④回想4 神殿(中)
ブクマ下さった方、有難うございました!
それから、ひとつまえの神殿(上)にて、ギルドについて加筆いたしました。
魔王討伐隊に参加の登録を終え、フレッドはルティア達の元へと戻ってきた。
そこには大木のような体つきの冒険者、アビゲイルがいる。
「オレは帝都を拠点に活動している魔法剣士のアビゲイルだ。分からないことがあれば、何でも聞いてくれ!」
「俺はフレッド。同じく魔法剣士。この仲間のリーダーで帝都には今日着いたばかりなんだ。土地勘も無いし、色々教えてもらえると助かる!」
がっちりと握手を交わす二人。
さっそくルティアは、先程から耳に入ってくる「囁き」について訊いてみることにした。
「どうしてアビゲイルさんは、「轟音のアビゲイル」と呼ばれているの?」
「それはオレが「雷神」の加護を持ってるからだ」
「雷神の加護……? それが轟音?」
さっぱり解らないルティアの為に、アビゲイルは説明を加えていく。
「普通、火神や水神の加護持ちは「紋様」から属性魔法を発するのは知ってるよな?」
それは知っている。
良い例がフレッドだ。
フレッドは火神【ローギ】を祀った神殿で修業をして、その加護を戴き、火の属性魔法を扱える。右手の甲にはローギの紋様が刻まれていて、魔法を使う時には紋様が光りを放ち、炎がうまれる。
「――だが「雷」だけは違うんだ。魔法は「天」から降ってくる。……その時に、ゴロゴロゴロッ! バリバリバリッ! って物凄い音がするわけで」
「だから轟音……なるほどねぇ」
「そういうわけだ。――で、アンタの名前は?」
そういえば挨拶がまだだったか……。
「私は剣士のルティア・ロードナイト。よろしく、アビゲイルさん」
「ああ宜しくな!」
ルティアは、アビゲイルと握手を交わす。
「オレは「精霊使い」のキーノス。よろしく!」
「へぇ〜精霊使いか、珍しいな!」
アビゲイルが「おまえら面白い仲間だな」と、好奇心に満ちた目をして笑う。
(確かに精霊使いは稀少よね……)
神殿で修業をして体得する「魔法使い」とは対極にあるといってもいいだろう。
――精霊使いは「血」が全てだ。しかもエルフの「血」だ。
キーノスは人間だがエルフの血を色濃く継いでいた。それはキーノスの遠い祖先が、エルフと共生していた証でもある。
とくにキーノスは、生まれながら風の精霊に愛され、彼のそばには目には見えなくとも、いつも風の精霊が寄り添っている。
いざ戦いになれば力を貸してくれる頼もしい味方だ。
「わたしはリュードです。祈祷師ですが、最近「冒険者」になりました」
「おうよ。――レーヌと同じ神殿にいた祈祷師だったな」
アビゲイルの仲間の祈祷師……レーヌとリュードは旧知の仲だと、ついさきほど発覚したばかりだ。
「仲間に祈祷師がいると、やっぱ安心するよな!」
「貴方は……レーヌを神殿から「買った」のですか?」
「いいや。金を出して「貸して」もらってる」
「そうですか」
「嫌な気分にさせちまったか?」
「いいえ。事実確認をしただけです。祈祷師は皆、お金で遣り取りされる存在だと受け入れていますから……」
リュードは淡白に答えたが、その表情はかたい。
祈祷師……神殿にとっての商売道具であり、冒険者にとっては使い勝手のいい持ち物だと解釈する者も多い。金で買われた挙句、扱き使われる可能性だってある。
それを受け入れてるだなんて、あまりにも哀しいではないか……。
ルティアは昔から、祈祷師を尊敬していた。
(だって祈祷師さまは、誰よりも多くの命を救えるんだもの)
魔獣の毒を浄化できるのも「御業」を持つ祈祷師だけだ。
剣を振り回すことしかできないルティアから見たら、剣士より祈祷師の価値のほうが断然上位だ。
――いつか、すべての祈祷師さまが、自由に生きていくことができますように。
とくにリュードに出会ってから、その願いは以前にも増して強くなった。
ルティア達は、冒険者組合から歩いて三十分ほどの宿屋にやってきた。
ここにアビゲイルとレーヌは宿をとっている。
他にも二人の仲間がいるらしいが、二人とも帝都に自宅があるということだ。
「俺達も宿を探していたから丁度良かった。ギルドの宿舎を利用するのも考えたけど、さすがに男だらけの宿舎に女性を詰め込むのはちょっとね……」
「そんなに私に気を遣わなくてもいいわよ、フレッド……」
フレッドの、こういうところが紳士だ。
ルティアの事を剣士として認めながらも、女性として気遣ってくれる。
旅をしていても、ルティアが着替えをする時や、身体を清めたいときには、さりげなく距離をとって見張り番をしてくれたりもする。
もしもフレッドが冒険者という危険な職業ではなく、慎ましい生き方をしていたら、相当モテていたんじゃないだろうか。キーノスだってそうだ。
(気遣ってもらうほど、私に女としての魅力なんて、これっぽっちもないのにね……)
それでも優しくされるのは嬉しい。
嬉しくて、面映くて、そしてなんだか申し訳ない……。
「いつも有難う、フレッド」
「……うん。どういたしまて」
無事に寝泊まりする部屋を確保すると、ルティア達は宿に併設されている食堂に集まる。
そこへアビゲイルが仲間の祈祷師……レーヌを伴ってやってきた。
――なんて可憐な祈祷師さま……!
