②望みはなにか。
お待たせしました。
ブクマくださった方、有難うございます!!
四人で帝都を目指す。
雪が降ればフレッドが火神の炎で道を拓き、吹雪もキーノスが風除けをつくる。
魔獣と遭遇すれば、リュードが苦もなく一撃で仕留め、浄化までしてしまう。
「私、何もしてないんだけどっ⁉︎」
ルティアの出る幕はほとんど無く、これまで以上に順調な道程だった。
ガーリア帝国帝都――
フレッドとキーノスが流した例の噂は、期待通り、しっかり広まっているようだった。
冒険者組合に足を向け歩いていると、すれ違う者達の会話の端々から、ヴィルヘルムの名が幾つも聞こえてきた。
(なんか、みんな喜んでいるような……?)
囁きはどこか期待の色を含んでいる。
――前王様の時代は良かった……
――今の王様を悪いって言ってるんじゃねぇ。
――ヴィルヘルム様が帝国王になったら、重苦しいこの空気が変わるんじゃないかな。
――そういえば、殿下には婚約者がいなかったか?
――……姿を見かけないな……
貴族ならまだしも、帝都の国民の間でこれほど噂されるのだ。
前帝国王の人気は高いようだ。
それに加えヴィルヘルムの評判もすこぶる良い。
現帝国王の心中は穏やかでは無いだろう。
「おい、冒険者組合の前に人が集まってるぜ……?」
辿り着いたギルドの門の前で、何事だ? とキーノスが首を傾げて言った。
見れば黒塗りの立派な馬車がギルドの建物の前に停まっていた。さらに、それを取り囲むように冒険者達が次々と集まってくる。
ルティア達はとりあえずギルドの門を潜り、様子を見ることにした。
間も無く、馬車から、ひとりの老齢の男が降りてくるのが見えた。
知らない顔だった。
慌てた様子で、ギルドの職員が建物から飛び出してきて、男を出迎える。
その中にはアビゲイルの姿もあった。
「客人、かしらね……?」
「そうですね……。対応をみる限り、位の高い人のようですね……」
リュードの言う通りかもしれない。
アビゲイル達……ギルドの職員は、まるで主に忠誠を誓う騎士のように、右拳を心臓の上に添えると、老齢の男に向かって深々と頭を垂れている。
それを集まった冒険者達が息を飲んで見守っていたが、やがて、思い思いに敬礼の形を示していく。
――ギルドの職員や、冒険者が深く頭を垂れて敬う相手……
冒険者組合は国を跨いで存在する大きな組織だ。
組織に登録した冒険者は、働きに応じた報酬をもらえる。
同じ「命」を持つ者として、誰もが平等。
ただし強ければ、称賛される。
(そう……だから、私達が自ら敬いたいと思う……そんな相手は唯一人だけ……!)
ルティアがひとつの答えを導き出したとき、近くにいた冒険者が「ルティア・ロードナイトがいるぞ!」と声を上げた。
――ルティア・ロードナイト。
今やその名は、魔王を討ちとった冒険者として、ガーリア帝国界隈で知らぬ者はいない。
次から次へと伝播していく声とともに、視線がルティア達に集まってくる。
火神【ローギ】の加護を持つ魔法剣士のフレッド。
風の精霊と同調し、思いのままに風を使役する、精霊使いのキーノス。
自ら望んで冒険者になったという、祈祷師のリュード。
そして女剣士のルティア。
『魔王と対峙した最強の冒険者達が此処にいるぞ!』
俄かに高揚していく空気に、老齢の男の視線も加わった。
「――おまえら、こっちに来い!」
アビゲイルの声だ。
多くの注目を浴びながら、ルティア達は前へと進み出る。
先頭を行くのはリーダーのフレッドだ。
「俺たちが、なにか?」
「紹介するぜ。この方は、冒険者組合総支配人」
「!!」
フレッドはすぐに片膝立ての姿勢をとり、剣を大地に置いて頭を垂れた。
ルティア達もそれに倣う。
(まさか、会える日が来るなんて……)
――冒険者組合総支配人。
そう呼ばれる者は、世界にひとりだけ。
この大陸各地にある冒険者組合を統べる者。
冒険者にとっては雇い主であり、一国の王よりも畏敬の念を持つ対象でもある。
普段、総支配人はどこにいるか明かされておらず、冒険者でも顔を見たことが無い者がほとんどだ。
「顔を上げよ――」
厳格な声が降ってきた。
言われた通りに顔を上げると、芯のある黒い瞳がそこにはあった。
――ああ、戦いを積んだ者の眼だ……。
いや、今もそれは続いているのかもしれない。
腰には剣を帯びている。
それに靡く外套の隙から見えた右手の甲には、水神の紋様……。
左手には革ベルトが巻きつけられている。
おそらくだが、ルティアと同じく、手投剣を装備しているのだろう。
総支配人は、まるで子を眺める父のような眼差しをルティア達に向ける。
「三日三晩にも及ぶ、魔王との戦闘。――ご苦労だった」
