⑬回想5 帝国軍
ガーリア帝国軍の数は約八千。
夜明けを迎え、重たい腰を上げるように戦の準備を始めた。
隊列の中心には絶対的な存在である国王。さらにこの戦の総指揮官である将軍も、騎馬兵とともに馬上で国王の隣に陣取っている。
国王の後ろには祈祷師の集団が隊列を組み、前線は歩兵。そのうち約三千ほどが魔法を使える兵だった。
隊列は足並みを揃えて前進し、魔王との距離を詰めていく。
そして両者の中間地点に、今のルティア達はいた。
「そろそろ、始まりますね……」
祈祷師のリュードとレーヌが、半円状の「守護の盾」で仲間達を囲う。この盾は攻撃魔法を防ぐことを目的ではとしている。
リュードとレーヌは、お互いの力を掛け合わせることで、十分すぎるほど強固な盾を作り上げた。
――空気が動いている。
ピリピリとした風が肌の表面を擦り、ルティアがぶるりと身体を震わせる。
フレッドが「魔法の発動が近いな」と呟いた。
そう……眼には見えなくとも、膨大なエネルギーが満ちていくのを感じていた。
固唾をのみ静観するルティア達だったが、ここで魔核の異変に気付く。
「――見て! 魔核から魔獣が……っ!」
ボロリと卵を産み落とすように、魔核は次々と魔獣を作り出していく。
「そりゃそうだろ……魔王もとっくに回復済みだし、攻撃の手を休めれば、魔核は魔獣を生産しちまう」
それからキーノスは「帝国軍は八千もいる。どうにかすんだろ」と吐き捨てるように言った。
戦場には緊張がみちていた。
次々と生まれていく魔獣に、動揺しているはずだ。
高らかな角笛の音が響き渡る。
合図だ。
帝国軍の魔法攻撃が始まる。
「――きます! 絶対に動かないで!」
リュードが警告の声を上げる。
瞬間、空気に熱が混じった。
陽射しを遮るように集まった分厚い雲間に稲妻が走る。
波打つように迫ってくる地響き。
どこからか……水の流れる音までする。
そして目の前の景色が一変する。
ゴオオッという音と共に、燃え盛る火球がいくつも飛んでくる。
大地に裂け目が走り、そこから火柱や氷柱が噴き出す。
そして、おそらく水神の魔法だろう……巨大な水蛇が、地表を捲りながら走っていく。大きく口を開け魔獣を丸飲みしていく。
空には雷鳥の群れ。槍のような雷光に変化し急降下してくる。
大粒の雹が大地を叩いていた。
「――――…………」
凄まじい魔法攻撃にルティア達は言葉を失い、瞠目するしかなかった。
飛んでくる火球も、雹も、「守護の盾」は接触したすべての魔法を掻き消していく。
もしも巻き込まれていたら、ただでは済まなかっただろう。
同時に、散っていった冒険者達のことを偲ぶ。
――あまりにも、浮かばれないではないか……。
ルティアの胸に込み上げてくるものがある。
息を漏らしたフレッドの横顔に、涙が伝うのが見えた。
横たわるアビゲイルが、握りしめた拳で大地を打った。
――思いの遣り場がなかった。
帝国軍の魔法使いは二派分かれていて、攻撃の手を休めることなく、魔獣を撃退していく。
強かった。ルティア達の戦力の何倍もの威力。
だが、ひとつ致命的な問題があった。
――魔王だ。魔王はすべての魔法攻撃を躱していた。
今の魔王には翼がある。飛んでくる火球も、大地を走る水神の攻撃も、躱されたら意味がない。
魔法攻撃は、大地が生命を育めなくなるまで続いた。
「次は、直接攻撃をする気ね……!」
前線にいた魔法隊が下がり、歩兵と騎馬兵がかわりに進みでる。
一斉に剣を掲げ、雄叫びをあげながら、全速していく。
「盾を、解きます――」
