①要請
囚われのガーリア帝国第一王子。ヴィルヘルムに、全て語り終えたルティアは、神殿を後にする。
アナイナの気持ちを考えれば、ヴィルヘルムをすぐにでも連れ出したいところだが、牢の施錠は簡単に壊せるものではなかった。
それに、今、騒ぎを起こすのは得策ではない。王位簒奪の準備が整ってからでも良いだろう。所在が分かっただけでも収穫だと思わなければ……。
(アナイナに早く教えてあげよう。きっと喜ぶはずだから)
彼女の笑顔を想像するだけで、過去を振りかえった事で仄暗くなる心が、少し和らいだ気がした。
冒険者組合に戻ってくると、妙に慌ただしい雰囲気が漂っていた。
(何かあったのかしら?)
そう訝しんでいると、気付いたアビゲイルが声を掛けてくれる。
「おいルティア! ――こっちにきてくれ!」
促されるまま、アビゲイルのところへ向かう。
周りにいる冒険者達が一斉にルティアに視線を投げてくる。
『ルティアって、もしかして……あのルティア・ロードナイトなのか……⁉︎』
囁きとともに、溜息や、賞賛の声まで上がった。
魔王を討ちとった女剣士の名は、今や、冒険者の間で知らぬ者は殆どいないだろう。
しかもその張本人が目の前にいるのだ。湧き立つのも当然だ。
きっと今夜は、女剣士の武勇伝を酒の肴に盛り上がるだろう。
「アナイナは?」
「疲れたからって、宿舎で休んでるぜ」
「そう。……「すべて」聴いたわよね?」
その問いに、アビゲイルは首を縦に振ってこたえた。
「すべて」というのは、アナイナ自身のことや、王位簒奪の計画にまつわる諸々の事だ。
ルティアが神殿に行っている間に、アナイナは包み隠さず話したはずだ。
「……アナイナの探し人は、神殿に幽閉されてたわ」
他の者に悟られないように、小さな声で打ち明けるとアビゲイルは表情を変える。精悍な顔に険しさが滲んだ。
(私も、まさかあのような場所に秘されているとは思わなかったわ……)
そしてその事実が示すのは、ガーリア帝国の中枢と、神殿との間に、黒い繋がりがあるということだ。
「そういえば、ギルドが騒ついているようだけど?」
「その件で、お前を待ってたんだ。……これを見てくれ」
アビゲイルが一枚の紙をルティアに手渡す。冒険者向けの仕事の依頼状によく似ているが、内容はまったく違うものだった。
今度はルティアが驚く番だった。
「守護救命団からの……要請⁉︎」
「そうだ。各地にいる守護救命団へ向けて緊急の応援要請があった……」
こういうことがあるのは知っていた。
けれど実際に見たのは初めてだ。
【守護救命団】は、人命救助を第一に、国境を越えて活動している医師団のことだ。
その特殊な体系により、一応、冒険者組合の管轄下にあるが、守護救命団は何にも縛られることはない。
ただ有事の際には、冒険者組合の情報網や、伝達機能を利用し、仲間達に応援を請う。
守護救命団にとっての有事とは、大きな自然災害や、山火事、疫病など、多くの人々の命が危険に晒され、多くの医師の力が必要になったとき。
「一体、何が……」
「要請があった場所は、此処だ」
アビゲイルが地図を広げて、ある場所を示す。
「ちょっと待って……此処は……」
ルティアは動揺する。
示された場所は、つい最近までルティアがいた場所だ。
「コウジュさんと、ユタがいる場所に近い……!」
「まさか、知り合いがいるのか?」
「知り合いどころか、私が護衛をしていた守護救命団の仲間よ。毎年、此処で冬越えをするの。辺境の地で医者もいないから、冬の間は近くの集落を巡って、飢えてる人がいないか、病人がいないかを診て回ってるのよ……」
「多分、要請を出したのは、そいつらで間違い無いだろうな」
「何があったの?」
「原因不明の病で、集落のひとつが危機に晒されてる」
「――!!」
原因不明の病……。
集落の人々もだが、コウジュとユタは無事だろうか。
二人のことだ。
自分のことよりも、きっと患者のために動き回っているだろう。
「ルティア、お前は、リュードを探してるって言ってたよな?」
「ええ……そうだけど……」
「リュードは今、守護救命団として活動してんだろ? ってことはだな、」
「――!」
アビゲイルが言わんとすることを理解する。
「リュードさんは、此処に向かう可能性が高い……!」
「そうだ。……ただ時期が悪い。こんな山奥の辺境の地、雪も積もってんだろうし、容易に辿り着ける場所でもねえ」
確かにそうだ。
その懸念があったからこそ、ルティアとアナイナは、すぐに帝都に向けて出発したのだ。
(でも、リュードさんなら……)
「リュードさんなら、どんなに過酷な状況だって、絶対に諦めたりしないわ……」
「おう。オレもそう思うぜ」
「それに、リュードさんは祈祷師だもの」
祈祷師は女神の加護がある。
魔獣の毒にも侵されないほどの祝福を受けている。
原因不明の病や、流行り病にだって、常人よりも耐性に恵まれている。
今のルティアも同じだ。
(この要請に、リュードさんならきっと応えるわ!)
「ルティア! 行ってこい!」
「……でも」
「あのお嬢さんのことは、オレが命に代えても守り抜いてやる!」
「アビゲイルさん……」
「大丈夫だ! 行ってこい!」
迷いはある。
後ろ髪を引かれる思いもある。
けれど、コウジュとユタ、そしてリュードに会える可能性があるならと、ルティアは決断した。
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