「……いえ」
「其方らは、「英雄」と呼ぶに値する冒険者となった――」
「いえ、俺達は……」
フレッドは遠慮がちに、だがしっかりと否定の言葉を紡ぐ。
「俺達は……少なくも俺は自分のことを「英雄」だとは思わない。俺は非力で、仲間に祈祷師がいたから命拾いして戦い続けることができた。……でも、そのせいでリュードは耳が聞こえなくなってしまったんだ」
「フレッド、貴方の所為ではありませんよ。わたしは、わたしの思うようにしただけなのですから」
「解ってる。リュードの言いたいことは……」
フレッドはちゃんと理解している。
想像を超えた魔王の強さを前に、誰もが非力さと絶望を感じ、誰もが命を賭して戦った。
仲間達を思い、信頼し、だからこそ生き残れた。
リュードが自ら望んで、限界以上の力を使ったことも理解している。
耳が聞こえなくなったことで、皆に心配をかけさせたくなかったという思いも……。
「だから、これは俺のなかの問題なんだ。もしも本当の「英雄」がいたら、あんなにたくさんの命を失わずに済んだかもしれない。もっと俺が強かったら、仲間の命だって危険に晒すことも……きっと無かったんだ……」
フレッドが拳を握り、俯いて堪えるように唇を噛んだ。
辛い記憶が甦る……。
宥めるように、キーノスがフレッド背中に手を置いた。
「あの……」
眉を寄せたまま黙ってフレッドを見詰めていた総支配人に向かって、ルティアは口を開いた。
「私は、女剣士のルティア・ロードナイトです。総支配人……あなたは魔王との戦いのなかで何があったのか、真実を知っていますか?」
目の前にいるのは、一国の王とは質は違えど権力者。
失礼は承知の上。だが臆することなくルティアは訊いた。
魔王との戦い……。
勝利したおかげで世間は平和が訪れたと浮かれているが、本当はたくさんの冒険者が犠牲になった悲劇の戦いだった。
それこそが、フレッドを含め自分達の心に暗い影を落としている。
フレッドが「俺達は英雄ではない」と否定していなかったら、ルティアが口にしていただろう。
(だって、あの時、私達はなにも出来なかったから……)
思い出すと、悔恨で胸が焼かれるように痛んだ。
ルティアの問いに、総支配人は受け止めるように深く頷いた。
すべてを知っているということだ……。
「亡き……我ら同胞の魂は、未だ哮り狂って、彷徨っているやもしれぬ――」
低い声音には、顔も知らぬ冒険者達を偲ぶ響きが宿っていた。
そして……
「魔王を討ち取った女剣士、ルティア・ロードナイト。――其方に問う」
「?」
「――「望み」はなにか?」
「望み?」
ルティアは首を捻る。
どういう意味だろう……。
褒美とか、そういうことだろうか。
一生困らないくらいの金なら、既に貰っている。
(それに……私の望みならもう叶ったわ……)
傍らに添うように立つ、リュードを見上げる。
ルティアの心から愛する祈祷師だ。
視線に気付いたリュードも、ルティアのことを見詰め返す。
その優しい眼差しは、ルティアの心を癒し、温めてくれる。
「もし、今、望みが私にあるのだとしたら……」
想像する。
これからの未来を。
そして愛する人や、家族や、仲間達の笑顔を……。
言葉は思いのままに、自然と溢れた。
「もう理不尽なことで、傷付いたり、哀しんだりすることが無い世界を作りたい。……まだ魔獣はいるし、魔王だってまた現れるかもしれない。だから私はこの望みのために、生きている限り戦い続けるわ。戦場で散っていった冒険者達のぶんもね――!」
ルティアの言葉に、キーノスが「オレも同じだ!」と力強く言った。
そして、ぐっとフレッドが顔を持ち上げる。
「――そうだ、俺達は望んでいる。少しでも平和な世の中を……哀しみに心が壊れることのない世界を……!」
望みはなにか。
それは、ほんの少しでも哀しみの少ない世界で在り続けること。
その為に、ルティア達はこれからも力を尽くしていきたいと思っている。
(きっと私達だけじゃない……)
今は遠く離れているコウジュとユタも、守護救命団として、人々の命を護るために奮闘している。
アナイナは国民の未来のために、王位簒奪を決意した。
誰かの幸せのために、それぞれが戦っているのだ……。
「哀しみの少ない世界、か……。良い望みだ。ならば、我も腹を決めるとしよう――」
「それはどういう……」
総支配人の言葉の意味を問おうと、ルティアは口を開くが、それは物々しい足音によって掻き消されてしまった。
お読み頂き有難うございます!
それから、第8回、ネット小説大賞の一次選考を通過することができました。
読んでくださってる皆様に良い報告ができて、嬉しいです。




