⑫回想5 精神の限界
狼煙は帝国軍にいる祈祷師があげたものだった。
だんまりを決め込んだ国王の気が、いつ変わらないとも限らない。もしもの時を考慮したリュードは、帝国軍にいる知り合いの祈祷師にあらかじめ頼んでおいたのだ。
「帝国軍が侵攻の準備を始めたようです」
冷静に状況を見ているリュード。
彼はさきほどまで仮眠をとっていた。おかげで今は、ずいぶん顔色が良くなっている。
「俺たちはどうしたら良い? 一緒に戦ったほうがいいのか……?」
フレッドの言葉は明らかに戸惑いを含んでいた。
普通に考えれば、手強い敵を相手にするなら味方は多いほうが良い。
しかしこれまでの状況に鑑みると、簡単に手を組むのは気持ちの面で躊躇いが生じる。
ルティアは「嫌よ!」と否定する。
(帝国が何をしたか忘れるわけないもの!)
そう……たくさんの罪の無い冒険者が犠牲になった。
帝国は「魔王討伐隊」の当初の作戦を覆したばかりでなく、最低最悪な……味方を巻き添えにするという暴挙に及んだ。
そのせいで、アビゲイルの仲間も散っていった……。
「オレも、ルティアと同じ気持ちだ。あいつら……オレたちが必死で戦ってるのを黙って見てるだけだったんだぜ! あいつらが戦うというなら勝手にやればいい! オレたちはオレたちのやり方で戦おうぜ!」
そう怒りを滲ませて、キーノスも共戦に反対した。
「ルティア、キーノス……」
「たとえフレッドの命令だとしても、こればかりは譲れないわ!」
「オレも……。一緒に戦うのは御免だ」
「……気持ちはわかる。……リュードはどう考える?」
フレッドが、リュードに意見を求める。
少しの逡巡のあと、リュードは横たわるアビゲイルに視線を移して言った。
「わたしの望みは、ここにいる貴方たちが全員無事に生き残ることです」
「……」
「わたし達はよく戦いました。二日かけて……だいぶ魔核を摩耗させることもできました」
「確かに……そうだな……」
魔王が傷つくたびに、魔核は自身のエネルギーを使う。
ルティア達の攻防は少しずつではあるが、実を結んでいた。
魔核は当初より半分以下にまで擦り減った。あと一日、長くても二日あれば完全に消滅させることができるだろう。
――だが、あと二日も戦い続けるのか……。
絶対に口には出さない本音。
今のルティア達の精神はぎりぎりのところで、なんとか保たれている。
冒険者は魔獣を倒すことを主とした戦士だ。傭兵ではない。長時間の戦であれば、帝国の兵士のほうがよっぽど訓練されているだろう。
限界が近い……それをリュードは見抜いて言葉にしたのだと誰もが思った。
「帝国軍が戦うというなら、わたしは様子を見るべきだと思います。フレッド……わたしの考えを受け入れてください」
「――わかった……」
この戦場において、リュードの言葉は絶大な力を持っていた。
彼が祈祷師だからだ。祈祷師がいなければ、とっくの昔にルティア達は死んでいた。
フレッドも、今はリュードに指揮を委ね場面が増えてきている。
帝国軍に加担するのでなければ構わない。そうルティアもキーノスも納得した。
「それからレーヌ――」
「はい、リュード」
「帝国軍は間違いなく大規模な魔法攻撃をしてくるでしょう。この距離では巻きこまれる可能性があります。今、アビゲイルを動かすことはできませんから、わたし達で「守護の盾」をはります。……出来ますか?」
「出来ます。わたし一人でも守護の業なら十分に……」
「頼もしいですね。ですが、共にやりましょう」
「……はい!」
視線を交わし合う二人の祈祷師。
お互いのことをよく知っているだけに、深い信頼がそこにはあった。
そしてそんな二人の様子を見ていたルティアは、自分の心がざわつくの感じた。
――なんだこの弱々しい気持ちは……。
抗うように、ぐっと拳を握る。
「ルティア?」
「なんでもないわ、フレッド」
思いの起点を探るように、ルティアは目を伏せた。
(そう……今の私はなにも出来ない。戦うほかに何も出来ない……)
だから、レーヌが羨ましいのかもしれない。
――劣等感。
そんなものを抱えていても、自分自身は変えようが無いと言うのに……。
(私は弱い自分が嫌い。……みんなを守る力が無い自分が嫌い。……リュードさんの痛みも苦しみも分かちあえなくて、背中を預けてもらえるレーヌさんのことを羨むことしかできない……)
惨めな気分だった。
「シルフェ……? ――どした?」
虚空を見上げるキーノスの気配に、ルティアも顔を上げた。
キーノスが見ている世界もまた、ルティアの目には映らない。
「シルフェちゃんは、元気?」
「ああ。どうやら……お前のこと心配してるみたいだぜ」
「え?」
「ほら、手出してみろよ」
促されるまま宙に腕ごと伸ばせば、柔らかい風が絡まり撫ぜていく。
空気は冷たいのに、シルフェの気配は温かい。
まるで「大丈夫だよ」と抱きしめられているような感触。
「オレと、シルフェはさ……」
「ん?」
「ずっと存在自体を信じてもらえなかったんだ……」
「……うん」
「精霊使いって、今の時代珍しいし、生まれた時から隣に風の精霊がいるって言っても、子供の妄想だとか、頭のイカれた奴の虚言だって白い目で見られてきてさ」
「私達は、ちゃんと分かってるわよ」
「そう……だからさ、フレッドとルティアに会ってオレ達は救われたんだよ。たとえ同じ景色が見えなかったとしても、信じて傍にいてくれるだけで、この世界に受け入れられた気がしたんだよな〜……」
「キーノス……」
「だから有難うな、一緒にいてくれて……。すげぇ今も心強いし、多分、オレ達のうち誰か一人でも居なくなったら、もう立っていられなくなる思うからさ」
真っ直ぐに言葉を紡ぐキーノスに、胸が熱くなる。
シルフェの風が、ルティアの汚れた髪を優しく揺らしていく。
「キーノス……絶対に生き残るわよ!」
「ああ! 絶対にな!」
ルティアは、心の中のざわつきを抑え込む。
――たとえ弱い自分であっても、仲間達のために、自分ができる最善を尽くそう。
羨むのも、落ち込むのも、すべてが終わってからでいい。
そしてついに、帝国軍の侵攻が始まった。
読んでくださった皆様、有難うございます!




