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⑧塔にて(下)

 カン……カン……


 意図の見えない緩慢に響いてくる音。

「前へ進め」と言うように、柔らかな風はルティアを禁じられた場所へ(いざな)っていく。

 ――九階。

 登りきったが、とくに変わりばえしない景色。

 あの「音」を除いてだが……。


(とりあえず「音」の正体が気になるわね)


 慎重に進めと、ルティアは己に言い聞かせる。

 もし禁忌の場所に立ち入ったことを神官に見咎(みとが)めらでもしたら大変だ。

 口止め料くらいで済めばまだ良いほうだろう。最悪、祈祷師の資格の剥奪(はくだつ)だってありえる。


 カン……カン……ガツッ――


 すぐそばで、音が止まった。

 残響を辿り、ルティアは顔を上げる。

 目の前には頑丈な鉄格子(てつごうし)で塞がれた(おり)のような部屋。

 そのなかに「男」がいた。

 音を鳴らしていたのはこの男だ。

 両手首に()められた太い鉄製の手枷(てかせ)。それで鉄格子を打ち叩いていたのだ。


「一年ぶり……か……」


 ルティアの姿を見とめた男は、ぽつりと呟く。


(――誰……?)


 男の顔はよく見えない。辺りが薄暗いだけでなく、男の伸び放題の黒髪が顔や腕や身体(からだ)に巻きついていて、輪郭もろとも覆っている。

 けれど「声」を聞く限りでは、まだ若い気がした。

 重く頑丈な手枷、檻のような部屋、明らかにこの男は監禁されている。

 犯罪者か何かだろうか……。


(これが立ち入り禁止の理由、ね……)


 だけど……と、ルティアは首を捻る。

 もし目の前のこの男が罪人だとして管理をするのは神殿の役割ではないはずだ。

 神々を祀る聖職者たちも、法の加護のもとで暮らしている。

 さらに言えば、どんな理由があろうと、勝手に「人」を拘束、監禁することは赦されない。


(この神殿の「闇」の部分、それとも、国が絡んでるのかしら?)


 ルティアが思考しているそばで、男は心なしか嬉しそうな様子でいる。伸びきった黒髪の隙間から、がさがさのひび割れた唇が弧を描いているのが見える。

 男の唇が動いた。


「キミは神官ではないようだね……」

「…………」

「キミは誰? 僕を殺すために来た人……?」

「…………」


 ルティアは答えないかわりに首を振った。


「そうだよね。僕を殺すなら、食事に毒を盛ればいいだけだしね……」


 男が顔を左右に振り、隠れていた目を晒す。

 髪と同じ漆黒の瞳……。

 ルティアをまじまじと見つめる切れ長の双眸は、とても落ち着いて見える。

 常人であれば、こんな暗くて狭くて不衛生な環境のまま閉じ込められていたら、気がおかしくなっても仕方がないだろう。

 しかしこの男は違っていた。

 まるでこの場所が自分の城であるかのように、ゆったりと佇んでいる。醸す雰囲気は、気品さえ感じさせるほどだ。


「ねえ、良かったら少しでいいから「外」が今どうなってるか教えて? そう……例えば、魔王はどうなったの?」

「――!」

「あ、驚いたね。そうなんだ……僕は何も知らないんだ。神官たちは一言も口を利いてくれないから」


 男はやっと話し相手を見つけたとでも言うように、さらにルティアに質問をぶつけてくる。


「魔王討伐隊はとっくに出陣してるよね。それからどうなったの? 国は平和? 経済面は? 最近変わったことはある? 逆に困っていることは? そうだ……――王は健在?」

「…………」


 次から次へと投げかけられる質問。

 ふとルティアは既視感を覚える。

 ――あの子と同じ……。

 男が投げた質問と同じようなことを気にする者が、もう一人、ルティアの近くにいる。


(――まさか……でも……)


 掠める予感。

 もし()()だとしたら、なんて数奇な運命だろうと思う。

 女神の導きか、それとも風の精霊の導きか……。

 確かめるため、ルティアは一言、「彼女」の本名を口にする。


「アナイナティリス」

「――!」


 男の表情が変わった。

 切れ長い瞳を大きく見開き、がさがさの唇は心象を表すように、わなないている。


(やっぱり……あなたは……!)


「ヴィルヘルム王子……なのですね?」

「……そう……。キミは? アナイナティリスの?」

「縁あって、今は行動を共にしています」

「そうか……アナイナティリスは生きて……良かった……」


 男――ヴィルヘルムは深く安堵の息を吐いた。

 その様子から、ずっとアナイナの身を案じていたことが窺える。

 それはアナイナも同じだ。

 ずっと愛する婚約者の身を案じながら、自分にできることを頑張ってやってきた。


(はやく教えてあげたいわ。絶対、喜ぶでしょうから)


「アナイナも、自分を逃してくれた貴方がどこかで生きているとずっと信じて、探していたんです」

「そうか。嬉しいな……。父が殺されてから数年が経った。アナイナティリスには、僕のことを忘れて幸せに生きてほしいと思ったりもしたけれど……やっぱり、そう聞くと嬉しいな……」


