④幕間 アナイナの再会
今から三年前。
ガーリア帝国、最高権力者である国王が暗殺された。
首謀者は国王の実弟だった。
しかもアナイナと、国王の一人息子であるヴィルヘルムは暗殺の現場を目撃してしまう。人生のすべてが狂った瞬間だった。
『アナイナティリス、僕の唯一愛する人。生きて……生き抜いてくれ――』
どうしようもなく震えるアナイナの手を、婚約者のヴィルヘルムは優しく握りしめたあと、青ざめている頰に、触れるだけの口付けを落とす。彼の唇もまた、ひどく冷たかった。
――これから逃亡の旅が始まる。
真実を知ったことで命を狙わたアナイナは、信頼できる数名の従者と共に、ガーリア帝国から出国することになった。
一方、ヴィルヘルムは帝都に留まるという。
……別れの時が迫っていた。
『僕も絶対にここでは終わらない。もう一度立ち上がる、父の無念をはらすだけでなく、帝国の未来の為にも――』
強い意志が見てとれて、アナイナは己の心を奮い立たせ、しっかりと頷いた。
(わたくしは、この方の隣に立たなければいけないもの)
だからこそ、何としてでも生き延びなければ。来たるべき日のために。
それに……
(ヴィル様が、わたくしを「愛する人」と仰ってくれた!)
この窮地での別れで、アナイナは初めてヴィルヘルムの想いを知る。
幼い頃からお互いを知っていた二人。
婚約に至ったのも、親同士が決めたことだった。(ヴィルヘルムの父は帝国王で、アナイナの父は王に仕える宰相である)
国のために一生を費やすのだと、生まれながらに決まっていた二人。
とくにアナイナは恋愛や、想いの通じ合う婚姻など興味はなく、宰相である父の背中を見て、あらゆる教養を蓄えることに没頭してきた。
ただ……ヴィルヘルムのことは嫌いではなかった。
むしろ勤勉な彼のことを尊敬していたし、幼い時から見知っていて、親同士も仲が良いことから、社交場で会うときも余計な力を入れずに済んだ。
婚約はその延長であり、自然な流れといえたが、それもすべて帝国の未来のため……。
けれど――ヴィルヘルムはアナイナを愛していた。
(嬉しい……)
『愛しているアナイナティリス。再会を必ず――』
ヴィルヘルムと交わした最後の言葉を胸に、アナイナは誓う。
――わたくしは、もっと強くなります。
――いつかヴィルヘルム様が国王なるとき、そばで支えられる者となれるように……
その日からアナイナは素性を隠し、ひっそりと生きてきた。
隣国で身を潜めながら、帝都の情報収集をしてきた。
一年前。
ガーリア帝国で魔王討伐隊が結成され、見事に魔王を討ち倒した。
これは大きな出来事だ。
――時代の潮目が変わる……!
アナイナは魔王や魔獣の脅威が去った未来を想像する。
近頃、帝都では不穏な噂が流れているらしい。戦が始まると……。
戦は駄目だ。絶対に。そんなことをしたら国民は不幸になる。
アナイナは、動きだすことにした。
魔王のいなくなった世界を見て回りながら、ガーリア帝国にふたたび戻り、王位簒奪を実行に移すと。
ルティア・ロードナイト。魔王を討ちとった女剣士。
動き出したアナイナの前に、ルティアは現れた。
彼女は愛する者を探して、旅を始めたという。
アナイナの心のなかにも、ヴィルヘルムがいた。何をしていても、ヴィルヘルムとの約束が道標となり、アナイナの心を真っ直ぐに立たせてくれた。
そしてアナイナは、とうとう帝都に戻ってきた。
『アナイナ、貴女の探し人、見つけたわよ――』
惜しみなく力を貸してくれるルティアが、またしてもアナイナに幸運をもたらしてくれる。
――ヴィルヘルムの無事。
これはアナイナにとって、何よりも嬉しい報せだった。
(ルティア様は、わたくしにとって女神様ですわ)
彼女に出会えたことは、アナイナにとって幸運だった。
一人きりだったのに、ルティアのおかげで、冒険者の味方をつけることが出来た。
さらに幸運な出会いがあった。
『はじめまして。フレッドです』
『オレは、キーノスだ』
リュードを追うルティア。
そして、そのルティアを追って、仲間の冒険者が帝都にやってきた。
次々と、アナイナの願いが叶っていく。
ヴィルヘルムを救出するため、風の精霊使いであるキーノスの協力を乞う。
キーノスは風の精霊と同調し、ヴィルヘルムが幽閉されている塔の頂上まで、まるで鳥のように高く舞い上がり侵入する。魔法剣士のフレッドも一緒に連れてだ。
ヴィルヘルムを救出しても、脱走がばれれば騒ぎとなり追っ手を放たれるだろう。だからこそ安全なところに匿うまで、フレッドがヴィルヘルムの身代わりになるという作戦だった。
『いざという時でも、俺なら、自力で鉄格子くらい熔かせるしね――』
『いや……フレッドに何かあったら、オレは多分……正気じゃいられねーから。他の身代わりになれそうな奴を見つけて、すぐ助けにいくからな』
協力を仰いだものの、巻き込んでしまうことを申し訳無いと思うアナイナ。
けれど、これ以上ないくらい、二人は頼もしい助っ人だ。
そして、ついに、ヴィルヘルムが助けだされる。
三年の月日を経ての、再会。
「アナイナティリス――!」
「ヴィル様!」
ああ、愛しい人の声だ。
風の導きとともに舞い降りてきたヴィルヘルムに抱きつくアナイナ。
すっかり瘦せ細り、骨ばった感触に、胸が痛くて涙が滲む。
「ヴィルヘルム様、ご無事で……何よりですわ……」
「君こそ、よく此処まで戻ってきたね……」
「わたくし達には、為さねばならないことがありますから」
「ああ。そうだ。僕はこの帝国の王になるよ――」
「わたくしは、父の意志を継ぎ、ヴィル様の片腕になれるよう頑張りますわ」
見つめ合う瞳のなかに宿るものは、三年前と変わらない。
しかし、アナイナのなかで少しずつ変化し、決めたことがある。
三年前はヴィルヘルムの婚約者として、そばに在ろうとした。
けれど、今、アナイナは、王となるヴィルヘルムの忠実な臣下になろうとしていた。
(愛していますわヴィルヘルム様……。わたくしの全て、貴方のつくる御代に捧げます)
アナイナはヴィルヘルムの婚約者としての立場を放棄し、頭脳となることを選ぶ。
王位簒奪によって、国は揺れ動くだろう。
内乱だって起こる可能性もあるし、他国に対しての隙も生まれるだろう。
戦争だけは回避しなくては――
財力だけはある国だ。
他国の姫君と婚姻を結べば、ヴィルヘルムの立場は一気に安定したものに見えるはずだ。
離れている間、アナイナはずっと未来のために思考を巡らせていた。
それがすべて、ヴィルヘルムの為になる。
「アナイナティリス、僕の……、いや」
「わたくしは、ずっとヴィルヘルム様のお傍におりますわ」
「……うん、有難う」
生まれ落ちたその時から、国のために身を捧げると決められていた。
それでもアナイナは、こうして愛する者のために身を尽くせることを幸せだと思う。
(ルティア様……)
アナイナは、自分を導いてくれた女神のように強い女剣士のこと思う。
(ルティア様も、どうか……無事に再会を果たせますように……)
そして愛する者と一緒になれたら良いと、アナイナは祈りをこめた。
読んで頂き有難うございます!
次は本編に戻ります。
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