⑤不穏
今回は、特に展開ありません…
すみません…
穏やかな冷気が充ちている。
月の無い……新月の晩。
葉はとうに枯れ落ちた木々の枝の隙間から、煌々と星明かりが落ちてきて、雪で覆われた大地を照らしている。そのおかげで、月が無くとも明るい夜だった。
帝都を出たルティアは、毎日降る雪にうんざりしながら、辺境の地への道程を進んでいた。
山に入ってからは野宿ばかりだが、フレッドから火神の加護をわけてもらったお陰で、凍え死ぬ心配もない。
雪で閉ざされた道を火神の炎でとかして進み、夜は雪の壁に背中を預けて眠りにつく。
魔獣が近づいてくると馬が騒いで報せてくれた。
コウジュとユタのことを考えると、気持ちが急いで落ち着かない。
一刻一秒でも早く辿り着かなければ……。
「今夜は晴れて良かったわ……」
しんと静寂に包まれた山の奥。
ルティアは馬に積んでいた遮光瓶をひとつずつ雪の大地に穿つように並べていく。
聖水をつくるためだった。
とくに新月の夜につくる聖水は浄化の作用が強く、魔獣の毒だけでなく、人間のもつ治癒力を高めることから解熱剤として使用されたり、さらには霊障にも効果があると重用されていた。
聖水は祈祷師によって作られる。
浄化の女神――ウートス神に祈りを捧げ、新月が地上にもたらす微細な波動を真水に転写していくのだ。気を付けなければいけないのは太陽の光に当たると効果が損なわれることだ。そのため、硝子製の遮光瓶で保存をするのが一般的だ。
(間に合えばいいけど……)
聖水は、新月と満月の夜にしか作れない。
持てるだけの遮光瓶を馬に括り付けてきたものの、患者の数によってはすぐに無くなってしまうだろう。
――その時はその時だ……。
薬草などの物資は、アビゲイルに頼んでいるから、ちゃんと届けてくれるはずだ。
ルティアは一晩かけて聖水作りに専念した。
それから十日後。
ルティアは辺境の集落のひとつに辿り着く。
冬篭りと言わんばかりに、どの家屋にも雪除けの柵がたてられ、扉はしっかりと閉じられていた。
(日暮れが近いし、一晩だけ泊めてもらえたら良いのだけど……)
ここには一度だけ訪れたことがある。
コウジュ達と一緒に、長のラルゴの住まいに一晩泊めてもらった時だ。
ルティアの事も覚えているはずだ。
扉を叩くと、暫くしてラルゴの妻……ミネーサが出てきた。
ルティアの姿を見留めると、すぐに中へ招き入れてくれる。
「突然訪問してしまって、すみません……」
「この雪のなか、よう来なさった……」
長のラルゴに挨拶をして、外套を脱ぎ、すすめられるまま床に腰をおろす。
あたたかな屋内に、自然と身体の力が抜けていく。
ミネーサが野菜や芋を煮込んだスープを持ってきてくれたので、有難く戴くことにする。
「この集落は、なにも異常は無いようですね?」
「ああ。だが、ひと山超えた先の集落で原因不明の病が流行っているらしく、近づくなと報せがきた……」
「知っています。帝都の冒険者組合に、守護救命団に応援要請がありましたから……。それで心配になって戻ってきたんです」
「あの集落には年寄りや、幼い子供もいる……。無事だといいが……」
ラルゴが重く息をついた。
同じような暮らしをしている集落の住人が、病に侵されたと聞けば不安にもなる。
コウジュは言っていた。
冬はとくに流行りの風邪をこじらせて、命を落とす者も多いのだと……。
辺境の地では医者もおらず、体力のない年寄りは病に罹りやすい。
蓄えている薬草も冬の間に底をついてしまう事もある。
だからこそコウジュは、毎年ここで集落をまわりながら冬を越しているのだ。
ラルゴが、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば……少し前に帝都の役人が珍しくこの集落にやってきた」
「こんなところに帝都の役人が? どうして?」
「視察……と言っておったが……」
ルティアは眉を寄せる。
大きな街道では行商人達と擦れ違うこともあったが、山に入ってから此処にくるまで、人の気配はなかった。別な道を往ったのだろうか。
(もしかしてアナイナを探して……? まさか……)
可能性は否定できない。
もしもそうだったとしたら、早々に帝都に出立していて正解だった。
アナイナが見つかっていたら大変なことになっていた。
「それと……あくまで「噂」だが、役人が去ってから集落で病人が出始めた。帝都の奇病を持ち込まれたんじゃないかと言う者もいる」
「それは……どうでしょうね……」
帝都では、とくに奇病が流行っているという話は聞かなかった。
(帝都の役人達を毛嫌いしてる証拠ね……)
それも仕方ないことだ。
辺境の地にいる住人のことを「国」は顧みてくれない。根の深い問題だ……。
だが近い将来、帝国の王は変わる。
アナイナは、苦しむ国民がいることを見捨てることはしないだろう。
――新時代の到来。
それを一番願っているのは、この国で生きている者達かもしれない……そう、ルティアは思った。
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