⑩許せないのは。
ルティアと入れ違いで集落にやってきた者達がいた。
それぞれが使い込まれた武器を身につけていることから、冒険者だと分かる。
次から次へと、集落のなかに大量の荷物が運びこまれる。
雪山では馬車が使えないからと、何頭もの馬に荷物を括り付け、さらに力ある冒険者達は荷袋をそのまま担いでやってきた。
ルティアが帝都のギルドで依頼していた物資が、ようやく届いたのだ。
一方、リュードは騒めきなど気づかないように、呆然と立ち尽くしていた。
――ルティアが泣いていた……。
追いかけようとしたが、拒絶するよう走り去ってしまった。
どうすることも出来ず、リュードは微かな動揺の色を浮かべたまま、ルティアが走っていった先を見つめていた。
隣にいるレーヌは何か考え込んでいるようだった。
騒めきに混じり、背後からとても懐かしい声がした。
「リュード? ――リュードがいるっ!?」
驚いて振り向く。
そこにいたのは、かつて共に旅をした仲間、キーノスとフレッド。
「ルティアさんだけじゃなかったんですね……」
この偶然の再会にレーヌは驚いている。
無論、それはリュードも同じだった。
――どうしてこんな異国の、それもこんな辺境の地に皆がいるのだろう……。
それに、挨拶よりも先にフレッドが口にしたのは、ルティアの事だった。
「リュード、ルティアはっ――!?」
「はい。さきほど会いましたが……?」
「そうか。やっと追いついた……」
「よっしゃ、途中で帝都に向かったのは正解だったな!」
フレッドとキーノスは笑顔でお互いの拳を突き合わせる。
「それで、ルティアはどこに?」
「それが……」
リュードが気まずそうに眉を寄せたとき、突然目の前に栗毛色の髪の少年が現れる。ユタだ。
ユタは不機嫌そうに自分より背の高い三人を順番に睨んで言った。
「ねぇ、リュードって――誰?」
じろりと視線を向けられたキーノスは苦笑する。
リュードが一歩前に進み出た。
「わたしが、リュードですが……?」
「あんたかっ! ……あんたのせいでっ、ルティアは泣きながらどっか行っちゃったじゃん!!」
「――!!」
ユタの激しい剣幕に、一体どういうことだ、とフレッドが険しい眼差しをリュードに向ける。
さらに、怒りを爆発させたユタが、まるで興奮した闘牛のようにリュードに体当たりした。
そばにいたレーヌが驚いて非難の声を上げる。
「ちょっと、いきなり何するんですか!?」
「――オンナは黙っててよ!」
ユタはそのまま、雪の上に倒れたリュードに馬乗りになると、力任せにバシバシと胸を叩く。
リュードはされるがままだった。
「ちょっと、落ち着けよ少年」
「うっさい!」
キーノスが宥めようとするが、ユタはさらに逆上する。
「リュード……あんたは何も悪くないかもしんない。……けど! ルティアを泣かせたのは事実で、オレが勝手にあんたを許せないだけっ!」
「……ルティアを……泣かせた……」
次に動いたのはフレッドだった。
馬乗りになっているユタを押しのけると、ぐいとリュードの胸倉をつかんで引き寄せ、そのまま右拳で思いっきりリュードの頬を殴った。
「……ぐっ……!」
真っ白な雪の上に血が滲んでいく。
ユタは目を丸くして、ぽかんと口を開けている。
怒りを湛えたフレッドは、ユタに目を向ける。
「そこの少年」
「なに?」
「ルティアがどこに行ったか、わかるか?」
「……多分、山」
ユタが指で示す。
「まずいな。もう夜がくる……」
「――シルフェ、探してくれ」
空に向かってキーノスが呟くと、風が雪の粉を散らし舞い上がった。
「リュード……」
フレッドの低い声が響く。
「どんな気持ちでルティアがここにいるか知らないだろ……。急に姿を消して、一番ショックを受けていたのはルティアなんだ。そして……危険を承知でリュードに会いたい気持ちだけで旅に出た……」
「!!」
「それにルティアは、祈祷師の資格まで取ったんだ……」
「ルティア、が……?」
「今さら、姿を消した理由なんて聞くつもりはない。その少年の言うとおり、リュードにはリュードの生き方があるだろうし、ルティアの気持ちに応えられなくても仕方ないと思う……。だけどルティアを泣かせたことだけは許せなかった。俺の勝手な怒りだ。……殴って済まなかった」
フレッドはそう言うと、キーノスに目配せをしてルティアを探しに行こうとする。
だが――
「待ってください」
リュードが制止の声をあげる。
ごしごしと血を拭いながら立ち上がる。
「やっと……状況がつかめました」
しっかりとした足取りで、訝る表情のフレッドともう一度向かい合う。
「フレッド、わたしがルティアのところに行きます」
「やめてくれ。これ以上、ルティアを傷つけないでくれ」
「そのつもりはありません。彼女を傷つけることは、例え、わたしであっても許せない……」
「……は?」
「おまえ、言ってることメチャクチャだぜ?」
やり取りを聞いていたキーノスが呆れたように言う。
しかし、リュードは真剣だった。
「わたしは、ルティアが何かを伝えようとしていたのは分かりました。けれど……聞こえなかった」
「聞こえなかった……?」
「はい。――わたしは聴力を失っているのです」
「!!」
「とくに左はまったく聞こえません。調子が良い時は右耳が音をひろってくれるのですが……」
「いつから?」
「魔王との戦いのあとから、少しずつ……」
「っ! まじかよ……」
衝撃を受けるフレッドとキーノス。
そしてずっと見守っていたレーヌが、リュードの右側に添うように立って言った。
「いくら女神の加護を受けているといっても、私達も人間。魔王との戦いで限界以上の力を使ってしまいました。とくにリュードは高度な御業を何度も」
「レーヌ、それは言わないでください。わたしが決めたことです」
レーヌは口を噤む。
――魔王との戦い。
それはまだ誰の心にも根深く残っている。
フレッドは瞳を伏せた。
「リュード、済まない……」
「それってオレ達のせい……だよな……」
「――違います。謝る必要はありません」
頭を振ったリュードは「今は、ルティアのことです」と言った。
「わたしは、もう一度、ちゃんとルティアと話さなければいけません。……それで、納得していただけますか?」
ずっとそばで見守っていたユタに問いかける。
ユタの怒りはすでに収まっていた。
「これ渡しとく。ルティアが、あんた宛に書いた手紙――」
「手紙?」
「そう、オレはルティアと一緒に旅をしてたんだけど、途中で離れることになったから。もしあんたに会ったら渡してほしいって頼まれてたんだ……」
「そうでしたか。ありがとうございます」
リュードは差し出された手紙を受け取ったあと、天頂を仰ぐ。
月が出ていた。
満月にはまだ遠いが、それでも明るい光が地上に降り注いでいる。
「――いってきます」
リュードは手紙をそっと握り、歩き出した。
読んでいただきまして、有難うございます!!




