⑥戦友
ルティアとアナイナ。
二人の帝都への道程は順調そのものだった。
魔獣と応戦しなければいけない場面も幾度かあったが、ルティアにとって戦うことは食事をするのと同じくらい日常であり、かえってほどよく神経を磨ぐことができた。
帝都へ真っ直ぐ伸びる街道を進んでいると、商隊が魔獣に襲われているところに出くわす。すかさずルティアが加勢し、怪我人は出たが死者は無く、積荷も無事だったことから、商隊のリーダーからはいたく感謝された。
おかげで帝都への道程の半分は、商隊の馬車に乗せてもらい、寝床や食べ物にも困らず快適に歩むことができた。
――ルティア・ロードナイト。
この魔王を倒した剣士の名と、噂通りの見惚れるほど強い戦い振りは、これまで魔獣に脅かされてきた人々にとって神々よりもある意味では信頼に足る。例えばアナイナのことを「血の繋がらない妹」とルティアが言ったところで、誰も変な疑いかけないほどには……。
難なく商隊に紛れて帝都への入門を果たす。
「着いたわね、アナイナ……」
「とうとう着きましたわね。――お姉さま」
アナイナは外套のフードを目深に被っていた。
素性を隠すためだ。
今が寒い季節で良かったと、心底思う。
不自然なくらい顔をすっぽりと覆い隠していても、ただの寒がりか、風除けくらいにしか周囲の目には映らないだろう。
(ここでは絶対、アナイナの正体に気付かれては駄目!)
ルティアは、いま一度、己に言い聞かせた。
慎重に行動しなければ……。
魔獣との戦いとは違うのだから……。
静かに気迫を漲らせているアナイナを見つめて、拳を握る。
アナイナは前ガーリア帝国の宰相の娘。
家柄も教養も申し分がなく、見目麗しい第一王子の婚約者として注目を集めていた令嬢。あの日が来るまでは……。
――国王の暗殺。
しかも実弟の手によって。
魔王と戦って勇敢な最期を遂げたということにして、実弟は王座についた。
一方、真相を知るアナイナは追われる身となった。宰相であった父は秘密裏に処刑されたと聞く。転落してしまったアナイナの人生。
彼女の心を支えているのは、今もどこかで生きているはずの婚約者の存在と、帝国の民と未来を憂う思い……。
――ルティアは「守る」と決めた。
きっとこれは偶然などではないと思うから。
(私も向き合う時がきたのかもしれない……)
アナイナの覚悟につられるように、ルティアのなかでも変化は起きていた。
外套の上から、肌身離さず身につけている、キーノスから預かった首飾りを押さえる。
――魔王との戦いから一年。
ふたたび、この地にやってくる事になるとは……。
魔王との戦いの記憶が蘇ると、無念や後悔、憎悪が噴き出し、ルティアの心を灼いていく。
魔王は強かった。三日三晩、苦しい戦いを強いられた。
でもそれだけじゃない。
ルティアが、そしてフレッドが、心を壊してしまうほど傷付いたのは魔王のせいじゃなかった。
絶望に呻いた、たくさんの冒険者達の断末魔の声が、今でも耳の奥にこびりついて離れない。
苦しかった……。
忘れられればどんなに楽だろう……。
だが、アナイナも、同じようなものを抱えていると知った。
心を痛めながらも、凍てついた氷のように冷静に未来と向き合うアナイナの瞳を見たとき、ルティアは「乗り越えなければ」と思ったのだ。
「じゃあ、ここからは計画通り行くわよ」
「分かりましたわ……」
敷き詰められた冷たい石畳を進むルティアの背中を、柔らかな風が後押しする。
一年前、仲間たちと歩いたこの道……。
見上げた先には、神殿と、リュードが半生を過ごした、あの「塔」が見えた。
アナイナを伴ってやってきたのは、冒険者組合。
一年前に来たときは冒険者達でごった返していたのに、今では驚くほど閑散としている。
ルティアは視線を巡らせた先……新人冒険者の相談窓口に眠たそうに佇む、ある人物を見つけた。
(まさかギルドの職員になってるとはね……)
ちょっと驚いたが、もともと面倒見のいい性分だから向いている気もする。なんにせよ、探す手間が省けて良かった。
「付いてきて」とアナイナに言うと、ルティアは迷わずその人物に声を掛ける。
