⑦塔にて(上)
冒険者組合の宿舎は、主に旅をしている冒険者が利用することが多い。
だがこの一年で、ずいぶん利用者は減ってしまったとアビゲイルは語る。
「一年前は魔王討伐があったから、国外からの冒険者達でいっぱいだったんだがな。今じゃめっきりだぜ。あの戦いでやられた冒険者も多かった……それに冒険者稼業から足を洗うやつも増えた……」
アビゲイル自身も片腕を失ったことで悩んだ。
魔王討伐の報奨金でレーヌの身を自由にしたあと、しばらくは引きこもりのような生活を送っていた。
利き腕は無事。魔法も使える。まだじゅうぶん戦うことはできた。
けれど大事な仲間を救えなかったことが、アビゲイルの心に大きな傷を残した。
――このまま隠居してもいいかもしれない。
そんなふうに心を固めはじめたとき、数ヶ月ぶりに足を向けたギルドで、思わぬ光景を目にする。
『魔王討伐に出ていった息子が帰って来ない――』
『魔王との戦いは終わったんでしょ? 夫はどこに――』
『覚悟はしていた。ただ……確証がなければ葬いすらできない――』
魔王討伐隊に加わった冒険者の家族、友人、または代理人たちが大勢詰めかけ、ギルドは混乱状態に陥っていた。その殆どが安否確認のためだった。
老若男女。埃をかぶった装束。危険を承知で旅をして帝都にやってきたことが窺えた。
必死にギルドの職員にかじりつく姿。
生きていて欲しいと、手を合わせ祈りを唱える姿。
戦場で散ったと知り、哀しみに泣き崩れ落ちる姿。
目の前の光景に、アビゲイルの身体は自然に動いていた。
――隠居なんかしてる場合じゃない!
死んだ者は戦えない。だが自分はまだ戦える。まだ出来ることがある。……それが生き残った者の使命。
アビゲイルはギルドで働くことにした。
魔王討伐の後始末をするために……。
「死んでいった仲間のために出来ることなんて、これくらいなもんだ……。今でも「形見」になるようなものを探して、あの場所に行ったりもしてな……」
静かな宿舎の一室で、アビゲイルはそう言って頰を崩した。
ルティアとアナイナは、語られることに黙って耳を傾けていた。
「結局、帝国は何もしちゃくれねぇ。せめて……必死で戦った奴らのために、慰霊の儀式くらいしてもいいんじゃねぇかって掛け合ったが、真面目に聞きやしねぇ……」
アビゲイルの瞳に悔しさが滲む。
「遺族の不満も溜まってる。だけどな……ひとつだけ救いだったことがある。魔王との戦いのあと、リュードが祈祷してくれただろ?」
そうだったわね……とルティアは頷く。
「死者にたむける祈祷師の祈りは最上級の葬送だ。それを伝えると安心する遺族も多かった。リュードのおかげだ」
「リュードさんは私たちの傷を癒したあと、自分が力尽きて倒れてしまうまで、ずっと祈り続けてた。たくさんの命を落とした冒険者ひとりひとりの為に……。国王と、国王が召しかかえていた祈祷師は、怪我人のひとりも介抱してはくれなかったけどね……」
「……ひどい……許せませんわ……」
ずっと黙っていたアナイナだったが、とうとう怒りが口をついて出た。
素性を隠すために被っていた頭巾を取り払うと、二人の冒険者に向き合う。
「あんたは、どこかで……?」
「帝都に長くいる方でしたら、わたくしの顔に見覚えがあっても不思議ではありませんわ。祭典の時などは、王族とともに民の前に立つこともありましたから」
「なっ⁉︎ ……それじゃあ……あんたは……」
「ルティア様、そろそろ……よろしいでしょうか?」
ついに打ち明ける時がきた。
ルティアは最後の確認だと、念押しをする。
「アビゲイルさん、ここから先はあなたを危険に晒すことになるかもしれない。それでもどうか……力を貸して欲しい!」
「何言ってんだ。今さら危険なんて怖がっちゃいねぇ。お前が全てを承知で足を突っ込んでんなら、オレは、オレに出来る全てで助けてやる!」
「心強いわ。私は……リュードさんにもう一度会いたくて旅を始めたの。それが一番なのは今も変わらないわ。でも、アナイナを助けたい思った。アナイナとの出会いはただの偶然とは思えないから」
「わたくしもですわ。魔王を倒したという女剣士が、まさか目の前に現れるなんて夢にも思いませんでした。だからこそ……わたくしは好機だと思ったのです」
「好機? なんの好機だ?」
「この帝国の――王位簒奪、ですわ」
「――っ!」
アビゲイルは瞠目する。
(なにを馬鹿なことを……って思うかもしれない。でもこの子は本気よ……!)
