①回想5 魔王討伐前日。翌朝。
過去編です。
ルティアは鉄格子のなかのヴィルヘルムに語る。
――魔王討伐のすべてを。
ルティアが見たもの。その時、感じたこと。
そして語るまでもないが、よみがえる記憶のすべてを今、受けとめると決めた。
魔王討伐。前日。昼過ぎ。
ルティア達、魔王討伐隊は帝都を出発した。
向かうのは魔王の棲家。帝都から東の方角へ半日くらい進んだ今は閉鎖されている区域。
魔王討伐隊は国王率いる帝国軍約八千の兵と、有志の冒険者、およそ二千人で構成されていた。
帝国軍を先頭に進み、日暮れ前にだだっ広い荒野で野営をくむ。
ここで夜を明かしてから、明朝に体制を整えたあと魔王との戦いに臨むことになっている。
帝国軍は手際よくテントを張りはじめた。
一方で、後ろをついてきた冒険者たちは思い思いの場所に座り込み、携帯している食料を口にしながら語らっている。身体が冷えないように純度の高い酒をのんでいる者も多い。
ルティア達は手分けして燃料になりそうな灌木などを集める。暖をとるためだ。
フレッドがいれば道具がなくとも火を熾すのは簡単なことだ。
「魔王もだけど、魔獣の数も相当らしいから、気を引き締めないとな……」
手の甲の紋様から炎をうみだし、少量の灌木に火をうつしながらフレッドが言った。
フレッドは幾度か魔王討伐隊の作戦会議に参加をしていた。その時に、魔王の棲家である区域の現状を知らされていた。
「魔王をとじこめるようにして結界をはってるんだもんな。結界のなかには魔獣がうじゃうじゃいるって……まあ、こっちも戦力はあるから大丈夫じゃね?」
キーノスが火熾しの助力のために風を送りながら言う。
(確かに、帝国軍と冒険者を合わせて一万いるものね……)
帝国軍は騎馬兵に歩兵、それに魔法剣士もいれば、祈祷師も混じった精鋭部隊だ。
冒険者だって魔獣との戦いには慣れている。
「負け戦なんてごめんだわ。魔獣がどれだけいても片っ端から倒して、最後には魔王に勝つわよ」
ルティアは鞘から剣を抜き刀身を確認する。
――明日のためにできることはすべてしてきた。
手練れだと噂の高いアビゲイルをはじめとした冒険者と手合わせをして鍛錬を積んできたし、剣の手入れにも抜かりはない。
おびただしい数の魔獣がいると聞いて、混戦になることを予測した疑似戦闘もしてきた。
――あとは戦うだけ……。
「皆さん、あまり無茶な戦い方はしないでください。それからお互いの姿を見失わないように気を付けましょう」
リュードが大きな葉っぱでつくった器を手渡しながら言った。
器のなかには粉にした薬草をといた聖水が入っている。
戦闘時にも必要になるからと、リュードは腰に革ベルトを巻き、そこに聖水が入った水筒をいくつもぶら下げてきた。そのほかにも薬草を何種類か携帯しているようだ。
「安眠効果と、体力回復の作用がある薬草水です。飲んだら早く休みましょう」
焚火のあたたかさと、薬草水の効果は絶大で、ルティア達は夜空に数多の星が浮かび上がるころには眠りについていた。
魔王討伐、一日目。
――朝。
冬の刺すような冷たい空気を頰と鼻の頭に感じて、ルティアは目を覚ます。
この時期になると夜明けは遠い。
夏であればとっくに陽は昇っている刻限だが、空はやっと白み始めたばかりだ。
(あんなに星が見えていたのに、今は曇っている……)
雪が降りそうな空だ。
頭を動かして仲間の姿を確認する。
ルティアを真ん中にして、右隣には行儀よく小さく丸まって寝転んでいるリュード。
そして反対側の隣には、キーノスに片足を腹にあげられて「う~ん」と眉間に皺を寄せて寝ているフレッド。
(いつもとおんなじ……相変わらずね……)
ふふ……と、ルティアは肩を震わせて笑う。
その時、ごろりとリュードが寝返りをうった。
「ルティア……?」
「リュードさん、起こしてしまいましたか?」
「大丈夫です……ちゃんと眠れましたか?」
「はい。もう、ぐっすりと。顔が冷たくて目が覚めたところです」
お互いに横になったまま小声で囁きあうように話す。
ルティアの小さな鼻先が赤くなっている。頬もすこし赤らんでいる。
リュードはじっとルティアの顔を見つめたあと、片腕を伸ばした。
「リュー……っ⁉︎」
リュードがルティアの冷えた顔を抱き込むように自分の胸元に引き寄せた。
(ち……近いっ……!)
突然のことに、ルティアの心臓がうるさく騒ぎ始めた。
――リュードに抱きしめられている。
横向きのルティアの頭の下には枕がわりのようなリュードの腕が。
そしてもう片方のリュードの腕は、ルティアの頭をしっかりと抱え込み、二人の身体は今ぴったりと触れ合っている。
「こうすれば寒くないでしょう? さあもう少し眠ってください。大事な戦いが控えてるのですから」
「……ふぁ、い……」
だんだん温まっていく顔の表面。
それは外套越しに徐々に伝わってきたリュードの体温と、抱きしめられたことで急激に上がっていくルティア自身の熱のせいでもある。
いつの間にか、身体に力が入っていたのだろう。
リュードが子供をあやすような手つきで、ルティアの背中をそっと撫でた。
またルティアの心臓がはねる。
(私、やっぱりリュードさんのこと……)
一度、自覚した想い。
何度か「勘違い」かもしれないと疑ったりもしたが、違うらしい。
――リュードが好きだ。
自分の命を救ってくれたリュードを。
ルティアを剣士として認めながらも、女性として慈しみを持って接してくれるリュードを。
そして不自由でも、ひたむきに生きてきたリュードのことを。
「――好き、です……」
リュードの耳に届かないくらいの声でルティアは想いを伝える。
――きっとこれで後悔しない。
これから魔王との戦いで命を失うことになっても。
もちろん、負ける気も、死ぬ気もないけれど、リュードを守るためなら命だって惜しくはないから。
目蓋を閉じ、ルティアは全身で愛する人の気配を感じながら、微睡に身をまかせた。
読んで頂き有難うございました!