レーヌは女のルティアから見ても目を奪われるほど、楚々とした美しさを持った女性だった。
ぱっちとした二重に縁取られた黄金色の瞳。鼻と口は小さいが整っていて、透き通る白い肌は、まるで光を集めたかのように、つやつやと輝いている。
薄紅色の髪の毛も、綺麗に編みこんだあと邪魔にならないように束ねられていていて、後れ毛がふわふわと柔らかく舞っていた。
レーヌはリュードの姿を見留めると、頰を薔薇色に染めた。
「リュード……ずっと、ずっとお会いしたかったです……!」
感極まった声音すら、美しい鈴の音のように心地よく耳朶に響く。
周りにいる客達も、明らかにレーヌの姿に見惚れていた。
「レーヌ。本当に久しぶりですね」
リュードが言うと、レーヌは瞳いっぱいに涙を浮かべて、小走りに駆け出す。
そして周囲の視線など構わず正面からリュードに抱きついた。
「……なんつーか「感動の再会」ってかんじだな。見てるこっちが照れるぜ……」
二人の様子を見ていたキーノスが頭を掻きながら、気まずそうに視線を逸らす。
「がははっ、若いなっ! まるで積年の想い人か、初恋の男に再会したときみたいじゃねぇか。……畜生、見せつけてくれるぜ……!」
アビゲイルが腕組みをして、うんうんと頷いていると、周りの客達も「たしかにお似合いだな」「会えて良かったな」「お幸せに」などと声を掛けてくる。
(リュードさん……)
泣きじゃくるレーヌの背中に腕を回し、宥めるように華奢な身体をさすっているリュードを、ルティアはただ見つめていた。
――あんなリュードさん、はじめて見た……。
心から大切なものを慈しむような優しい仕草。
愛しい者を見つめるように、柔らかく眇められた瞳。
そう……アビゲイルが言った通りかもしれない。
――積年の想い人……。
祈祷師という立場のせいで、離れ離れになってしまったのだろう。
会いたくても会えなくて切ない日々を送ってきたことが、レーヌの涙から痛いほど伝わってくる。
(二人とも、本当に良かった……)
何故だろう……。
目の前の抱き合う二人の気持ちを考えると、胸の奥が、ぐっと切なく詰まる思いがした。
「レーヌ、二人きりで話したい事があります」
「わ、わたしもっ……!」
「では、あちらで話しましょう」
リュードが先導して、食堂の隅っこにある卓へと、レーヌを連れて行く。
やっと再会を果たした二人の邪魔をするような無粋な者はいない。
アビゲイルもルティア達の卓に身を寄せると、やってきた給仕に「祝い酒を一杯」と注文をした。
「おーい、おーいルティア……聞こえてるか〜っ⁉︎」
一杯だけの葡萄酒で顔を真っ赤にしたキーノスが、横からルティアの名を呼ぶ。
もちろん聞こえている。
「なに?」
「おまえさ食欲ないの? 体調悪い?」
「全然……どうしてそんなこと聞くの?」
「だってルティアが、大好物の「骨つき肉」を残している! おかしいだろ〜……いつも我先に一番大きい肉を掻っ攫っていくのにさ〜。おーいフレッド、ルティアがおかしいぞ〜」
「なによっ、私だって食欲無い時くらいあるわよっ」
失礼な男だ。
アビゲイルとフレッドは、さっきからお互いの武勇伝を熱く語り合っている。
(もう……この酔っ払い達は……)
ルティアは溜息を吐いて、卓に頬杖をついた。
――だって気になるんだもの。
さっきから視界の隅に、リュードとレーヌの姿が入るのだ。
最初は穏やかに談笑しているように見えたのが、今の二人は真剣な表情で何かを語り合っている。
リュードの美しい銀色の双眸は真っ直ぐにレーヌに向かっており、レーヌもまた熱こもった眼差しで見つめ返している。
(――なんか、モヤモヤするわ……)
ルティアは溜息をつく。
何故、こんな気持ちになるのか、自分のことなのに分からなくて戸惑う。
疎外感?