「どうか、お力をお貸しくださいませ。アビゲイル様……」
アビゲイルは沈黙していた。
だが疑念や不安を持っているわけではないことは、その表情を見れば分かる。
むしろ……恍惚としていた。
砂だらけの渇いた荒野で、一筋の水源を見つけたかのように、喜びを湛えている。
アビゲイルはにやりと笑い、腹の底から絞り出すように低い声で言った。
「――オレは、何をすればいい?」
アビゲイルの瞳は、立ち向かう獲物の正体を悟り、鋭い光を帯びる。
「感謝いたしますわアビゲイル様。……ではまずは早急にこれを「ある方」に秘密裏に届けて欲しいのです」
アナイナは懐から封書を取り出し、アビゲイルに渡す。
「ある方……ってのは?」
「わたくしの亡き父の親友。国の内情に精通しているはずなので協力してもらいますわ」
「わかった。信頼できるやつに託そう」
「助かりますわ。アビゲイル様には、これから計画の全貌をお伝えします……。その後、アビゲイル様に教えて欲しいことがあるのです」
「オレに? 何をだ」
「――魔王との戦いのすべてを」
「――!」
「ルティア様は、何も話してくださらないので……」
「ルティア……おまえ……」
アビゲイルの視線から逃れるように、ルティアは咄嗟に目を伏せた。
――言われなくても、自分が一番理解している。
(いつまでも逃げれるわけじゃないって、わかってる……)
思い出すのが怖かった。
あの時の光景を……。
あの時、自分たちがした選択を……。
「ルティアを責めるな……こいつらが、一番苦しんでるからな」
アビゲイルは何もかもを知っている。
「ごめんなさい。ちゃんと、向き合おうとは思ってるの……」
「謝らなくていい」
「ルティア様を責める気はありませんわ。なんとなくは察していますし……。ただちゃんと知って置かなければいけないのです。わたくしは王位簒奪後の未来を見据えて動かなければ。命を賭け世界を救うために戦った冒険者達のためにも――」
「……わかった。オレが全部話す。今、帝都になにが起こってるかも全部な」
「助かりますわ。……ルティア様、」
無理に此処にいる必要はないと、アナイナが視線だけで伝えてくる。
ルティアは「外の空気を吸ってくる」と言って立ち上がった。
冷たい向かい風。
ルティアが足を向けたのは、神殿だった。
一年前――
リュードが御業を手にするため忍び込んだ神殿。
あの時……ルティアは毎日神殿に足を運び、リュードの無事を処女三神に祈り続けた。
そしてリュードは無事に戻ってきた。
満月の夜。冷たく凍えきったリュードの感触は、今もルティアの身体に刻まれている。
それ以外にもたくさん……。
リュードがくれた全て、ルティアのなかで息衝いて、力を与えてくれている。
(どうか女神様……。私の愛する祈祷師さまが幸せでありますように……)
拝殿で祈りを捧げる。
今では祈祷師の資格を持つルティアだ。
以前よりもずっと、神々の存在を近くに感じられるようになった。
祈りが届くことを信じながら、ルティアはまだ年若い男の神官を見定め、声を掛けた。
「私はこの神殿の出身では無いのですが、祈祷師の資格を持つ者です。「塔」の見学がしたいのですが……」
「見学は出来ません」
あっさりと首を振られる。
けれど、これは予想していた通り……。
「ほんの少しで良いのです。迷惑はかけません。これで……許可頂けませんか?」
ルティアは周りに気付かれないよう、素早く神官の手に革袋を握らせる。
――「金」だった。
神官は無表情のまま革袋を揉み込んで、手探りで勘定をする。
