⑭回想5 決着
フレッドが手のひらに刻まれた紋様から、大きな焔を二つ生み出す。それぞれが対をなす大きな獅子の姿へと変化していった。
そこへアビゲイルが呼んだ稲妻が落ちてくる。
高圧な電流が獅子のカラダを包みこみ、さらなる力を与え、巨大な形貌へと進化する。
「――さあ、行くんだ!」
フレッドの命を受けた獅子が戦場を駆けていく。
帝国軍の兵士に襲いかかる魔獣に炎の牙を剥き、次々となぎ倒していく。
「ここは俺達でなんとかする! 退いてくれ、これ以上の犠牲を出すな!」
フレッドが兵士や祈祷師達に大声で叫び回る。怪我をした兵士達は魔獣と応戦しながらも、少しずつ後退をはじめた。
「こんなになっても、まだ王は動かないのかっ――⁉︎」
戦旗が翻る本陣には帝国の王がいる。
しかし一歩も動く気配は無かった。せめてこの状況を見て、作戦の変更や、後退して体制を整えるなどの指示が必要だろう。
フレッドは怒りを覚えながら、戦場にいる兵士達を庇いながら戦いを続けた。
一方で、アビゲイルも奮闘している。
「うりゃあああっ――!!」
利き腕一本で、剣を振り回し魔獣を滅していく。無論、轟音は健在だ。雲を呼び、雷を降らせては、空を往く魔獣の群れを攻撃する。
地を這う魔獣に対しては剣を振るう。バチバチとした雷の一房を剣身に纏わせて一閃。
その鬼神のような戦いぶりを見て、ある兵士は恍惚と溜め息を零した。
――これが冒険者なのか……、と。
アビゲイルは戦い続けた。その後ろには可憐な祈祷師が付いている。
ルティアとキーノスとリュードの三人は、黒い靄を撒き散らしながら旋回している魔王を足止めをするため、作戦を立てる。
「オレが飛んでる魔王をどうにかするから、あとは頼むぞ」
相変わらず大雑把な作戦だが、それ以外にやりようも無さそうだ。
(ここはキーノスに頼むしかないわね)
キーノスは風の使い手だ。
望めば空だって飛ぶことができる。
「シルフェ――、こい――」
キーノスは精霊との「同調」を始める。この「同調」は人間と精霊……異なるもの同士の意識を繋ぎ合わせる方法だ。そうする事でキーノスは言葉を介さずに、意思のまま風を操ることができる。
「無理はしないで! 片翼落とせば、なんとかなるから!」
「ああ! ……行ってくる……!」
同調したキーノスの身体がふわりと舞い上がる。まるで己が風そのものだと言うように、自在に宙を飛んでいく。
キーノスは魔王に近づくと、羽撃きから生まれる黒い靄を風で吹き飛ばした。
「魔王! こっちだぜ!」
敢えて魔王の注意を自分のほうに引きつける。同時に短剣を引き抜くと、背中にある真っ黒な翼を狙って、身体を翻す。
「――っく!」
うまく捕らえらない……。
短剣は虚しく空をきった。
縺れ合うように、キーノスはなんとか魔王に食いついて攻防を続ける。
魔王の鉤爪がキーノスの腹を掠める。血が滲むものの傷口は深くはなかった。
ふたたび短剣を握ったところで、突如、天上から落ちてきた雷が魔王を貫いた。
言うまでもなく、アビゲイルの援助だ。
「オッサン、ありがとなっ!」
地上にいるアビゲイルに向かって手を振ると、剣を掲げて応えてくれる。
――好機だ。
魔王の体制が崩れたおかげで、難なく背後に回り、渾身の力を込めて片翼を斬り落とす。
そしてキーノスは仲間に向かって思い切り叫ぶ。
「ルティア――!!」
(落ちてくる!)
ルティアは全力で駆け出す。
剣を構え、魔王が地上に叩きつけられる直前を狙って――首を刎ねた。
(まだまだっ!)
ルティアは上体を起こす反動を活かし、今度は魔王の胴を切り裂く。
どっ……と、魔王は力無く倒れた。
「よっしゃ!」
地上に戻ってきたキーノスと、パチリと手を合わせるルティア。
そのままキーノスは「同調」を解いて膝をついた。同調は肉体に相当な負担が掛かる。
すぐさまリュードが、傷ついた箇所の治癒を始めた。
「ありがとな、リュード……」
「いえ。わたしに出来るのは、これくらいなので」
「そうじゃなくてさ、一緒に此処まできてくれたことだよ」
「…………」
「オレ達の仲間になってくれて、ありがとな」
「……はい」
魔王の回復は既に始まっている。
(なるべく魔核に力を使わせなきゃ!)