「新人では無いんだけど良いかしら? ……「轟音」のアビゲイルさん?」
「なっ‼︎ ルティアじゃねえかっ‼︎」
予期せぬ再会に驚き、ばたんと椅子をひっくり返しながら立ち上がったアビゲイル。
大木にも似た巨躯は、均整が取れているが引き締まっていて、欠かさず鍛錬を続けていることが窺えた。
「ふふ。久しぶり。元気そうね……」
「ああ! おまえこそ……会えて嬉しいぜっ!」
破顔したアビゲイルは、魔王との戦いで失った左腕のかわりに右腕を伸ばし、ルティアの肩を抱くと、バシバシと遠慮なく背中を叩いてくる。
「いつ帝都にきたんだ? フレッド達はどうした?」
「帝都に着いたのはさっきよ。私は今、リュードさんを探して旅をしてるの」
「リュードを?」
「ええ。今は守護救命団として活動しているようだけど……。でも帝都にきたのは別の用事。ちょっと理由ありなのよ」
「ふーん……」
アビゲイルの視線が、ルティアの後ろにいるアナイナに向けられる。
「んで? そちらさんは?」
「私が今、護衛をしている人よ。アナイナ……この人はアビゲイルさん。魔王討伐隊で共に戦った冒険者で信用できる人よ」
ルティアが言うと、アナイナはほんの少しだけフードの端を持ち上げる。
そしてアビゲイルの前に進み出た。
「はじめましてアビゲイル様。わたくしは……帝都に所縁がある者、とだけ今は言っておきますわ」
周囲を警戒し続けるアナイナ。
持ち上げたフードも、すぐにしっかりと被りなおす。
その一連の動作に、アビゲイルが片眉を上げて言う。
「……正体を知られたくないってわけか?」
「色々事情があるの。それでね……アビゲイルさんにお願いしたい事があるんだけど」
「おお! 任せとけっ!」
アビゲイルが握った拳で、ドンと自分の胸を叩く。
「いいの? 私まだ、何をお願いするか言ってないんだけど?」
ルティアが苦笑いを零す。
でも内心では、アビゲイルを頼りにしているのも事実……。
「ルティア。オレたち冒険者はな、お前らの頼みなら命だって懸けるぜ? お前らは魔王を倒した「英雄」だからな」
「ちょっ、やめてよ! それは大袈裟だわ!」
ルティアは思いきり頭を振って否定する。
「だって私達は……多くの冒険者を見捨てたまま、魔王のところに行ったのよ」
「いや、誰もお前らの事をそんな風に思っちゃいねえ……。むしろ、お前らが魔王を倒してくれたからこそ、犠牲になってしまった仲間の命だって無駄じゃなかったって……そう、思えるんだぜ………」
アビゲイルが耐えるように顔を歪ませた。
――犠牲になった仲間の命。
アビゲイルの仲間は、レーヌ以外が戦闘が始まると同時に命を落としてしまったのだ。
あの時、哀しんでいる暇は無かった。
ルティア達は、戦友の屍を越え、数多くの魔獣を倒しながら、ただひたすら魔王と対峙するため突き進む事しか出来なかった。
そして長い長い魔王との攻防。後から追いついたアビゲイルとレーヌが、交代で戦闘に加わってくれた。
「全部、アイツの所為だ――」
ぎりっと歯嚙みをしながら、アビゲイルが呟いた。
「全部、アイツが、国王が……」
「駄目よ。それを口にしたら」
ルティアが遮る。だが、気持ちは痛いほどに理解できた。
きっと魔王討伐隊に加わった冒険者なら誰もが同じ気持ちでいるだろう。
(私も、アビゲイルさんも、本当はあの時から一歩も進めてないのかもしれない……)
アビゲイルの瞳には、今も、あの日の戦場での光景が焼きついたまま。
「アビゲイル様――」
ここで、凛とした声音が割って入る。
アナイナだ。
「その想いすべて、わたくしに預からせてくださいませ――」
「⁉︎」
虚を衝かれて、思わず目を瞠るアビゲイル。
フードによってアナイナの表情は見えないが、真っ直ぐ姿勢を正して佇む姿には、不思議と威厳のようなものが滲みでている。
「あんたは一体……」
「ここじゃ話せないわ。場所を変えましょう。どこか……」
「それなら宿舎に行くか。今なら、ガラッガラで誰もいないからな」
三人は場所を移し、話を始めた。
読んで頂き有難うございます!
なかなか進まなくて、申し訳ないです……




