⑪時を経ても変わらないのは。
リュード語り、良かったらお付き合いください。
「フレッド……おまえはこれで良かったのか?」
リュードが去ったあと、キーノスは親友に向ってそう聞いた。
「うん。後悔はしてない」
「そっか……」
「俺の一番願いは、ルティアが幸せになることだったから。キーノスにはさんざん付き合わせて、迷惑かけてしまったけど」
「気にすんなよ。フレッドがいいんなら、オレはなんでも良い……。でもな〜、まさかリュードを殴るとは思わなかったぜ!」
「正直に言うと、あれでスカっとしたって言うか……」
「あははっ……同感!」
これで二人の旅の目的は果たされた。
お互いを労うように、フレッドとキーノスは笑いながら拳を握り、軽くつきあわせた。
歩きながら手紙を広げる。
月明かりに浮かび上がる文字。
リュードは一番最初の文字から、最後の文字まで、しっかりと目で追った。
生憎、リュードは教養がなく文字の読み書きができない。
形を知っているのは自分の名前くらいだった。
けれど、ここには間違いなくルティアの思いが宿っている。
たとえ内容が分からなくとも、その流れるような黒い曲線の端々に、インクの滲みに、ルティアが真剣な眼差しでペンをとる姿が思い浮かぶ。
「ルティア……」
丁寧に折りたたみ、失くしてしまわないように懐にしまい込む。
フレッドに殴られた頰が熱く脈打って痛む。
治癒なら簡単にできる。けれどリュードはそうしなかった。
――これはフレッドのルティアに対する想いだ。
殴ることで示したフレッドの想い。
その痛みは簡単に消していいものではない。ちゃんと受け止めなければなるまい。
――フレッドにとって、ルティアは大切な女性だ。
それは旅をしていた時から気付いていた。
そしてリュードの想いもまた、フレッドは気付いているだろう。
ルティア・ロードナイト。
強くて美しい女剣士。
そして――
(わたしの「自由」を望んでくれた唯一の女性……)
リュードにとって初めて心から愛しいと思えた人。
身寄りのないリュードは、物心つく頃には神殿に併設された塔のなかで「祈祷師」になるため、必要なことだけを叩き込まれてきた。
祈祷師になれなければ、残されているのは「死」のみ。
力のある祈祷師は「金」で買われるという……。
祈祷師は「薬」で、祈祷師は「武器」。
そんな道具として生きるのが、リュードの世界だった。
女神がもたらす温かなエネルギーは、腹の足しにもならなかった。
けれど……ひもじい思いをしても「所詮、道具なのだから」と思えば痛みも空腹も消えていく。
道具として貸し出しされる日々を積み、成長したリュードは、あるとき冒険者に金で買われた。
大金をはたいたのだからと、ここでも「道具」のようにリュードは扱きつかわれる。
その大金も、じつは盗賊と変わらない方法で稼いだのだと後から知った。
道具が言える立場ではないが、とにかく外道と言いたくなる男達だった。
酔っ払ってリュードの身体を穢そうとした者もいた。女神に捧げられているからと、なんとか言い訳をすれば、気絶するまで殴られたのも一度だけではない。
リュードは自分で自分の傷を癒し続けてきた。
それから数ヶ月が経ったある日、リュードの提案を受け入れなかった冒険者たちは、魔獣との戦闘で全滅してしまう。
あっけない最期だった。
道具だからか、人の死をみても、とくに何も感じなかった。
リュードは魔獣を倒したあと、葬送の祈祷と、浄化の祈祷を施していた。
そんな時だった。
ルティア達と出会ったのは。
『私は女剣士のルティア・ロードナイトです。お会いできて光栄です』
微笑んで見つめてくるその眼差しに、リュードは戸惑った。
はじめて向けられる感情……。
珍しく心がざわついた。
少し観察してから気付いた。
――……わたしのことを「人」として見ている瞳だ。
まさか、と驚いた。
そして気付けば、リュードの存在は「道具」ではなくなっていたのだ。
リュードを「道具」と定義する世界が変わったのか。
それともこの冒険者達が世界を変えてしまったのか。
驚いたのは、それだけじゃない。
出会ったばかりの異国の冒険者達は、祈祷師のことを尊敬しているというのだ。
とくに女剣士……ルティア・ロードナイトは、リュードのことを「すごい人」だと、瞳を輝かせ熱く語った。
『私は剣をとって戦うことしかできないけれど、祈祷師さまは違うわ! 頑張ってたくさん修業をして、女神さまに認めてもらって、剣士よりもたくさんの人の命を救えるんだもの!』
確かに祈祷師は戦えるし、魔獣の毒や、怪我人を癒すこともできる。
ただそういう風に育てられたからだ……。
けれどルティアの純粋で偽りの無い言葉は、彼女の振るう迷いの無い剣筋のように、真っ直ぐリュードの心に突き刺さった。
フレッドが仲間になってくれないかと誘ってきた。
しかしルティアは「よく考えて」と、心からリュードのことを案じてくれた。
――貴女のそばでなら、わたしは「人」としていられる……
リュードは冒険者になる道を選んだ。それも自分の意思で。
そしてもうひとつ。
魔王を討伐するというルティアの目標を叶えると決めた。
――貴女の命も、想いも、わたしが絶対に守ります!