ルティアは転がっている魔王の残っていた翼を斬り落とした。
返り血が腕や足に掛かるが、今はリュードの守護と浄化の御業のおかげで、傷つくこともない。
魔王が負傷したことで、魔核は魔獣を生み出すのを止めたようだ。
さらに戦場にいるフレッドとアビゲイルの活躍もあり、その数も減りつつある。
帝国軍の一部の兵士も勇敢に戦っているようだ。
「……フレッドがさ、言ってたんだ」
ぽつりとキーノスが零す。
「魔核って結局なんなんだろう、ってさ……」
「それが解れば、もう戦わなくて良くなるのかしら」
「さあな……」
ルティアは回復しはじめた魔王の頭を、ふたたび斬り落とす。さっきよりも盛大に噴き出した返り血が頬にかかった。
「……っ」
ぐいと血を拭うルティア。
ふと虚しさに似た感情にのみこまれそうになるのを堪えて剣を振るう。
魔獣の全てを倒しきったのは、夜の帳が降りる時分。
アビゲイルの呼んだ雲が消えていく。やがて冷たい紺色の空から、冴えた月の光が地上に真っ直ぐ降りてきた。
魔王の前に、ルティア達は結集する。
誰も言葉にはしなかったが、気迫を漲らせていた。
――終わらせる! なんとしてでも今夜中に!
精神的な限界はとうに超えた。残されている力もあと僅か……。
もしもここで誰か一人でも崩れてしまえば、きっと皆も立っていられなくなる。
だからこそ終焉に向かって、最後の力を振り絞る。
「さあ……これで最後にするわよ!」
休まず戦い続けてきたルティアが、剣を構える。
「俺の力のすべて! この魔法に懸ける!」
フレッドが生み出した業火の波が魔王に襲いかかる。
同時にアビゲイルが剣を薙いだ。
「これがオレの最後の一太刀! くらいやがれ!!」
業火のなかに紫電が走る。魔王の黒々とした身体が小刻みに震えだす。
さらにレーヌが「光の矢」で、魔王を貫くと叫んだ。
「リュード! ――今なら貴方の光で魔核を破壊できます!」
戦場を照らす月明かりが、一層強い光を地上に落とす。
「ウートス神、浄化の力を――!」
リュードが天頂に向かって腕を伸ばす。
翳した掌中に銀色の光が凝集していく。やがて光は、細長い錫杖へと形を変えた。
リュードは錫杖をしっかり握りしめると、魔核に向かってそれを放った。
鈴の音のような響きをともなって、閃光となった錫杖は魔核の中心を貫く。
ウオオオと、地鳴りのような呻きがした刹那、硝子が砕けるように魔核に亀裂が走り、粉々に砕け散った。
とうとう魔王との繋がりが断たれた。
「ルティア、思いっきり跳べ――!!」
シルフェの力を借りて、キーノスが風を巻き起こす。
助走をつけて、ルティアは思いっきり上に跳躍した。
「――高く! シルフェちゃん、もっと高く!」
月明かりが眩しく感じる。
(もう、ほとんど腕に力が入らないから……)
だからこそ、落下に全体重を乗せるしかない。
空中で風が解けた。
ルティアは息を詰め、瞳をしっかりと見開いた。
落ちていく……。
冷たい空気に、覚束なくなってしまった指先に力をこめた。
(絶対、外すものか! 私のすべてで――!)
ルティアは剣を振りかぶり、魔王を真っ二つに斬り裂いた。
「――っつ、ぐ……っ!」
勢いが衰えぬまま、ルティアは地面に転がった。
手応えはあった。
口腔のなかの、魔王の返り血を吐き出す。
「ルティア!」
駆けよってきたのはリュードだった。
「――魔王はっ⁉︎」
ぐったりとした上体を支えられながら、視線を移す。
祈るような気持ちだった……。
魔王は動かない。
回復することもない。
(ああ……これで……)
フレッドが真っ先に膝をついた。
「終わった……、終わったんだな……」
そして、そのまま意識を手放した。
「勝ったのね……良かった……」
安堵したルティアは、今度こそ脱力し、そのまま瞳を閉じた。
――これが三日三晩続いた、魔王討伐の記録のすべてだ。
読んで頂き有難うございます!
終わった…。
次から第五章が始まります。
現在に戻ります。




