーリア帝国の王城の周りには、冒険者を迎え討つべく、多くの兵が配置されていた。
――『ヴィルヘルムの謀反』。
俄かに聞かされたこの理由に、兵士達も困惑を隠せない。
帝都に広まっている噂は、王自ら望んで、ヴィルヘルムに帝位を譲るというものだった。
――あれは嘘だったのか……。
そして真実は、ヴィルヘルムがガーリア帝国の王に反逆し、冒険者を伴って城に攻めこんできたということ。
兵士達の目の前には、魔王討伐隊で功績をあげた冒険者達がいる。
「誰も傷つけたくない! だから……退いてくれ!」
人より何倍も巨大な炎の獣に跨った冒険者……フレッドが叫んだ。
彼は先陣をきり、城門を破り、ついには城の前までやってきた。
――なるべく戦いたくない!
相手は魔獣ではなく、人間なのだ。
しかしその願いは虚しく、忠誠の厚い一部の兵は、勇ましく立ち向かってくる。
炎の獣が咆哮を上げた。
すると金属さえ溶かしてしまいそうな熱波が兵達を一気に飲み込んでいく。
纒った鎧が熱を帯びはじめ、火傷の恐怖に慄いた兵達は、叫声を上げながら戦線を離れていった。
そして――誰かが声を上げた。
『魔王を倒した女剣士がいるぞ――!!』
そこにいる者達全員の視線が、現れた女剣士に向けられる。
無論、ルティアのことだ。
ルティアは切り拓かれた道を、ヴィルヘルムとアナイナを護りながら此処までやってきた。
次いでヴィルヘルムが公然と叫ぶ。
「城の扉を開けよ――!」
しかし扉を守っていた兵達は、戸惑いながらも施錠を外すことはしなかった。
命令されているに違いない……。
ここでフレッドの獣が火を吐いた。
さらにキーノスの風の力が援助し、業火が、勢いよく扉を燃やし尽くす。
火の勢いは衰えを知らなかったが、大地を這う水蛇が鎮火させたことで、内部まで焼けることは無かった。
「こちらだ――」
ヴィルヘルムが先頭に立って歩き始めた。
「油断しないで! アナイナも離れないで!」
「わかりましたわ!」
中にも敵対する者はいるはずだ。
剣を構え、辺りを窺いながら、慎重に歩を進めていく。
後ろにはリュードと、同調を解いたキーノス、魔法の発動を止めたフレッドが続いている。
ヴィルヘルムが向かっている先。
――見覚えがある……。
魔王を倒したあと、ルティアは一度だけ王と謁見したことがあった。
そう……ヴィルヘルムの足先は迷いなく王の間に向けられている。
(いよいよね……)
少しだけ感慨深い思いがした。
アナイナに目を向けると、彼女もまた表情をかたくし、その時を迎えようとしている。
――王の間。
その扉の前には、将軍と兵士達が待機していた。
「ここは通さん! ――死ね!」
将軍の発した声を合図に戦闘が始まる。
混戦だ。
ガキイィッ!
将軍の刃を受けたのはルティアだ。
――強い。
さすが帝国軍の頂点に居るだけはある。
(でも、強いのは力だけ! 魔獣のほうがよっぽど恐ろしいわ!)
得体の知れない魔獣と命の応酬を繰り返してきたルティアにとって、単純な剣筋は、鍛錬にもならない。
力任せに叩きつけるようにな将軍の刃を、ルティアは重心を傾けて逸らすと一閃。
躱そうと上体を捻った将軍の脇腹を裂いた。
血は出ているが、傷口はそう深くない。
将軍の足取りは確かだ。
混戦の隙を縫い、キーノスが突風を放った。
「っ――ぐはっ……!」
将軍は吹き飛ばされ、背中から壁に叩きつけられたあと、呻いて床に転がった。
「しばらくはそこで、大人しくしてな」
冷たい眼差しのキーノスは、吐き捨てるように言った。
「武器をおさめてください! 将軍は倒れ、貴方達に勝ち目はありません! ……わたしは祈祷師です。怪我をした者は全員治療をすると約束しましょう」
その場にいる兵士達に向かってリュードが言うと、一気に戦意は失われていく。
ヴィルヘルムが王の間の扉を開く。
そこに、王は居た。
戦うつもりなのか、剣を握っている。
「お久しぶりですね。――叔父上」
「ヴィルヘルム……貴様!」
忘れもしない、あの顏――!
