⑧回想5 一日目の終わり
「ルティア、少し休んだほうが」
「私はまだ戦えるわ――!」
ルティアはきっぱりと言った。
まだ気力はある。
敵は目の前にいる。
根を上げているような場合ではない。
(それに……フレッドを一人で戦わせるわけにはいかないもの)
ルティアの脳裏に仲間達の倒れていく姿がよみがえる。
あんなに目の前が真っ暗になるような思いは、もうたくさんだ。
――ひとりでは駄目だ。絶対に。
魔王は強い。
ひとりで戦うことは死に急ぐようなもの。フレッドも分かっているはず……。
それでも休息の声を掛けてくれるのは、フレッドが「優しい」からだとルティアは思う。
「女」だからと、気を遣ってくれているのもあるかもしれない。
(私はそんなに軟弱じゃないわよ)
ルティアは両足でしっかりと大地を踏みしめる。
「フレッド、戦うわよ」
「……分かった! けど、無理はしないで――」
ふたたび魔王と対峙する。
先陣をきるフレッド。
今度は魔法では無く剣で直接攻撃を仕掛ける。
力強い太刀筋にルティアのなかの戦闘本能も高まっていく。
フレッドの攻撃を魔王が躱す。
そこに生まれた一瞬の「隙」に、ルティアは飛び込んで一閃。
弾いて躱されれば、待ち望んでいたと言わんばかりに、フレッドが間合いをつめて剣を振るう。
――魔王に攻撃をさせるものか!
次いで巡ってきた攻撃の機会。
ルティアの渾身の力をこめた突きが、魔王の腹を深々と抉った。
すぐに剣を引いて後退したところで、フレッドが気合をはらんだ励声とともに、魔王の二本の足を斬りおとす。
大地に伏した魔王に、フレッドの放った焔が襲いかかる。
これで暫くは、魔王といえども動けまい。
「っ、はっ……はっ……」
冬だというのに玉のような汗が滴っていく。
ルティアが両手を膝頭について、肩を上下させ荒く呼吸をする。
(まだよ、まだ……魔王は死んでない……!)
魔王のエネルギー源である魔核は、まるでルティア達を見下すように大きくその姿を保っている。
魔核が、ゆらりと蠢いた気がして、ルティアは両目をゴシゴシと擦る。
「く……目が霞んで……?」
「陽が落ちてきたんだ。視界もだいぶ悪くなったな……」
「ほんとだわ……。夜が、やって来る……」
いつの間にか曇天だった空に、黒い闇が垂れこめていた。
だから余計に視界が覚束なかったのだと、ルティアは納得する。
魔核が魔王の傷ついた体の修復をはじめた……。
「ルティア……、魔核が少し小さくなったと思わないか?」
「……言われてみれば」
「確実に俺たちは魔王にダメージを与えてる……ってことかな」
「それを信じて戦うしかないわね」
険しく瞳を眇めて眼前の魔核を見据える。
フレッドの言う通り、聳える先端の部分が、はじめに見たときより欠けている気がする。
(魔王の体を修復するたびに、魔核は小さくなっていく……)
魔核からのエネルギー補給が無くなれば、魔王も存在を保つことはできないだろう。
それまで戦い続けるしかないということか……。
濃くなっていく闇色と反対に、遠くに薄明かりがぼんやりと漂いはじめた。
――あれは帝国軍の夜営か。
こちらの様子をずっと窺っているのは分かっていたが……。
「…………」
すー、と細く長く息を吐きルティアは体勢を戻す。
呼吸の乱れが落ち着いてきた。だが身体は鉛を背負ったように重苦しい。
一方、斬りおとされた足の修復が終わり魔王が立ちあがる。
まだルティアがつけた腹の傷はまだ塞がっておらず、血が流れている。
(元通りになる前に――)
同じ考えに至ったのだろう。
フレッドが攻撃体制に入る。
ルティアも両手で柄を握りしめ、片足を前に踏み出す。しかし――
「ルティア!」
膝ががくりと折れて、ルティアは崩れ落ちた。
(身体が言うことを利かない……!)
