③回想5 戦いの合図
「キーノス⁉」
「キーノス大丈夫かっ⁉」
驚いて振り返ると、リュードの言う通り、キーノスは今にも倒れてしまいそうまほど、真っ青な顔色をしていた。足元もおぼつかない様子だ。
こんなキーノスの姿は初めて見る……。
風邪をひいても、二日酔いでも、割とぴんぴんしているキーノスが立つことも儘ならない状態。
「ひとまず、こちらへ――」
ふらふらしているキーノスの肩をリュードが支え、後ろを歩く者達の邪魔にならないよう、一度隊列から離れる。帝国軍達に視線を浴びせられるが、そんなことは全く気にならなかった。
冷たい地べたにキーノスが力無く腰を落とす。
「気分は? 不調の場所を教えてください」
リュードが強張っているキーノスの頬に手を当てて言った。
こういう時、祈祷師がいるのはとても心強い。祈祷師は女神の御業が施せるだけでなく、一般的な医療の知識も兼ねているからだ。
キーノスの深緑の長い前髪を風が揺らしている。
まるで彼のそばにいる風の精霊――シルフェが「大丈夫か?」と身を案じているかのようだ。
「……シルフェが、」
キーノスの小さく呟きは震えを帯びていた。
「シルフェちゃんが、どうかしたの⁉」
ルティアが耳を寄せて聞き取ろうとする。
「シルフェが……前には行くなって……」
「……え?」
ルティアだけでなく、フレッドやリュードもしっかりと耳を傾けていて、目線だけで、何故だ? と問いかける。
「……前に出ると「巻き込まれるから危険」だって……」
「――!」
「シルフェは国王の「声」までも風にのせて運んできた。それは……変更になった作戦のことで……」
そこまで言って、キーノスは愕然とした表情のまま口を閉ざしてしまう。
フレッドが「教えてくれ」と続きを促す。
「国王は……結界を目の前にして恐くなったんだ。作戦の変更を命令していた。【冒険者を前線に出し盾にして、自分達は後方から魔法攻撃】をするってな――」
「なっ……なによそれっ!」
ルティアは憤慨する。
もともと命を懸けて戦場にやってきたのでは無いのか。それに戦力は帝国のほうが大きい。引くよりも皆で戦ったほうがはるかに勝ちに近づけるはずだ。
――臆病者!
心の中で罵る。
しかしルティアはまだ重要なことに気付いてはいなかった。
フレッドが今まで見たことが無いくらい険しく眉を寄せている。
「まずいな……後方から一斉に魔法攻撃をしたら、前線の俺達まで巻き添えになりかねない――!」
「えぇっ!! じゃあ早く冒険者達に伝えないと!」
「――駄目だ。もう配置につき始めている頃だし、そんな事をしたら帝国軍が黙ってない。……反逆者扱いだ」
「でも……このままじゃ……」
「シルフェは、オレ達が前に出るようなら「風で縛る」って言ってる……」
「きっと私達のことを心配してくれているのね」
空に目を向ければ、ルティアの髪の毛を柔らかな風が揺らす。
目には見えないけれど、確かに自分達を護ろうとする存在は感じられる。
「精霊の言うことは間違いないでしょう。……これから、わたし達がどう動くかですね」
フレッドに視線が集まる。
まずリーダーの考えを聞こうというのだ。
「――くそっ!」
フレッドは、地べたに思い切り拳を突き立てる。
「フレッド! 手がっ……戦いの前なのよ!」
慌ててルティアが宥める。
そしてリュードが素早くフレッドの手を取り、怪我が無いか確認する。
「だって悔しくて……ごめん……」
「その気持ちは解るわ。私も同じよ。そして私は……前線に出てもいいと思ってる」
「ルティア……」
「だって私達は魔王を倒すために、戦いにきたんだもの。引くわけないじゃない!」
「そうだね……。キーノスはどう思う?」
冷静さを取り戻してきたフレッドが意見を求める。
「オレだって……。冒険者のなかにも、おかしいと気づいてる奴はいると思うぜ」
「確かにそうだな。異議を唱える者もいた。……リュードの考えも聞かせてくれないか?」
「わたしは貴方達の命を護るために此処まできました。なので危険だというなら、回避すべきだと思っています……」
それぞれの意見が微妙に割れている。
フレッドは逡巡する。
「俺達の目的は魔王を倒すことだ――それは覆らない。……行こう」
四人は立ち上がる。
冒険者の隊列はとっくに行ってしまった。
今は森を抜け、広い荒野に佇む巨大な結界の周りを囲み戦闘態勢に入っている。
帝国軍はその後ろで待機していた。前線からは遠い位置だ。
「シルフェ……オレ達はいく。だから護ってくれ――」
キーノスが空に向かって語りかけると、風がルティア達の周りを旋回する。
結界に到着した冒険者達に追いつくよう、急ぎ足で向かっていると、角笛の音が聞こえてきた。
――戦いの合図だ!
つづいて帝国軍の魔法士の詠唱が響いてくる。
結界の解除が始まった証だ。
「……祈祷師の「浄化」の詠唱も聞こえてきます」
「どういうことですか?」
「つまり、魔法攻撃が始まるということです」
「――‼︎」
ルティアは振り向いて帝国軍に向かって叫ぶ。
「――やめて‼︎ あそこには冒険者がいるのよ――‼︎」
逆にフレッドは、剣を抜き戦闘態勢に入っている冒険者達に向かって叫ぶ。
「魔法攻撃がくるぞ! 巻き込まれないように気をつけろ‼︎」
しかしふたたび鳴り響いた角笛によって、二人の声は掻き消されてしまう。
(お願い。どうか無事で……!)
そしてルティア達は瞠目する。
――結界が消えていく。
硝子にひびが入っていくように結界の表面に亀裂が生じ、その割れ目からボコリボコリと魔獣の頭や手足が突き出てくる。外に出ようとする魔獣達……。
冒険者達が先制攻撃を始めた。
ギイイィィィィ――
魔獣の断末の唸りが、幾重にもこだまして空気を揺らす。
そして、ついに結界は完全に崩壊した。
巣から飛び出す蜂のように、魔獣の大群が現われる。
冒険者達に戦慄が走った。
『魔法隊! 攻撃せよ――!』
瞬間、詠唱が止み、角笛が吹き鳴らされた。
帝国軍の魔法攻撃が始まる。
大砲のような火球が、槍の形をした光の柱が、全てを切り裂かんとする幾つもの巨大な竜巻が、魔獣の群れにぶつけられた。
「やめて――――!」
ルティアのちっぽけな叫びは衝撃波にのまれていく。
火球は魔獣と冒険者の身体を焦がし、光の柱があらゆる物質を砕いていく。竜巻は天空に何もかもを巻き込んで昇っていった。
魔法の残滓が消えると同時に、空から雨が落ちてきた。
真っ赤な血の雨だった。
これは魔獣の血か。それとも……。
ふわふわと舞い降りる雪の粒までもが赤く染まっていた。
キーノスが風を操り、血の雨を遠ざける。
しかし一雫が、ルティアの頰に伝い落ちる。
焼けるような痛みが走った。
「ルティア!」
気付いたリュードが駆け寄り、聖水を振りかける。
「魔獣の血には気をつけてください!」
リュードの声も今は遠い……。
身体を折り、ルティアは慟哭した。
お読み頂いて有難うございます!
執筆も正念場です。
まだまだ至らないですが、書ききっていきたいと思います。