庶民の生活であれば半年は過ごせるくらいの金額が入っていた。
「……いいでしょう。少しだけですよ」
「ええ。有り難うございます」
ルティアは冷たくなる心を隠すように、微笑みを深くした。
「ここが入口です。わたしは離れますが、なるべくすぐに帰るように。それからこの塔は十階までありますが、八階より上には行かないように」
「……分かりました。ちなみに祭壇はどこにありますか?」
「八階です。最上階にもありますが、八階より上は出入り禁止です」
「分かりました」
何故出入り禁止なのか気にはなったが、ルティアは問うことはしなかった。どうせ金品か何か、隠したいものでもあるんだろう……そう思った。
「ここが……リュードさんが過ごしてきた場所……」
石を積み上げた塔の入口から中に滑り込むと、ルティアは外套の頭巾を被った。
中には修業をしている祈祷師の卵達がいるはずだ。
余所者のルティアは目立ってしまうだろう。なるべく気を散らさないための配慮だ。
一階には炊事場があった。
だが、たいした調理はしていないようだ。そういった匂いがしない……。
ルティアは二階へ続く石階段を見つけると登り始める。
硝子もない空気を通す為だけの、くり抜かれた窓から、冷たい風が吹き込んでくる。
不意に、いつかの温もりと、リュードの声が蘇る。
――『凍えるような寒い夜は、こうやって皆で身を寄せ合って眠りました』
愛しい人の過去の気配を色濃く感じて、ルティアの胸がぐっと詰まる。
四階まできて、辺りを見て歩いてみると、薄着のままの痩せ細った少女とすれ違う。
青白い顔で鼻を啜り、ぼんやりとした眼には光がない。
(断食中なのね。でも……それだけじゃない……)
普段からまともに食事を取れていないのが窺える。
それに暖をとる設備も見当たらない。強いて言えば蝋燭くらいか……。
祈祷師になるためとはいえ、健康管理は大切だ。
神殿によって、やり方は色々あるだろう。
だがルティアが祈祷師の資格を得た神殿は、ここまで酷くは無かった。
金さえ払えば祈祷師の修業に参加できて、もちろん自由が保障されていた。
――身寄りのない者や孤児を集めて祈祷師として養成し、売買する。
それがこの神殿の遣り方……。
(この神殿……いえ、この帝国自体がきっと狂っているんだわ)
身寄りがない孤児達は、国が率先して保護するべきではないのか。
金のために自由を奪う神殿の遣り方を、この国は容認している。
王位簒奪後の未来。
そうアナイナは言っていた。
(時間は掛かるかもしれない。けれど……自由に生きるという選択が出来る国を、アナイナには作っていって欲しい……)
ふたたび石階段を登り、ルティアは八階までやってくる。
九階からは立ち入り禁止と、神官には言われていた。
ルティアは踵を返そうとしたところで、かすかな金属音が耳に届いた。
カン……カン……カン……
規則正しく、だが緩慢に金属を打ち合わせるような音がする。
(上から聞こえてくるわね……)
だが九階へ登る石階段には「立ち入り禁止」の文言が書かれた札が吊るされている。
後ろ髪ひかれる思いがしたが、ルティアは階下に降りることにした。
しかし、風が吹いてきた。
ルティアを押し戻すように、階下から強い風が圧力をかけてくる。
(なによ、これ……!)
首に下げている、キーノスから預かった「風の守り石」が存在を主張してくる。
――導かれている?
ルティアは逡巡のあと、意を決して石階段を登りはじめた。
読んで頂き、有難うございます!!