そのためにリュードは貪欲に力を磨いた。
ルティア・ロードナイトが、リュードの世界の全てになった。
魔王と戦いに備え、修得していなかった御業も覚えた。
そして……魔王との戦いに勝利した。
辛く苦しい戦いが終わったあと、リュードは悔やむことになった。
仲間たちの消耗が激しかったからだ。
フレッドは心を病んでしまった。
魔王との戦いで死の淵をさまよった後遺症か、キーノスの翡翠色の髪は色素を失っていき、ルティアのあの澄んだ紅玉のような瞳も濁っていった。
――もっと、わたしに力があれば……
お互いの変わり果てた姿を前に、ショックを受け、哀しんでいるのがわかった。
故郷に戻る旅路の途中、魔獣と遭遇し、フレッドが狂ったように泣き喚いたことがあった。剣を抜くと、何を思ったか自らを傷つけようとする。そんなフレッドを、ルティアは泣きながら押さえこんでいた。
そんな彼女の姿に、リュードの心は軋むような痛みと絶望を覚えた。
――わたしは、たったひとりの、大切な人の心すら守れないのか。
気付けばリュードの左耳は音を拾わなくなっていた。
悟られないように、距離を置いて歩くことにした。
もしも知られてしまったら、また悲しい顔をさせてしまう……。
それだけは絶対に嫌だった。
そして、やっとルティア達の故郷である東区にたどりつく。
家族や、知人に迎えられる仲間達の姿をリュードは離れたところで眺めていた。
そこには愛する人の笑顔があった。
ルティアが笑っている……。
それがとても嬉しかった。
最後に愛する人の笑顔が見れて良かったと思った。
――さようならルティア……。わたしはずっと貴女の幸せを祈っています。
リュードは別れも言わず去ることにした。
これが最善の選択だと思った。
そばにいて、もしもまた哀しませることがあれば、自分が許せなくなる。
――これからは少しでも貴女が安らぐ世界をつくるために、生きていきます……
色々と気がかりな事もあったため、リュードは「守護救命団」に所属し、帝都で晴れて自由の身になったレーヌと活動を続けていたのだが……。
再会したルティアは、泣きながらリュードの胸に飛び込んできた。
――また泣かせてしまったか……。
自嘲しながらも、どうしてここにいるのか疑問が先立った。
それにルティアが何かを喋っている。
音を拾わない左耳が悔やまれた。
返事ができないことを申し訳なく思って顔を見ると、ルティアはショックを受けたような表情で立ち去ってしまった。
何か大事なことを聞き逃したのだと悟った。
しかしフレッドとキーノスとの再会で理解に至る。
「貴女は、わたしに会いにきてくれたんですね……」
雪山を早足で進むリュード。
シルフェが近くにいるのだろう。
風がリュードの背中を導くように押してくれている。
懐にいれた手紙があたたかく感じる。
――早く、会いにいかなければ。
そして傷つけてしまったことを謝罪しなければ。
離れていた時間のなかで変わったこともある。
けれど、変わらなかったものもある。
(――この自由も、人としての心も、全部……教えてくれたのは貴女だ)
ルティアが再会を望んでくれたことが嬉しい。
そして、ぶつけてくれた想いが愛しい。
変わらなかったのはリュードのルティアに対する想いだ。
お読み頂きまして、本当に有難うございます!!
感謝!!