いや、そういうのとは違う気がするけれど……。
もうひとつ溜息ついてから、ルティアは立ち上がった。
「私、先に休むわね。あまり呑みすぎちゃ駄目よ」
「おお。おやすみ〜。いい夢見ろよ〜」
キーノスは葡萄酒を片手に、ルティア見送る。
(そうよ……! 寝たら案外スッキリするかもしれないわ)
それに久しぶりにベッドで寝れると、ルティアは気持ちを無理矢理持ち上げた。
すうっとしみるような冷気を感じてルティアは目を覚ました。
――冬が近づいているのだ。
窓の外はまだ暗い。
そのかわり、欠けゆく半月が煌煌と光を放って、起き上がったルティアの肌を照らしていた。
窓辺に添い月の位置を確認する。
あと一時間もすれば夜明けがやってくる。
今が一番、闇が深い刻限か……。
(リュードさんは今頃どうしているかしら? 寝ているかしら……)
またリュードのことを思い出してしまった。
ついで、レーヌのことも思い出すと、胸の奥がずしりと重たくなる。
――もしかしたら、今もまだ、一緒にいるかもしれない……。
二人は離れがたい雰囲気だったから。
ルティアは身支度を整え、外套を羽織ると、そっと部屋を出た。
もちろん愛剣は忘れない。これはルティアにとって身体の一部のようなものだし、鍛錬をするためでもある。
(月が、綺麗ね……)
外に出たルティアは、空を仰ぐ。
降り注ぐ月光。冴えた光を纏う銀色の月。
まるでリュードの瞳のようだと思った。
――声が聴きたい。
不意に思った。
あの穏やかな声音で「ルティア」と名前を呼んで欲しくなった。
声が聴きたい。
会いたい。
「会いたい……リュードさんに……」
「はい――なんでしょう、ルティア」
「ふえぇッ――⁉︎」
背後から声がして、ルティアは本気で驚く。
ルティアが驚いたことに、リュードも吃驚して目を見開いた。
「どっ……ど、どうしてリュードさんが、ここにっ……⁉︎」
恥ずかしすぎる。
漏れ出てしまった思いを、まさか本人に聞かれてしまうなんて。
「貴女の部屋の隣が、わたしの部屋なのです。貴女が部屋を出て行く音がしたので気になって付いてきたのですが……どこへ行くつもりですか?」
いつもと変わらない調子のリュードに、ルティアは心から安堵する。
「冒険者組合よ。なんかモヤモヤして眠れないから、鍛錬場で身体を動かそうと思って……」
「モヤモヤ……やはり体調が優れないのですね? キーノスが心配していましたよ。『ルティアが肉を残すなんて、悪い病気に罹ったに違いない!」と騒いでいました」
リュードが眉を寄せて窺うようにルティアを見つめてくる。それから体温を確かめるためだろう、腕を伸ばしてきたので、ルティアは一歩退いてそれから逃れた。
「いいえ。違うの。身体の具合は悪くないわ」
「貴女のことです。無理をしているのでは? ちゃんと診せてください」
「本当に大丈夫だから。モヤモヤっていうのは……身体じゃなくて、私の「心」のなかのことだから……」
「心の? 「悩み事」ですか?」
「うーん……どちらかといえば「考え事」って言ったほうが近いかもね」
「そうですか……」
ルティアは歩き出した。
リュードも隣に付いてくる。
静かな月明かりの下で、二人ぶんの足音だけが鳴り響いている。
「考え事といえば――」
リュードが口を開いた。
「わたしも帝都にきてからずっと「ある事」を考えていました。そして……レーヌに会って決めたことがあります」
レーヌ……その名前をリュードが口にした瞬間、ルティアの胸が切なくなる。
彼女はリュードにとって、やっと再会できた大切な人だ。
だからその大切な人に会って決意するとしたら……
――ああ、別れの予感がする。
ルティアは、モヤモヤの正体にやっと気付いた。
(私、リュードさんと離れたくないんだわ……)
ついに本心が浮かび上がってくる。
でも……どうして離れたくないと思った……?
――だって……リュードさんが初めての人だったから。
ルティアの生き方を、ルティアの想いを、まるごと全部守ろうとしてくれたのは、リュードが初めてだった。
そしてルティアのことを、ちゃんと救ってくれた。
『貴女の命も、貴女の想いも、絶対に消させたりしません』
死に直面した時に、リュードが掛けてくれた言葉。
あの言葉をもらってから、ルティアは変わった。
もう自分の進む道を迷わなくなったし、もう他の誰かの生き方と比較することは無くなった。
それはきっとリュードが、ルティアという存在を受け止めてくれたからだ。
(だから、私はリュードさんのことを……)
――好きになった。
自覚した瞬間、胸の奥から愛しさが込みあげて、じわりと目蓋が熱くなる。
慌てて空を仰げば、月が滲んで見えた。
リュードことが好きだ。
離れたくない。
けれど……それ以上にリュードの望みは絶対に叶って欲しい。
だからルティアは言った。
「リュードさんが決めたことなら、私は反対はしません。……ちょっとだけ寂しくはなるけど」
「すみません……」
「謝らないでください。リュードさんはもう「自由」なんだから。レーヌさんを連れて何処へでも行けるわ!」
「何処へでも……と言っても、わたしが行くのは「神殿」なのですが……」
「そうよね神殿に……って、なんで神殿っ⁉︎」
そんな場所に行ったら、また売りに出されてしまうではないか。
それだけは絶対に駄目だ!
