⑤回想4 神殿(下)
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この数日間でさらに気温は低くなった。
朝の鍛錬を終えたルティアは、ひとり神殿に足を運ぶと参拝者の列に並ぶ。
処女三神を祀る神殿。
守護のアルーミス神。浄化のウートス神。癒しのエイオス神。いずれも強大な力を持った女神で月の化身ともいわれていた。
参拝者はとにかく女性が多い。
処女三神を詣でることで、髪や肌が美しくなったり、健康に御利益があると評判だった。
さらに神殿では決まった額面を寄付すると、守護の祈祷、厄払いの祈祷を施してもらえる。そうすると人生が良い方向に拓けていくのだとか……。
しかしルティアがここに足を運んだのは、まったく別の目的だ。
「冷えるわね……」
白い吐息を漏らしながら見上げたのは、神殿の隣に聳え立つ、堅牢な造りの高い塔。
この塔は、未来の祈祷師達の住まいであると同時に、修業場としての役割も兼ねていた。
(――あの塔に、今、リュードさんがいる……)
継ぎ目すら分からないほど精巧に組み上げられた石造りの塔には、窓は幾つかあるが、中の様子までは窺いしれない。
まるで牢獄のようだと、ルティアは思う。
その牢獄のなかで、祈祷師になるため、日夜修業を重ねている者達がいる。そして祈祷師になった暁には、神殿を介し用命を受け働くことになる。
――祈祷師は神殿にとって商売道具。
尊い存在でありながら不自由。
この現状を、女神達はどのような想いで見守っているだろうか……。
(どうか無事に、元気でいて……)
リュードが神殿に忍びこんでから、ルティアは毎日、参拝者を装いこの塔を見にきていた。
祈るような気持ちで見上げる。
御業を習得するのは、想像していたよりもずっと過酷なのだと、レーヌから教えてもらった。レーヌも優秀な祈祷師だった。
『新月から満月まで断食をして、極限まで肉体を浄化します。それから毎夜、聖水で身体を清めながら、満ちていく「月」の光のもとで何時間も瞑想をするのです。肉体よりも精神が勝り、神々と同調出来なければ御業は戴けません。この寒い季節に、塔のなかは暖炉のひとつもなく最悪な環境……。でも、きっとリュードなら……大丈夫……』
レーヌはリュードの事を信じていた。
修業の途中で熱を出して命を落とす者や、精神に異常をきたす者もいるが、リュードならやりとげると信じていた。
その一途な瞳に胸の奥が切なく痛む。
今のルティアが出来ることは、リュードの無事を神々に祈ることくらいだ。
(お願いだから――どうかリュードさんを無事に私達のもとに帰してください)
この声が、果たして神々に届いているかは分からない。
けれど愛する者の無事を願わずにはいられなかった。
とうとう満月の晩がやってくる。
今年はじめての雪が、煌煌と降り注ぐ月光とともに舞い落ちてくる。
ルティア、フレッド、キーノスの三人は、街で借りた小さな幌馬車で神殿の裏手の通り――塔の近くまでやってきた。
リュードはレーヌに協力してもらい神殿に忍びこんだ。そこから塔の内に入ってしまえば、多くの修業者の中に紛れられるし、管理も杜撰だからいちいち確認はとられない。
しかし満月の晩のあとは、祈祷師の証を見出せたかの確認が入るという。
だからその前に塔から脱する必要があった。
幸い、その方法もキーノスの力があれば可能になる。
満月は今、ちょうど塔の真上にある。
塔のまわりは、真夜中のひっそりとした冷たい静寂だけが満ちていた。
(リュードさん……迎えにきました……)
息を詰め、気配を殺しながら、三人はただただ塔の頂上を見上げていた。
御業の習得が完了したら、リュードから合図が来ることになっている。
冷たい空気が目にしみるが、合図を見逃さないよう瞬きの間も集中を切らさないで、じっと……その時が来るのを待つ。
満月が塔の頂上を通り過ぎた頃、流れ星のような光がひとすじ頭上に降ってきた。
――合図だ!
ルティア達は顔を見合わせて微笑み、安堵の白い息を吐いた。
魔法を発動させ、フレッドが火神の紋様から、掌くらいの火の鳥を作り出し、塔に向かって放つ。
つづいてキーノスが虚空を見つめ「シルフェ頼む……」と呟くと、ひらひらと降る雪を散らすように風が巻き起こった。
「……!」
塔の上。満月の光のなかに浮かびあがる影が見えた。
リュードだ。リュードがいる。
フレッドの火の鳥が影の上を幾度か旋回した後、こちらに戻ってくる。
刹那、影――リュードは塔から身を投げた。
キーノスが巻き起こした風が、落下するリュードの身体を包み、ゆっくりと地上に導いてくる。
「シルフェ……そのまま運んでくれ……」
ゆっくりゆっくり舞い落ちる雪とともに、リュードが帰ってくる。
薄布を身に纏ったリュードの裸足の爪先が月明かりに照らされて見えた。
両足が地面に触れたところで、シルフェの風は解けた。
「リュードさんっ!」
衰弱しきった様子のリュードは己で身体を支えられない。
傾いていくリュードの身体の下に、ルティアは咄嗟に自分の上体を滑り込ませて、倒れるのを防ぐ。
フレッドもリュードの背後に回ると、両の脇の下から腕を差し込み、しっかりと支えた。
「このまま馬車に連れていく」
「わかったわ」
二人でリュードを抱えて幌馬車の荷台に乗り込む。
キーノスは手綱をとって、静かに馬を発進させた。
「ルティア、ちょっと支えててくれ」
一片の力も残っていないように、ぐったりとしているリュードを、フレッドがルティアに凭れかけさせる。
まるで氷を抱きしめているようだ……。
リュードの身体がひどく凍えているのがわかった。髪も濡れて硬くなり顔や首筋に張り付いて、容赦無くリュードの熱を奪っていく。
フレッドは上衣を全て脱ぐと、ルティアからリュードの身体を貰い受け、肌をぴったりとくっつけるように両腕をまわして背面から抱えこんだ。
薄布を纏ってはいたが、リュードは裸同然の恰好で、がたがたと身体を震わせている。
堪らずルティアも、自分の羽織っていた長外套を脱ぐと、それで二人をくるむ。それから首にかけているターバンを外して、リュードの濡れそぼった頭に被せてから、丁寧に水気を拭きとっていく。
「リュードさん……おかえりなさい……」
ルティアの言葉に、リュードはわずかに頭を振って頷いた。
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