④回想5 それぞれの悔恨
――後悔。
失ったものは戻らない。
それによって生まれる哀しみも知っていたはずなのに……。
血の雨が降る世界で、ルティアは身体を折り曲げ胃の中のものすべて吐き出した。
(もっと、出来たことはあったのに――)
帝国軍を本当に止めたいのなら、他にもっと遣りようがあったはずだ。
例えば、ルティアが剣をとって帝国軍に「攻撃を止めろ」と歯向かうことだって出来た。そうやって騒ぎを起こせば、事態は変わったかもしれないのに……。
「――ルティア! 魔獣がそっちへ行ったぞ!」
キーノスの警告の声と、ルティアの身体が反応したのは、ほぼ同時だった。
冒険者になり、幾多の戦いに身を投じてきたルティア。
見えていなくとも、魔獣の気配くらい察することができる。
強い殺気にルティアは反射的に剣を引き抜き、一閃。
ザシュッ……
魔獣の胴を真っ二つに切り裂いた。
「はっ……はっ……。――っぐ……っ……」
剣を手にしたまま、ルティアはまた込み上げてくるものを吐き出した。
――上からまた殺気!
大きな黒い影を落とし、魔獣はルティアの真上から迫ってくる。
剣を構えるより前に、ルティアはまず後方に飛び退く。
しかし――着地した踵が何かを砕く感触と音がした。
躯だ。すでにこと切れている冒険者の躯の骨を、ルティアの踵が踏み砕いたのだ。
「――い……や……っ……!」
今度こそルティアは動けなくなった。
滂沱の涙に視界が歪んだ。
「ルティア――――!」
火神の加護をもつフレッドが、紋様から生み出した焔を剣に纏わせ、一閃。ルティアの助けに入る。
背後から炎に包まれた魔獣は倒れた。
「ルティア、大丈夫かっ!?」
フレッドが駆け寄ってくる。
それから「一時的なものだけど」と、キーノスが風を巡らせ魔獣が近づかないように障壁をつくった。
ルティアのもとに仲間が集まる。
「俺のせいだ……。ごめん、ごめんルティア……」
フレッドが涙を流して動けなくなっているルティアを抱きしめた。
彼もまた泣いている。
「どうして……? フレッドはなにも」
「いや、俺が決めた。俺が……此処へ来ることも、帝国軍を止めないと決めたのも、全部俺だから……そして皆を、こんな目に遭わせてしまった……」
「それは違うぜ! フレッドのせいじゃない。オレだって甘かった……ちゃんと想像できてたら、こんなことになる前に……」
キーノスが握った拳で、目頭を拭う。
――みんな、自分のせいだと傷付いている。
真っ赤に降り注ぐ雨はやんだ。
冷たい風とともに舞い降りる雪も、今は白い綿毛のようだ。
帝国軍の攻撃に巻き込まれた冒険者のなかにも、生きている者はいる。
けれど……犠牲がおおきすぎた。しかも味方の手によってだ。
「――わたしは……知っていました……」
リュ-ドが言った。
亡骸の開いている目蓋を手のひらでそっと瞑らせてから、彼は立ち上がる。
俯いた横顔には、青みがかった黒髪が滑り落ちて、どんな表情をしているのか分からない。
「リュード……さん?」
「わたしは詠唱を耳にしたとき、その魔法の規模と、被害の規模の予測はできていました」
「そう……だったのか?」
「知ってるなら、なんで言わなかったんだよ」
驚くフレッドと、責め口調で問うキーノス。
そしてリュードは、感情を押し殺したような平坦な声音でこたえる。
「わたしは言いませんでした。むしろ、貴方達が巻き込まれないと安堵していたのです……。前線に辿りいていたら守りきるのが難しかったから」
リュードがルティア達に向き合う。
やっと見えたリュードの頬に、涙の痕が残っている。
「わたしにとって大切なのは貴方達だけだから――。神殿も、わたしを買い取った冒険者も、祈祷師であるわたしを道具としてしか見なかった。わたしを「人」として、「祈祷師」として認めて求めてくれたのは……貴方達だけだったから――」
リュードの言わんとすることを、三人は理解する。
今までリュードのことを大切にしてくれる人はいなかった。
だからこそリュードは、自分にとって大切だと思えるものだけを守ろうとした。
「でも……そのせいで貴方達が傷付いてしまったのなら、それはすべてわたしの罪です。わたしの過失です。だから、」
「――それは違う!」
「そうだぜ。責めてしまって……悪かった!」
「リュードさん……私は、貴方のせいだなんて絶対思わない……」
ルティアは口元を拭って立ち上がる。
――心が痛い。
まだ焼け付くような痛みは消えない。
いや、多分、一生消えることはないだろうと思う。
(だけど、この痛みは私だけのもの。みんなに背負わせたりはしない……!)
立ち上がったルティアの背中をフレッドが支えている。
リュードが「これを」と、聖水の入った水筒をルティアの口元に持っていく。
ゆっくりと傾けられた水筒から、二口ほど聖水を飲み下すと、喉元がすっきりと落ち着いた。
「そろそろ、障壁も限界だ――」
キーノスの言葉に、ルティアは剣の柄を強く握りこむ。
「私は戦うわ」
「俺も」
「もちろん、オレもだぜ」
ルティア達は今、戦場に立っている。
障壁の向こうには、魔獣の群れがこちらを見ている。
「わたしが貴方達を絶対に守ります――。絶対に、死なせたりなんかしない。わたしの命が続く限り、貴方達の命を消させたりはしない!」
リュードが曇天を仰いで、手を伸ばす。
すると綿毛のような雪とともに、細かい光の粒が舞い降りてくる。
『守護の女神アルーミスよ――。穢れた血に抗う祝福の光を――』
光の粒がルティア達を包み、身体のなかに浸み込むように消えていく。
――なんて、あたたかい……。
この御業は一定の時間、魔獣の血に含まれる毒から身体を護ってくれるものだ。
守護の祈祷が終わると同時に、キーノスのつくった風の障壁も消えた。
読んで頂き有難うございます!
書けるときに、書く。