「それにレーヌには、忍びこむために付いてきてもらうだけで、後はわたし一人で、」
「ちょっ! ……ちょっと待ってっ!」
涙がひっこっんでしまった。
ぱちくりと瞬きをしながらリュードを見ると、彼もまた困惑した顔でルティアのほうを見る。
(神殿? 忍びこむ? 一人で?)
「あの……、つまり……リュードさんが決めたことというのは?」
「はい。神殿に行くことです。寂しくさせてしまって申し訳ないのですが、二十日もあれば帰ってこれるはずなので」
「は、二十日間っ――⁉︎」
「はい。すみません……でも、魔王討伐までには間に合うはずですから」
「…………」
全身から力が抜ける。
ルティアは、自分が勘違いしていたことに気づく。
おかげでモヤモヤも、どこかに飛んで行ってしまった。
冷静になった頭で、さらにリュードに訊く。
「神殿に行く理由は?」
「わたしは、まだ習得していない御業が一つだけあるのです。習得する前に買い取られてしまったので、ずっと気になっていたのです。けれど運良くレーヌと会えたので、その御業がどのようものか詳しく教えてもらうことができました」
ルティアは頭を抱えたくなった。
(二人きりで話したい事って……まさか……御業のことについてっ⁉︎)
リュードがどこかに行ってしまうと、飛躍した妄想までして、勝手に落ち込んでいた自分が情けない。
「それで、神殿に……忍びこむ?」
「はい。見つかってしまえば、また売りに出されるので貴女たちのもとへ帰ってこれなくなります。……うまくやらなければいけません、いえ、絶対にうまくやってみせます」
珍しく気合の入っているリュードの姿に、心の中が柔らかく蕩けてしまいそうだ。
(私、まだリュードさんと一緒にいられるんだ……)
嬉しい。本当に嬉しい。
好きな人と一緒にいられることが、こんなにも嬉しくて幸せなことなんだと、はじめて知った。
リュードが誰を好きでも構わない。
ほんの少しの間でも、まだ一緒にいられるなら、それだけでルティアに力が湧いてくる。
「……それなので、寂しくさせてしまいますが」
「大丈夫よ。寂しくないわ」
「でも、さきほど……」
「私はてっきり、リュードさんはレーヌさんと一緒に行ってしまうと思ったからよ」
「レーヌと? 何故ですか?」
「二人が恋仲だと思ったから。というか、みんなそう思ってるわ」
「恋仲……」
リュードは反芻しながら、すぐに頭を振った。
「わたしたちは祈祷師です。処女三神に捧げられた身ですから、誰とも契りを交わすことは無い……」
それはルティアも知っている。
けれど祈祷師だって人間なのだ。恋をする可能性だってあるだろう。
――それにレーヌはきっと、リュードのことが好きだ。
これは「勘」だ。
戦いのことじゃないから、この「勘」に自信は無いけれど……。
「でも……これから先、もしもリュードさんに好きな人ができたら、どうしますか?」
「…………」
ルティアの問いにリュードは逡巡したのち「祈祷師を辞めなければいけなくなります」と真面目に答えた。
「しかし祈祷師を辞めたら、わたしに価値は無いでしょう……? 甲斐性無しと愛想を尽かされてしまうかもしれません」
「ええっ⁉︎ そんなことは無いですよ……リュードさんは祈祷師さまじゃなくても、そのままでじゅうぶん魅力的だと思います」
「そう……でしょうか……?」
どこかぼんやりした様子で、リュードはルティアを眺めるが、またすぐに頭を振った。
「わたしは祈祷師を続けます。貴女との約束を守らなければいけませんから」
「約束?」
「わたしは……ルティア、貴女の命を支え、貴女の想いを遂げさせると約束しました。そのために、わたしは神殿に行くのですから」
「リュードさん……」
胸の奥から喜びが溢れてくる。
吐いた息は白いのに、ルティアの全てはリュードへの想いで熱く満たされていた。
読んで頂き有難うございます!!
ルティアの恋愛回でした。
ちょっとでも楽しんで頂けたら幸せです。