これまでずっと神経を研いでいたから気付いていなかっただけ。
今のルティアの身体は何もかもを絞り出し、カラカラになった状態だった。
「ルティア、休んだほうがいい!」
「……嫌よ。魔王はまだ、」
「だけどっ、」
ルティアを制するフレッドの言葉は、雷鳴によって掻き消された。
――稲光。そして、空気を切り裂く轟音。
バチバチとした紫電が、闇夜の垂れこめた雲間に幾つもの筋をつくっていく。
「待たせたな!」
「――アビゲイルさん!」
「お待たせしました。夜の間は、わたし達に任せてください」
現れたのはアビゲイルと、祈祷師のレーヌだ。
無事に回復を終え、この戦場に舞い戻ってきたのだ。
「夜明けまで、オレの「雷」で魔王を撃ち続ける……! そうすりゃ魔王も身動き取れないだろ」
「そんなに長時間の魔法……無茶だ!」
アビゲイルと同じ魔法剣士のフレッドは、限界値を心得ている。
いくら体力気力が全快したとしても長時間の魔法の行使は危険だ。そもそも……夜明けどころか、数時間もすれば消耗して倒れてしまうだろう。
「お前らだって命懸けて戦ってんだ! それに夜の戦闘はどっちにしろ不利だ。だが戦闘を止めれば魔核は魔獣を生みだしちまう。オレなら……それをどうにかできる!」
「心配要りません。一晩、必ず凌いでみせます。魔王が魔核の力で回復するように、リーダーの力が尽きる前に、わたしが癒しの御業を施しますから。どうかお二人は休んでください」
そう言ってレーヌは微笑む。
どこか儚げな印象の祈祷師は、数多の戦を経てきた戦士のように、今は堂々と落ち着きをはらっている。
「ルティア、今は休んどけ! 朝が来たら嫌でも交代してもらうからな!」
「……わかったわ」
「じゃあ、俺達はリュードのところに戻ろう」
フレッドが剣を鞘に収めると、一歩も動けないルティアを抱えあげる。
レーヌが光を生み出し、暗くなった足元を照らして先導する。
「フレッド……ごめんなさい……」
「――全然。……さぁ、目を閉じて。このまま休んでいいよ」
促されるままルティアは目蓋を閉じる。
そして、そのまま意識を手放した。
ルティアは目を覚ます。
夜明けにはまだ遠い刻限……。
稲光を頼りに近くに目を凝らすと、隣で外套にくるまってフレッドが寝ているのが見えた。
上体を起こした所で、声を掛けられる。
「あ、起きたか。寒くないか?」
「キーノス! 大丈夫なの――⁉︎」
「ああ、リュードのおかげでな。ただ同調の時間が長かったせいか、戦えるまではもうちょい掛かりそうなんだ。役立たずでごめんな……」
「そんなことないわ! でも……良かった……」
ルティアは心から安堵する。
――生きていてくれて良かった!
今はそれだけだ。
仲間の顔をもう一度見れたことが何よりも嬉しい。
「あ、丁度良く戻ってきたな。おーい、ルティアが目を覚ましたぞー!」
キーノスの視線を追いかけると、リュードとレーヌが歩いてくるのが見えた。二人とも両手に何かをぶら下げている。
声に気付いたリュードが急いで駆けてくる。
「――ルティア! どこか痛いところはありませんかっ⁉︎」
「えっ、ええと……」
魔王と戦って、幾つか傷を負っていた。
特に困ったのは右手の負傷だった。
ターバンをきつく巻いて誤魔化していたが、痛みはひどくなる一方だったのだ。
(あれ……治ってる……?)
ルティアは右手を見て驚く。
血が滲んで汚くなっていたターバンは取り払われ、強く握りこんでも痛みはない。
「気を失っていたので、目につく箇所の傷しか癒せていません……。なので、他にどこか不調はありませんか?」
「ない、です……」
ほっとしたような息遣いが耳朶をくすぐる。
リュードは手に持っていた軽くて丈夫な毛織で、ルティアの身体をくるむ。この毛織りはもうひとつあって、眠っているフレッドの上掛けとして宛てがわれた。
「リュードさん……」
青白い閃光に染まるリュードの瞳。
「ルティア?」
轟音の隙間に響く、穏やかなリュードの声音と、毛織で温まっていく身体。
ずっと張り詰めていたものが、ここにきて始めて解けはじめた。
ルティアの胸に言いようのない想いが込み上げる。
「……リュードさん、私……貴方と出会っていなかったら……」
もしもリュードと出会わずにいたら。
もしもリュードが仲間になっていなかったら。
そしてリュードが祈祷師じゃなかったら。
いや……リュードが生まれてこなかったとしたら……。
(きっと、私達はとっくに死んでいたはずだわ――)
フレッドも、キーノスも、ルティアも、覚悟は決めていたとはいえ、リュードがいなかったら仲間の死を目の当たりにして動けなくなっていたかもしれない。
どんなに辛い戦いでも、誰一人、欠けることなく「今」を生きている。
――これ以上の奇跡なんてない……!
ルティアは毛織に顔を埋める。滲んだ涙が吸いこまれていった。
「わたしこそ……貴女を守る祈祷師でいられて、良かったです……」
優しい声音が降ってきて、ルティアの胸を震わせる。
そして先ほどからずっと、小さな手が温めるようにルティアの背をさすっている。これはレーヌの手だ。
「ルティアさん、温かいスープをもらってきました。今のうちに補給しましょう………」
「……はい」
顔を上げてレーヌから器を受け取る。
指先に熱がしみこんでくる。
「そろそろ……わたしはリーダーのところに行きますので、しっかりお休みくださいね。では夜明けに――」
ひとり歩いていくレーヌの背中を見送る。
夜明けがきたら、また終わりの見えない戦いが始まるだろう……。
それまで短い時を、ルティアは仲間達とともに過ごした。
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