⑥回想5 魔王のもとへ
辺りが一瞬、青白い光に包まれた。
なに? とルティアが思ったときには、割れるような轟音が耳をつく。
(――これ、雷っ⁉)
曇天は掻き回されたように渦を巻いている。
そしてまた目が眩むほどの稲光。
数秒後、バリバリと鳴る轟音とともに、ルティアの目の前にいた魔獣が消し飛んでいった。後に残ったのは黒い塵だけ。それもすぐに風に流されていった。
「すごい……」
大いなる力を全身で感じる。
偶然に起こった自然現象でないことは明白だ。何故なら落雷は魔獣だけを綺麗に撃ち抜いていった。
「っ! もしかしてこの「力」って……!」
心当たりを思い浮かべた時、遠くから近づいてくる声に気付いた。
「おーい……無事かーー⁉︎」
戦場を駆けながらルティア達のもとへ向かってくるのは――轟音のアビゲイル。雷神の加護を持つ魔法剣士だった。
アビゲイルの少し後ろに薄紅色の髪が見えた。祈祷師のレーヌだ。
(二人とも、生きていてくれた!)
嬉しくてルティアは思いきり手を振って応える。フレッドもキーノスも、それにリュードも再会に顔を綻ばせた。
「おまえらっ、よく無事でいてくれた!」
「アビゲイルさんとレーヌさんこそ! 生きていてくれて嬉しいわ!」
「おう! とっさにレーヌが防御の業を使ってくれたからな」
「だけど……わたしは、近くにいたリーダーしか助けられませんでした……」
哀しみの入り混じった表情でレーヌが俯くと、アビゲイルは慰めるように彼女の肩に手を置いた。
ーー前線は酷い惨状だったはずだ。
魔獣と応戦中に突然襲った悲劇。
訳もわからぬまま、二人はたくさんの冒険者や、仲間の死を目の辺りにしたはずだ。
どんなに辛かったことか……。
レーヌはアビゲイルを見上げたあと、ルティア達のほうを向いて、弱々しく微笑んだ。
「……でも、こうして皆さんが生きていてくれて良かったです。皆さんがいることに気付かなかったら、リーダーは今頃、魔王を相手に無茶な戦いを挑んでいたでしょうから……」
「ーー魔王の姿を見たのかっ⁉︎」
フレッド達は息をのむ。
そしてアビゲイルは厳しい表情で頷いた。
「ああ見た。魔王も、魔王の魔核も……」
「わたし達はすぐそばまで行きました。リーダーが刺し違える勢いで向かっていったので。何度か攻撃しましたが、歯が立ちませんでした……」
「おいおい……そんなに強いのかよ……」
ぶるりと背筋を震わせるキーノス。彼はいったんシルフェとの「同調」を解いていた。同調は肉体疲労が激しいからだ。
「一番厄介なのは「魔核」だ。魔王としっかり繋がってやがる」
「――繋がってる? どういうこと?」
「そのまんまの意味だ。魔王は獰猛な獅子にも似た姿をしてるんだが、その長く伸びた尻尾の先が魔核と一体になっている」
「……魔核が、魔王に生命力を与え続けているということね?」
「そうだ。魔王にとっちゃ生命線だ。断ち切ろうと雷を落としてみたが、びくともしねぇ」
「マジか……」
「でもな、ひとつ分かったことがある。魔核は魔獣を生み出すが、魔王を攻撃しているときはだけは魔獣は生まれない……。おそらく魔核は、魔王への供給を最優先にしてるらしい……」
ルティアは荒野の先に聳える、魔核を見遣る。
黒水晶にも似たぎらつく魔核の表面が波打つように蠢いたかと思えば、ボトリと「涙」を流した。
「涙」は魔獣へと変貌する。
次から次へと、魔核はあらゆる形態の魔獣を生み落としていく。
(――こうしてる間にも魔獣は増え続けていく!)
アビゲイルの活躍のおかげで一掃された魔獣が、このままではまた群となって襲ってくるだろう。
「もたもたしてる場合じゃないわ!」
「だなっ、魔王を攻撃すれば魔獣も増えないなら行くしかねーよな!」
「ああ! 俺たちも魔王のところに急ぐぞ!」
そう決めたところで、アビゲイルが腕を天上に向かって振りあげる。
曇天に紫電が走っていくのが見えた。
「魔獣はオレ達に任せろ! また全滅させる!」
アビゲイルの加勢が、今はとても頼もしい。
「皆さん、次にリーダーが魔法を放ったら、わたしはリーダーの回復に専念します。その間、どうかよろしくお願いします」
「わかったわ!」
「悪いな……」
魔法を使うにも限度がある。
フレッドも魔法攻撃を得意としているから、限界があることをルティア達も知っていた。
剣に炎を纏わせるくらいなら負担はあまり無いものの、アビゲイルのように規模の大きな魔法攻撃になると、数回も放てば息切れをおこしてしまう。
だが今は祈祷師がそばにいる。
「レーヌ、貴女は大丈夫ですか?」
リュードが、既知の仲であるレーヌを慮る。
祈祷師も人だ。限界はやってくる。
「わたしことなら心配いりません。……リュードが生きていてくれただけで、わたし頑張れるから……。どうかお気をつけて……」
可憐なレーヌの眼差しが、名残惜しそうにリュードに向けられている。
それは愛する者を見る瞳……。
レーヌの抱くものが、今のルティアにはよく理解できた。
眼前に聳える魔核を目指して走り出す。
「魔王がどういう攻撃をしてくるか分かりません。まずは距離をとって、こちらから攻撃を仕掛けてみましょう」
「ああ、リュードの言う通り、まずは離れたところから俺が魔法で攻撃してみる……」
走りながらフレッドが剣を抜き、それに炎を纏わせていく。
(接近戦にならないと、私の出番はない……だけど、)
隙があれば魔王の懐に飛び込んで攻撃を仕掛けよう。
ルティアも収めていた愛剣を抜いて、その時に備える。
「見えたぜ! ――魔王だ!」
――いる。間違いなく、あれが魔王だ。
それは魔核のそばに佇んでいる。
黒々とした鬣に、四つ足で大地に根付くように立っている。
アビゲイルは獰猛な獅子のようと言ったが、本質を表す言葉が見つからなかっただけだと、ルティアは背筋を冷たくさせながら思った。
(まるで底なしだわ……)
ただ在るだけで、暗闇に突き落とされるような殺気、
魔核と同じ光を放つ双眸は、「生」を捻りあげるような「絶望」の塊で、ルティアの膝はぐらりと揺らいだ。
しかし右腕を強く掴まれ、ルティアの傾いだ身体は掬いあげられる。
ふっと息をついて、傍らをみると、支えの手を伸ばしてくれたのはリュードだったのだと知る。
「魔王の目を見ないで……、あれは、わたし達の世界にいてはいけないもの。わたし達のすべてを否定するもの。引きづられてしまいます」
「わかり……ました……」
ルティアは、魔王の足元に視線をうつす。
足元ならば攻撃をよむこともできる。
「フレッド! ――風を送る!」
「頼むっ! うおおぉぉっっ!」
フレッドの炎が質量を増す。
そのまま剣先で方向を定め、一気に解き放つ。
同時に、アビゲイルによって雷が振り下ろされた。
轟音が鳴り響く。
生まれたばかりの魔獣が霧散していく。
そしてキーノスの風に煽られた火神の炎が魔王をのみこんでいった。
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