湧いてくる怒りで、ルティアの拳が震えた。
「帝位を渡して戴きます。力づくでも――」
そう言ってヴィルヘルムは誓約書を掲げた。
冒険者組合からの支援のことは、もう耳に入っているだろう。
「ぐ……」
王は、ギチギチと歯軋りをして、悔しそうに誓約書を睨めつける。
帝国とはいえ、大陸中にある冒険者組合が相手では勝ち目がないのは明白だ。
王は唾を吐き、手に持っていた剣を投げ捨てた。
ヴィルヘルムが冷たい微笑を浮かべる。
「いい判断です。安心してください叔父上。まだ訊きたいこともありますので、命だけは保障しましょう」
「…………」
アナイナが、近くにいる兵士に捕縛を命じる。
これで全てが終わった……。
ルティアが安堵の息を吐く。
腹の底にずっとあった重苦しい鉛のようなものが、ようやく溶けていく感覚。
(やっと……)
しかし、その時だった。
背後に凄まじい殺気を感じた。
それに気付き、いち早く動いたのはリュードだった。
「フレッド、剣を!」
「えっ? リュード!?」
反射的にフレッドは自分の剣をリュードに手渡していた。
走り出した影は二つ。
一つは剣を手にしたリュード。
そして――
「オレは……オレは赦さねえっ! オレの仲間の命を奪ったんだからな!!」
殺気を放っていたのはアビゲイルだった。
怒りを滾らせ、涙を流し、剣を持った隻腕を大きく振りかぶる。
ヒイッと、王は腰を抜かし、床の上で間抜けに手足を震わせた。
「――アビゲイルさん!」
ルティアも走り出すが間に合わない。
大きな背中に、哀しみと憎しみと怒りが視える。
――赦せなくて当然だ!
アビゲイルの仲間達は死んだ。魔王と戦ったからじゃない。
魔王と戦う前に、帝国軍の攻撃に巻き込まれて死んだのだ。
アビゲイルは、この瞬間を誰よりも待ち望んでいたのかもしれない。
復讐できるこの瞬間を――
「仲間の仇!!」
「いけませんっ!」
なんとか追いついたリュードが、フレッドの剣で受け止める。
しかし渾身の力で振り下ろされた剣には敵わない。
身体ごと後ろへ突き飛ばされた。
弾かれたフレッドの剣が、床を擦るように滑っていく。
「リュードさん!」
「邪魔するなリュード! こいつを殺して、オレも死ぬんだ!」
「そんなっ……!」
それこそ絶対に駄目だ。
追いついたルティアが、必死でアビゲイルの背中に縋りつく。
「オッサン! 死ぬなんてダメだ!」
キーノスの声だ。
優しくルティアの傍を擦り抜けていった風が、アビゲイルの身体を縛しめていく。
「畜生! 離しやがれっ!」
悲痛なアビゲイルの叫びが、王の間に響く。
風の縛めがあるうちに、王は牢へと連行されていく。
「……済まない。アビゲイル殿。まだ処刑するわけにはいかない」
「なんでだ!? アイツはたくさんの命を穢した! オレの仲間は死んだのに、アイツはなんで普通に息をしてんだっ!」
「……済まない。わたしのせいだ」
そう言ってヴィルヘルムが目を伏せる。
「アンタのせいじゃねえだろ……」
「いや……もともと魔王討伐隊の発案は、わたしがした。わたしの責任だ。それに次代の王として、これまでの帝国の罪と闇は、わたしが背負っていくべきものだ」
「…………」
「ヴィルヘルム殿。貴殿さえ良ければ、わたしの側近になってはくれまいか」
「……は!?」
その場にいた誰もが、ヴィルヘルムの言葉に瞠目した。
(側近って……つまり、護衛ってことよね!?)
