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⑥自分に出来ること。

 ラルゴの家に一晩泊まらせてもらったルティアは、(あく)る日、目的地に向かって出立する。

 ここからは山越えをしなければいけない。山頂は今の時期はとくに雪深く、馬も足を取られるため、非常に危険だ。

 ルティアは慎重に慎重を重ね、一日半をかけてようやく目的の集落に辿り着く。


「やっと着いた……」


 帝都を出発してから既に半月以上の時間が経っていた。

 けれど息をついている暇は無い。

 すぐに現状を確認し、苦しんでいる患者のために出来ることをしなければ。

 ルティアは馬から積み荷を下ろつつ、まず辺りを観察する。

 幸いなことに、昨夜降っただろう新雪の上に足跡が幾つも見て取れた。それはつまり元気に動ける人間が居るということだろう。

 さらに目を凝らし水の流れる音のほうを確認する。

 ――渓流(けいりゅう)だ。

 集落のすぐそばには渓流がある。


(水場が近いのは便利よね)


 辺鄙な場所では水路や井戸といった設備はない。けれど生活するのに「水」は欠かせない。

 定住するならとくに水場に近い場所を選ぶのは当然だろう。


(もしかして……割とたくさんの人が住んでいる?)


 目に付いた屋根付き小屋は幾つかあって、なかにはそう年季の経っていないものもあった。

 本当に小さな小屋もあれば、家族で住んでいそうな立派なものもある。

 どれも手作りだろうから、力仕事ができる者がいる証拠だ。

 小屋のひとつから、大きな(たらい)を持った少年が出てきた。


「――ユタ!」


 ルティアは叫ぶ。

 栗毛色の髪の毛を適当に束ねた少年は、声に気づいて振り向いた後、ルティアの姿を見て驚く。


「うそ……、ルティアなのっ⁉」

「今着いたところよ。無事で良かったわ!」


 駆け寄ってユタを抱きしめる。

 少し歳下の少年はルティアにとって、ちょっと生意気だけど可愛い弟のような存在だった。

 だから無事でいてくれたことが本当に嬉しい。


「顔色が悪いわユタ。……大丈夫?」

「オレはまだ平気。あんま寝てないからかも。コウジュのほうがやばい」

「コウジュさんが! 一体、この集落で何が起きているの?」

「それが分からないんだよね……。少しずつ皆がだるさを訴えてきて、そのうち動けなくなってきて。まだ死人は出てないけど、寝たきりの人がほとんど……」


 ユタが盥のなかに両手で新雪をごっそり掴み入れていく。


「それ、どうするの?」

「渓流まで水汲みにいくの面倒だから。薬湯(やくとう)用にね」

「私、聖水を持ってきたの。使う?」

「使う!」


 (たらい)のなかに真っ白な雪の山ができると、よいしょとユタは持ち上げ、ふたたび小屋に戻ろうとするので、ルティアも付いていくことにする。

 ここまで一緒にきた二頭の馬は、渓流で水を飲んでいるようだった。


「あ、そうだルティア。預かった手紙なんだけど……渡せてないよ」


 帝都に向かう前に、ルティアはもしもリュードと擦れ違ったときのために、手紙をユタに託していた。ルティアの想いが綴られている手紙だ。

 渡せていないということは、ここにはリュードは来ていないということになる。


「わかったわ。預かってくれて有難う」


 気にしてないというように、ルティアは微笑んでみせる。

 だが心の中では落胆していた。

 もしかしたらどこかの冒険者組合(ギルド)で要請をみたリュードが、先に此処に来ているかもと期待していた為だ。


(そんな簡単に会えるなら苦労しないわよね)


 落胆はしたけれど、次の瞬間、ルティアは気持ちを切り替える。


(そうよ。どれだけ時間が掛かってもいいって覚悟を決めてたじゃない。私は諦めない)