魔法攻撃が止んだことで、守護の盾も役割を終えた。
ルティアとフレッドは念のために、剣を手に取る。
もし魔獣の襲撃に遭ったとしたら、仲間を守るのは自分達の役目だからだ。
一度は減った魔獣の数がまた増え始めている。
けれど、数なら帝国軍も負けてはいなかった。戦力を活かし、魔獣に束で攻撃を仕掛け、次々と打ち倒していく。
優勢だと思われた帝国軍だったが、魔王が動き出したことで一変する。
帝国軍の兵士たちの頭上を、魔王が飛行していく。
羽撃きに、黒い靄が混じっていた。
兵士達がばたばたと倒れていく。
「――! あれって、もしかして!」
「そうです。きっと魔王の翼が毒霧を出しているのでしょう」
後衛の祈祷師の集団が戦場に飛び出してくる。毒霧にやられた兵士を助けるためだろう。
しかし魔王の羽撃きは止まらない。
何千もいた兵士達が、今や虫の息だ……。
祈祷師達の数も足りない。増えていく魔獣と応戦しながらの救護は至難だ。
「このままじゃ、マズイな……」
フレッドが呻いた。
倒れた兵士達が魔獣に襲われていく。
戦場に、耳を塞ぎたくなるような悲痛な叫喚が響き渡る。
(私達なら……もっとうまく戦える……!)
何より傷ついていく人間を見ているのが苦しい。
――帝国軍のしたことは許せない。
けれど、この戦っている兵達に罪があるとも思えない。
ルティアは決めた。
「――戦うわよ!」
仲間達も既に同じ気持ちだったらしい。瞳に戦意が宿っている。
「魔獣の数が多すぎます。わたしが、」
レーヌが「光の矢」で魔獣に対抗しようとするが、がしりと腕を掴まれる。
「――っ‼︎ リーダー⁉︎」
レーヌを止めたのは、アビゲイルだった。
「オレがいくぜ。……魔獣を蹴散らすには、オレの雷撃が効率が良いからな」
「でもっ、まだ完全に回復したわけじゃ」
「雷ぶちかますくらいの体力なら戻ってきたぜ。片腕無しには丁度いい仕事じゃねーか!」
アビゲイルが残った右腕を回しながら、天上を仰ぐ。それを見たフレッドが声を上げる。
「アビゲイル。魔獣を倒すなら俺も加勢する。多分……魔法が使える俺達が適任だからな」
「おっ、リーダー同士の共闘……面白くなってきやがった!」
火神の加護を持つフレッド。
雷神の加護を持つアビゲイル。
どちらも魔法を使っての広範囲の攻撃を得意としていた。
「キーノス、ルティア、二人は魔王のほうを頼む。多分……今の魔王に対抗するには、キーノスの力は欠かせない。それに二人の連携の相性はいいはずだから」
「わかったわ!」
「おう! まかせとけ!」
「それからリュード……」
フレッドが、リュードと向き直る。
「頼みがある。キーノスと、ルティアを守ってくれ……。俺にもしもの事があっても構わなくていい、二人を優先して助けてやって欲しい……」
「ちょ! 何言ってるのよフレッド!」
「お前、リーダーだからって、格好つけすぎなんだよ!」
どこまでお人好しな男だろう。責任感が強いのは尊敬するが、こんな台詞を言われると黙ってはいられない。
「フレッド! 私達、全員生き残るわよ!」
「……ルティアの言う通りです。わたしは誰の命も諦めたりしません!」
リュードの口調にも僅かに棘が混じった。
「大丈夫です。リーダーと、フレッドさんには、わたしが付きますから」
「レーヌが付いてりゃ、大丈夫だ!」
魔王との戦いが始まってから三日目。
午後の陽射しを隠すように、灰色の雲が低く垂れ込めていくのが見えた。
読んで頂き有難うございます!
次、回想5ラストです。
宜しくお願いします。




