②回想5 作戦の変更
曇天の下、魔王討伐隊は森のなかを進んでいた。
ここを抜ければ戦場に着くという。
帝国軍の隊列の後ろに付いて進む冒険者達は、迫る戦を前に、それぞれ心の準備を始めていた。
しばらくして隊列の前方のほうで、どよめきが起こる。
一人の背の高い男の冒険者が、曇天を指差し声を上げた。
「――空が黒いぞ!」
声は後方を歩くルティアの耳にも届いた。つられて首を持ち上げる。
前を歩く体格の良い冒険者達の頭や肩の隙間を縫って、空を見上げた。
「本当に黒い……」
闇夜と見紛う漆黒に驚く。
しかし実際には空が黒くなっているわけではなかった。
――それはまるで天が地上に外蓋を落としたような形。
大地に覆い被さるようにして、巨大な漆黒の半円状の球体が、一部の空間を「外」と「中」に分断していた。頭頂部が天に届きそうなくらい高いので、地上にいる者からは、まるで空が黒くなったように見える。
「あれは多分、魔王を閉じ込めてる結界だ」
隣に添うフレッドが険しい表情で空を見上げて言った。
「帝国に所属している魔法士が張った強力な結界……。魔王と魔王の魔核から生まれた魔獣を閉じ込めていると、聞いた……」
「すごく大きいわね……」
「ああ。帝国の城の二、三個分の大きさはありそうだね。だけど……普通、結界はあんなに黒くはないし不透明でもない……」
「どういうこと?」
「遮断しているだけの結界だから中は見えるはずなんだ。だから、考えられるのは……」
フレッドが、ごくりと生唾を飲み込んで言った。
「あの黒く見えるの全部、結界のなかにいる魔獣――」
「げっ……ウソでしょ」
「嘘だと思いたい……けど、そのつもりでいたほうがいい」
ぞわりと悪寒が走り、ルティアは外套の上から自身の身体を両手で擦る。
どうか杞憂であって欲しい……。
(あの黒く見えるのが全部魔獣⁉︎ だとしたら結界が解かれたとき、魔獣の大群が押し寄せてくるってこと!)
想像しただけで気が遠くなりそうだ。
結界の中で大量発生した魔獣に四方八方から攻撃されることになるだろう。
これまでのように、一体二体を丁寧に倒していくのとわけが違う。
「作戦としては帝国軍と冒険者で結界の周りを囲む。それから魔法士が結界を緩めていったところで、隙間から出てきた魔獣を倒していく。あらかた魔獣を倒したところで、最後に魔王と、魔王のもつ魔核を全勢力で集中攻撃……」
「とにかく目の前に出てきた魔獣を倒して行けばいいってことよね!」
「そう……今までの戦いと違うところは、いちいち魔獣の体内の魔核の破壊をしなくていいことだ。魔王の魔核からうまれた魔獣は、体の内に魔核を持たないから。とにかく斬り伏せればなんとかなる」
「そうね! 魔獣の数は多くても、こっちの戦力も多いもの……絶対に勝つわよ!」
自身を奮い立たせるようにルティアは明るく言った。
――大丈夫だ。
気力も体力も十分だ。いつでも全力で戦える。
「俺とルティアは攻撃。キーノスが防御と援護をしてくれるし、リュードは回復。怪我をしたら一度引いて回復を待ってから戦いに戻ろう。無茶だけはしないように」
「わかったわ」
心の中で気合を入れなおすルティア。
――ひとりきりで戦うわけではない。
仲間がいる。それが何よりも強い力をうみだすことをルティアは知っている。
だから自分も最強の剣を振るおう……そう思った。
突然、隊列の歩みが止まった。
ふたたび前方が、どよめいている。
「今度はどうしたのかしら?」
「もう前衛は戦いが始まったのかな……」
「それにしては、やけに静かよね。まだ私達は結界に辿り着いてないし……」
ルティアは首を捻る。
フレッドの言うように、そろそろ先を往く帝国軍は目的地についた頃合いかもしれない。
すぐにまた隊列は動き始め、ルティ達もそれに従って歩みを進める。
しかし、どよめきは大きくなるばかり。
不思議に思っていたところで、その理由が明らかになる。
『作戦変更だ――。冒険者は前衛を行け!』
『冒険者は前衛だ! ――結界を囲め!』
前を進んでいたはずの帝国軍が、なぜか道の脇に待機している。そして冒険者達の隊列が入れ替わるように帝国軍を追い越していく。
作戦変更を大声で叫んでいるのは、帝国軍の将軍。
重たそうな甲冑に身を包み、俊敏そうな黒馬にまたがって、冒険者の隊列に向かって高圧的に指示を出している。
その向こう側に見えたのは、騎馬兵に周りをかためられ、将軍以上に豪奢な甲冑を身に纏い馬上でふんぞり返っている……ガーリア帝国王の姿。
「今更、作戦変更だと⁉ どうなっている⁉」
「――説明しろ!」
「高みの見物か!」
冒険者達からの当然の野次に対して、将軍は容赦無く剣先を向ける。
『王の命令は絶対だ! ――従え!』
ルティアは黙ってその様子を見ていた。
嫌な気分だ。
――これから共に魔王を倒す仲間に剣を向けるなんて……。
「作戦変更するなら説明くらいあってもいいのに。前線で逃げるとでも思ってるのかしら。それに何なのっ、あの態度……」
ルティアは小声でフレッドに文句を言う。
「帝国にとって、冒険者は目障りなんだろうな」
「どうして?」
「だって庶民から頼りにされてるのは、帝国より冒険者組合のほうだろうから」
「なるほど……」
「冒険者は、どんな小さな依頼だって金さえ払えば受けてくれるしね。……けど、作戦変更は想定外だな」
訝るフレッド。
腑に落ちないのはルティアも同じだった。
帝国だけでなく、すべての国の命運が懸かった戦い。
何度も作戦会議で練られてきたことを放棄し、どうしようというのか。
一陣の風がルティア達のそばを駆け抜け、曇天に舞い上がっていく。
ふと吐いた息は白い。
舞い上がった風がまた戻ってくると同時に、とうとう降り始めた小さな雪の粒がまばらに散っていくのが見えた。
「キーノス? どうしました? ――顔色が悪いです」
ルティアとフレッドの後ろを歩くリュードの、気遣わしげな声が響いた。
読んで頂き有難うございます。
気合をいれて続きを書きます。