「ギルドにいて、貴殿の働きぶりを見て考えていたんだ……。アナイナティリスも賛同してくれている」
「ちょっ……と、待て!」
「貴殿が仲間の尊い命を思い、復讐を遂げたい気持ちは分かる。わたしも父を殺されたから……」
「…………」
「ただ、その死を無駄なものにはしたくない。良き王になれるよう努めると約束する。だから……貴殿には見届けて欲しい。そして少しでも誤った道を進むようなら、その時は貴殿の手で断罪してくれないか」
ヴィルヘルムが真剣に言っているのが分かる。
そこに偽りは感じられなかった。
アビゲイルがに落ち着いていくのを見計らって、キーノスが縛めを解く。
「アビゲイル様。どうか……わたくし達を助けてくださいませ」
アナイナも真摯に懇願した。
「オレなんかで……良いのか? 寝首を掻くかもしれねぇぞ……」
「構いませんわ」
「ああ、そうならないように善処するつもりだ」
「……わかった」
承諾を示したアビゲイルを見て、ルティアは今度こそ心から安堵した。
「リュードさん、大丈夫ですか?」
先程、思い切りアビゲイルに突き飛ばされたリュード。
目立った外傷は無いが、どこか痛めているかもしれない……。
「心配要りません。ですが……やはり強いですね。わたしも剣の修行をしたほうが良いかもしれません」
「ふふっ……じゃあ、私が教えてあげましょうか……?」
ルティアは愛する人を見つめて微笑む。
(これから、ずっと一緒だもの……)
しかし、ヴィルヘルムが思わぬ提案を持ちかけてくる。
「ルティア・ロードナイト。貴殿にもお願いしたいことがある」
「……?」
「一年だけでいい。アナイナティリスの護衛をしてはくれまいか?」
「えっ! わ、私がっ!?」
驚きすぎて、声がひっくり返ってしまった。
「王が代われば内政も不安定になる。残念ながら、わたし達が信用できる者は少ない……」
ヴィルヘルムの表情は苦かった。
「不躾な頼みだというのは理解している。だが……一年だけ。一年で内政を安定させる。だからそれまでアナイナティリスを護って欲しい……」
どうやら、王位簒奪後のことについて、ヴィルヘルムとアナイナは既に考えていたことがあるようだ。
まずアビゲイルと、ルティアを、それぞれの護衛に。
そしてフレッドとキーノスは、帝国軍の統括として働かないかと提案された。
リュードに関しては、内政とは別なことだった。
帝都にある神殿にヴィルヘルムが捕らわれていたことから、帝国と神殿の間に黒い繋がりがあることは事実だ。そこでヴィルヘルムは、リュードにすべての闇を洗い出し、祈祷師にとって環境の良い神殿をつくることをやって欲しいと頼んだのだ。
ルティアと同じく一年という期限付きで……。
ルティアとリュードは力を貸すことにした。
一方、フレッドは丁重に断っていた。
だが、それにも理由があった。
フレッドはヴィルヘルムにこう言った。
「帝国が、秘密裏に魔核の研究をしていることはご存知ですか?」
ルティアは驚く。
どうしてそんな事をフレッドが知っているのか……。
「旅をしながら噂を耳にしたんです。帝国軍が魔獣を倒し、魔核だけを持ち帰っていると……」
(……そうだわ! あの辺境の集落でも魔獣が大量に殺されていた!!)
魔核が全部抜き取られ、死骸だけが残されていたのは記憶に新しい。
まさか研究のためだったというのか。
「これは俺の推測ですが、魔核を研究し、兵器をつくるつもりだったんじゃないかなって。……だから許しが頂けるなら、俺はその研究所に行きたい。兵器を作るためじゃなくて、いつかの未来……魔王の再来に備えて、魔核を研究したいと考えています」
ヴィルヘルムはすぐに承諾した。
そしてキーノスは、フレッドのそばにいることを望んだ。
こうしてルティア達は、ガーリア帝国で新たな日々を送り始めた。
お読み頂き有難うございます!
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