 何年、何十年かかろうと構わない。

 リュードに会えるまで旅を続けるまでだ――。


「ルティア! お前っ……戻ってきたのか⁉」


 予想通り、ルティアがやってきたことに、コウジュは驚いた。


「コウジュさん、大丈夫?」


 ユタが「コウジュのほうがやばい」と言った理由がすぐに分かる。

 額に脂汗を浮かべ、肌の色が黒ずんでいる。

 コウジュは寝たきりになっている小さな少女に薬湯を飲ませているようだが、器を持つ手が震えていた。


「コウジュ、オレが代わるから。少し休みなよ……」

「いや、大丈夫だ。お前はほかの患者を頼む」


 相変わらず自分のことより患者のこと。

 守護救命団のコウジュは、自分自身が同じ病に侵されようとも、必死で治療を続けていた。


「新月の晩につくった聖水よ。それなりの量はあるから使って……」

「助かるぜ。聖水ならもしかしたら良くなるかもしれん……」


 ルティアから遮光瓶を受け取ると、薬湯に聖水を加えていく。

 薬湯は漂う香りから察するに、解毒効果のある薬草を調合しているようだ。


「原因不明の病……と聞いたけれど、どんな具合なの?」

「そうだな……病状的に近いといえば、魔獣の毒か」

「魔獣⁉」

「ああ、かなり似ている。けど魔獣の毒を受けたら、即、命にかかわるが、そこまでじゃない。解毒作用の薬湯を飲むと一時は症状がやわらぐんだが、それも一日も持たない。年寄りや子供はほとんど寝たきり状態だ」


 コウジュの言葉だ。説得力がある。自分の身を以て、病を冷静に分析しているようだ。


「この集落の者全員が(やまい)に侵されている。……俺もな。けど不思議なのはユタが一番病状が軽いってことだ」

「どうしてかしら……」

「さあな」


 確かにユタの顔色は良くないが、動きはいつもと同じようにも見える。

 今は床に伏せている年配の女性の口に、小さく丸めた雪のかたまりを含ませていた。水分補給にちょうど良いのだろう。


「もしかしたら、食い物が魔獣の毒で汚染されてるのかとも考えたんだが……」

「確かに、もしも土地が汚れていたら、そこで育ったものを食べるのは危険だわ。すぐにでは無いけど身体に影響が出るはずだし」

「だよな。試しに三日食事を抜いてみたんだ」

「!」

「けど、それでも症状は変わらなかった……」


 コウジュが重たく息をつく。

 打つべき手は全て打った。それでどうにもならなかったからこそ、要請を出したに違いない。


「もし毒のような症状だと言うなら、聖水で何とかなりそう……それから」


 ルティアは思考を巡らせる。


(毒には「浄化」の御業(みわざ)が一番効果的よね?)


 魔獣の毒に侵されている人には、体内の浄化が必要だ。

 ルティアは祈祷師の資格を持っている。それは三柱の女神の加護を戴き、さらにその属性の御業を施すことができる。

 浄化、守護、癒し――

 いつ、どんな時に、なんの御業を施せばいいか、ルティアの経験は乏しい。しかしリュードと一緒に過ごし、何気なく交わした会話や戦いの中で、知識として蓄えられたものはある。

 ――毒には浄化。

 ――もし外傷もある時や、体力がない時は、癒しの御業も一緒に……

 ルティアは立ち上がる。

 両手を組み、眼を閉じて集中する。


「ウートス神……浄化の力を……」


 ルティアの周囲から光が溢れ出す。


「エイオス神……癒しの力を……」


 溢れた光の粒子が小屋のなかを隈なく飛び回る。

 ルティアの祈祷が終わると、コウジュは驚いた表情で、手を握ったり開いたりしていた。


「身体が軽い……。それに、震えもおさまった……!」


 ――良かった!

 ルティアは心の底から安堵する。

 この辺境の地で、自分が役に立てることがある。

 しかし病は簡単には終息してくれなかった。

読んで頂いた方、有難うございます!

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