⑨回想5 二日目のはじまり
帝国軍にも祈祷師はいる。
そのなかには、リュードやレーヌと顔見知りの者もいた。
皆……魔王と戦う冒険者達を傍観する事しかできないと、心を痛めていた。
――何のために、自分達はここにいるのか。
一部の帝国軍兵からも「魔王と戦わないのか」と抗議の声が上がった。
しかしそれに対し、国王は言った。
【冒険者達が、あそこまで――「ひ弱」だと思わなかった】
【我が軍が戦えば、瞬きのうちに片はつくであろうが、それでは冒険者共の遺族が納得せぬだろう】
【困難な戦いだったと証明せねば――】
命惜しさに頭を垂れることしか出来ない軍兵だったが、誰の目から見ても真実は明らかだ。
――冒険者達を殺したのは、魔王でも、魔獣でもない。【おまえ】だ!
陽が落ち、野営をはったところで、夜に紛れてリュードとレーヌが現れる。
帝国軍の上層部に見つからないように注意を払いながら、顔見知りの祈祷師たちは、食料や着替えなどを分け与えた。他に必要なものがあれば用意すると約束し、治療に必要な「聖水」も持たせた。
帝国軍にいる限り、自分たちは何もできないのだから……。
もうすぐ夜明けだ。
アビゲイルのもたらした雷雲は頭上を覆っているが、少し離れた遠くの空は、明けを告げるように闇が薄くなっている。
昨日はずっと曇天で時に雪も舞っていたが、今日は晴れの日になりそうだ……。
「オレはいつでも行けるぜ!」
「私も、準備できたわ――」
「それじゃあ、行こうか!」
傷は完全に癒えたし、睡眠もとった。
少し前に食事もした。腹にいれたパンや干し肉のスープが消化され、全身に熱をもたらし始めた。
汚れた衣服も着替えた。
(気合いも十分だわ)
――『心は強く、頭は冷静に』
ルティアに剣を教えた父の言葉。
どんなに苦しい時でも折れない強い心。そして最善の判断を下せる思考。
――二日目の戦いが始まる。
「わたしも傍にいます。ですから安心して戦ってください」
一睡もしていないリュードが言った。
明けの光を浴びた表情に疲れの色は見えないのは、女神の加護があるからか、それとも戦いを前に神経を研ぎ続けているからか……。
リュードが「祝福」と「防御」の祈祷をする。
これは魔獣や魔王がもつ「毒素」から肉体を守る効果がある。
(あたたかい……)
光の粒子が身体の表面を包んでいく。
その温みを感じながら、ルティアは頭にきつくターバンを巻いた。
「――アビゲイル! 交代にきた!」
一筋の雷光のあとに響く轟音。
空気を揺らしていく残響。
フレッドの声に振り返ったアビゲイルは、首を縦に落とすとその場にバタリと倒れた。
かすかに動いた唇は「あとは頼んだぞ」と声にならない呟きを残した。
レーヌがそばに寄るのを見届けてから、ルティア達は改めて目を凝らす。
「すげーな、魔核が小さくなってる……」
「アビゲイルさんのお陰ね」
一晩、魔王を撃ち続けた雷撃は、確実に魔核の持つ容量を減らしたようだ。
半分……とまではいかないが、はじめに見た時より、魔核は小さくなっている。
「それで……魔王は……」
アビゲイルの最後に放った雷撃により伏していた魔王が、魔核による修復を終えて立ち上がる。
「――!」
ルティア達は息をのむ。
そこには、昨日とはまるで違う魔王の姿があった。
「なんで【人】の姿に――⁉」
呆然と呟くルティアに「昨日も変化してたよな」と、キーノスが言う。
確かに最初は獣のようだった。そして二本足で立つ形貌へと変化していた。
そこからまた……。
「まさか……攻撃に耐えうるカタチに変化していくというのか……しかも」
フレッドが眉を寄せる。
人型に変化した魔王は片手に剣のようなものを握っている。それは魔核の黒々とした色を宿している。
さらにどんな刃も通さぬというように、魔王の全身は鋭い棘で覆われていた。棘の先端が怪しげに濡れている。きっと毒を孕んでいるに違いない。
魔王の双眸が、ぎょろりとルティア達に向けられる。棘は顔にあたる部分からも突き出していた。鼻も口もない。底なしの殺意がうつる闇のような瞳。
(怖気づいてなんかいられない! それにっ)
「――剣での戦いなら誰にも負けないんだからっ!」
ルティアが先陣をきる。
ガキィィィッ!