 湿り気を帯びるヴィルヘルムの声。

 心からアナイナのことを想っていることが伝わってくる。


「私達は帝都に着いたばかりです。これから王位簒奪に向けて動くつもりです」

「……簡単じゃないよ?」

「信頼できる冒険者に、協力を仰ぎました」

「冒険者か……なるほど。いい考えだ……」

「ヴィルヘルム王子を此処から出す手段も考えます。王位簒奪のあと、国を背負ってもらわなければいけない身ですから」

「――ああ、すまない。僕は王子の癖に何もできなくて格好悪いな。大好きな女の子に助けてもらうだけの王子なんて」

「アナイナは気にしないと思います」


 悔しそうに唇を噛むヴィルヘルムに、ルティアは微笑みを浮かべる。

 女の子に助けてもらう王子様もありではないか。

 もしルティアだったら、愛するリュードを救えることがあれば、とても誇らしい気持ちになるだろう。

 それにアナイナのことだから、ヴィルヘルムが生きていて傍にいてくれたらそれだけで幸せに思うはずだ。


「早くアナイナティリスに会いたいな。……そういえば、キミの名前をまだ聞いていなかったね」

「私の名前は、ルティア・ロードナイト。――剣士です」

「えっ⁉ ルティア⁉︎ もしかしてリュードの仲間の⁉︎」

「リュードさんを知っているのですか⁉︎」


 お互いに吃驚して顔を見合わせる。

 それから「すごい偶然」と、興奮気味にヴィルヘルムが説明してくれる。

 

「だってほら……リュードは此処に潜り込んだから。立ち入り禁止のこの場所に潜んで、修業をしていた時に会ったんだよね。それでリュードとは仲良くなったんだ」

「仲良く……」

「リュードは一緒にいる仲間のことも話してくれたんだよ。魔法剣士のフレッドに、風の精霊と一緒のキーノス、そしてルティア、キミのこともね」

「私のことも……」

「うん、『とても強くて美しい女剣士』だと言っていたよ……」

「リュードさん……」


 美しい……は、褒めすぎだろう。

 ――でも……嬉しい。

 ルティアの胸の内から、切ないものが溢れてくる。


(会いたい。会いたい……リュードさん……)


 こうしてリュードの話をすると、なおさらそう思ってしまう。

 何も言わずルティアのそばから去っていったリュード。

 もしかしたら、気付かぬうちに嫌われるようなことをしてしまったのかもしれない。それならちゃんと謝りたい。

 それに他にもたくさん伝えたいことがたくさんある。そのためにルティアは旅に出たのだから。


「私は今……リュードさんを探して旅をしています。その途中でアナイナに出会いました」

「え? リュードはどこかに行ってしまったの?」

「はい。魔王を倒して、私達の傷が完全に癒えて、無事に故郷に帰り着いた日の夜……リュードさんは一人で行ってしまいました」

「ちょっと待って! ……魔王を倒したのかっ⁉︎」


 ヴィルヘルムが感嘆の声を上げる。

 そういえば監禁されていたヴィルヘルムは外のことを何も知らなかった。

 魔王がどうなったかも知らされていないのだろう。

 神官も口を利かないのであれば、最後に会話をしたのはリュードということになる。


(だから、一年ぶりと言ったのね……)


「魔王は倒しました。だけど魔獣はいるから、安心して暮せるようになるには時間が掛かります」

「でも大きな脅威は消えたんだ……良かった……。魔王討伐隊は「帝国軍」と「冒険者」の有志の集まりで、リュードはその戦いに備えるために此処に来たと言っていた。心配していたんだ」

「ええ。リュードさんの御業がなかったら……いえ、リュードさんがいなかったら、私達はきっと最後まで戦えなかった……」

「辛い戦いだったんだね」

「三日三晩……終わりの見えない戦いで……」


 ルティアは口を噤む。

 思い出すだけで全身に震えが走る。

 そんなルティアの様子に、ヴィルヘルムは眉を顰める。


「魔王討伐隊の指揮は国王がしていたんだろう?」

「……はい」

「実は、もともと「魔王討伐隊」を結成するという案を提示したのは……僕だった」

「!」

「でも父は暗殺され、それを知る僕は監禁され、すべては中途半端なまま放り出すことになってしまった。だから……リュードから魔王討伐隊の話を聞いて驚いた。正直、実行するには解決すべき問題が山積みだったから、時期が早いと。それをどうにかする手腕が、王位を奪った()()()にあると思えなかったし」

「…………」

「ねえ、ルティア・ロードナイト。教えてくれないか?」

「え?」

「魔王討伐隊のすべてを――」


 ルティアの肩が大きく震えた。

 身体が勝手に拒否をしている。

 ――けれど、いつまでも目を背けることはできない。

 もうちゃんと心では理解している。

 今頃アナイナも、アビゲイルから聞かされているだろう。

 魔王との戦いのすべてを。そこで何が起こったのかを……。


「日暮れにならなければ神官は此処にはこない。時間はまだある。だから聞かせて欲しい。キミの知る全てを。僕は――責任を取らなければいけない者だから」


 漆黒の瞳は穏やかだが、強く揺るぎがない。


「ルティア、キミ達の痛みは、僕がすべて背負うから――」


 真剣なその声に嘘は感じられない。

 ただ面白がって聞いているのではないことも、ちゃんと伝わってくる。

 いづれ計画が成功すれば、この男はガーリア帝国を統べる者になる。

 ならば……委ねてみようか。

 数多の犠牲に対して、救えなかった命に対して、罰するなら罰してもらって構わない。


「……わかりました」


 ルティアは魔王との戦いの全てを、ヴィルヘルムに打ち明けると決めた。


 

読んで頂き有難うございます!

ブクマくださった方、有難うございます!


これで第三章本編終了です。

次、幕間をはさみます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あああっ!! ……幕間にいくのかぁ……ううん、もう。 焦らすんだからぁ。 この商売上手さんめ(?)! 王位簒奪ってこう……(良しにしろ悪しきにしろ、筋がきちんと通ってると)燃えますな!!…
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