魔王の上半身を斬りつける。
(――硬い!)
鋭利な棘は鎧。ルティアの剣を受け付けない。
もしも無理やり攻撃を続けでもたら、こっちの剣のほうが先に駄目になってしまう。
「オレにまかせろ――!」
風の精霊と同調したキーノスが疾風を放つ。
――鋭い風の刃。
疾風は魔王の棘の先端を削り取る。
しかしすぐに棘は回復を果たす。
(修復のスピード、昨日より早くなってる――⁉)
「焦るな! この繰り返しでいいんだ!」
フレッドの鼓舞に強く頷いて、キーノスがふたたび疾風を放ち、魔王の棘を削り取る。
棘の修復のために、魔核からエネルギー補給をするのだから、地道だが確実な戦略だろう。しかしルティアに僅かな焦りが生まれる。
(私は、どんな攻撃をすればいい?)
なにも出来ないのは歯がゆい……。
その思いを汲み取ったのか、フレッドが己の剣に焔を纏わせながらルティアに指示を出す。
「次にキーノスが攻撃をしたら、俺がさらに魔王の棘を削ぐ。そのタイミングで、ルティアは斬りこんでくれ!」
「わかったわ――!」
あの棘が少しでも無くなれば、ルティアの剣だって通用する。
キーノスの疾風が放たれる。後を追うようにフレッドが飛び出す。
焔を纏った剣を一閃。
削いで短くなった棘が溶けていく。
――今だ!
ルティアは素早く魔王の懐に潜りこみ、上体を低くして真横に剣を薙ぐ。
ギィィィッッ!
斬られた魔王が呻きを上げる。しかし倒れはしなかった。
「――っ!」
ルティアは反射的に剣を身体の中心で構える。
そこへ魔王の剣が振り下ろされた。
ガッッ!
強烈な重みが両手に伝って痺れる。
(魔王の……剣……!)
まるで力で押し切ろうとするかのような攻撃だった。
ルティアは体重をかけて振り払うと、勢いよく斬りかかる。
今度は魔王がルティアの剣を受け取める形になる。しかし魔王の力は強く、剣がぶつかった瞬間、ルティアは弾き飛ばされ地面に尻もちをついた。
すぐさま立ち上がり、棘の修復がまだだと目視してから攻撃に移ろうとするが、フレッドに制止をかけられる。
「ルティア! ゆっくりでいいんだ!」
「ぐ……」
踏みとどまり、いったん呼吸を整える。
――そうだ。攻撃の機会は必ずある!
ルティアは父の言葉を反芻し、落ち着けと自分に言い聞かせる。
「キーノス! いけるか――⁉︎」
「当然! まだ余裕!」
同調も安定している。
キーノスの緑髪が舞い上がる。
今度は竜巻を生み出して、魔王を飲み込んでいく。
全身の棘を削ぎ落としたところで、フレッドが剣を振りかぶる。
ザシュッ!!
黒い血飛沫が上がった。
フレッドが退いたところで、ルティアの剣戟が始まる。
「はああっっ――!」
両刃の剣を突き出すと、魔王は己の剣で防いだあと、反撃と言わんばかりに下から振り上げる。
ルティアは上体を捻って躱すと、踏み出した前足に体重を乗せて、上から斜め下に切っ先を滑らせるように斬り降ろす。
ギイイイッ――
黒い血を流しながら魔王は、剣を持っている方と別の腕を伸ばすと、がっちりとルティアの右手首を掴む。
「は、はなせっ――!」
振りほどけない。
しかもルティアの剣は魔王の体に埋まったまま。
だから身動きがとれないのだ。
「――ルティア!」
背後から切迫したリュードの叫びが聞こえた。
刹那、ルティアは腹に熱さを感じた。
視線を降ろせば、魔王の剣がルティアの腹を貫いていた。
「――!!」
やられたと思った時には、魔王の束縛は解かれていた。
貫いた剣が引かれ、一拍の後、ルティアは崩れ落ちた。
(息が……)
ゴブリと、血のかたまりを喉奥から吐き出した。
襲ってきた激痛に頭が働かない。
「そんな……ルティア……」
「ルティア! しっかりしろ!」
フレッドの声も、キーノスの声も遠い。
だがリュードの声だけは、すぐそばにあった。
読んで頂き有難うございます!
重苦しい回が続いてすみません。




