②回想3 肩に触れた温もり(上)
冒険者のなかには定住の地を作ることなく、転々と旅をしながら生活している者もいる。
冒険者組合自体、人口のそこそこ多い街を中心に点在しているため、放浪の冒険者でも仕事には困ることは無かった。
いつ魔獣が現れるか分からない時世で、力のある冒険者は重用されている。
一般市民からの信頼も厚く、事情により遠出を余儀なくされた時などは、旅の護衛として冒険者を一時的に雇うこともある。無論、冒険者は己の命を賭けて依頼主を護るため、多額の報酬を要求する。そのため実際に冒険者を雇えるのは、貴族か一部の商人がほとんどだった。
一方で、国の警備兵の評価は低い。
要人の身の安全ばかりを最優先にしているせいでもある。
コウジュが「良いとこのお嬢さん」の護衛を頼まれたと言ったとき、やはり救命団には強い者が多いのだと、ルティアは確信した。
守護救命団の専門は医療であり人命救助だ。国境を越え旅をしながらの活動では魔獣と遭遇することもあるだろう。その時に戦えないようでは意味がない。大人しく町医者をやっていた方が良いだろう。
ルティアも護衛の経験がある。
その時は、貴族の婦女子とその使用人の旅の護衛をした。
たまたま目的地が同じだったことと、護衛対象も二人だけということで、フレッドが依頼を引き受けた。
そこまで昔の話でもない……。
ルティアが魔獣の毒で生死を彷徨い、リュードに救われたすぐ後の出来事だからだ。
(あの時から、リュードさんは私達の仲間になったのよね……)
巻き戻った記憶は、一片の曇りもなく鮮明だ。
国境の街「イルグ」――魔王討伐隊に加わるためガーリア帝国を目的地とし、中継地の「イルグ」に到着する寸手でルティアは魔獣と戦い倒れた。
一命を取り留めたのは、偶然出会い同行していた祈祷師……リュードによる解毒治療のおかげだった。
そしてイルグの宿の一室。ルティアは静養していた。
「だいぶ、顔色も良くなったな……」
「ええ、もうすっかり元気よ。二日も鍛錬を休んだからそろそろベッドから出て動かなくちゃ。キーノス、さっそく剣の手合わせをしてくれない?」
「げっ、今からかよ〜。しかも俺だぞ?」
「いいじゃない。キーノスだって剣は使えるでしょ」
「まあ、な……。でも頼むなら俺よりフレッドのほうが、」
「――ルティア、まだ動いては駄目ですよ」
「!」
ノックもせず部屋に入ってきたリュードが、開口一番に言った。
声音は涼やかだが、有無を言わさない強さがそこにはあった。
ルティアが倒れてからというもの、リュードは熱心に介抱してくれていた。
数時間おきにルティアの脈を取り、体温を確かめ、ふらりとどこかへ行ったかと思えば薬湯をつくって持ってくる。
目覚めてからすぐはルティアも大人しく言うことを聞いていたが、二日目ともなると動きたくて仕方がなくなる。熱も下がったし痛いところもない、問題ないから大丈夫と言ってみたものの、リュードは「今日も安静にしてください」と、首を横に振るばかり……。
「リュードさん、その手に持っているものは……」
「薬湯ですよ。もう何度も飲んでいるでしょう? 貴女の体調に合わせて毎回調合は変えていますが……」
「……どうしても飲まなきゃ駄目ですか?」
「駄目です」
ずい、とルティアの前に陶器でできた器を差し出すリュード。
(この薬湯。すごく、すーっごく不味いのよね)
「観念して飲めよルティア。リュードがわざわざ宿の厨房借りて作ってきてくれたんだからさ」
「う、うん。そうね……」
ふう……とひとつ深呼吸をして、ルティアは器の中身を確認する。
――黒い。そして粒々とした何かが浮いている。
鼻腔を青くささと鍋を焦がしたような、苦味のある香りが掠めていく。
ルティアは覚悟を決めて一気に薬湯をあおった。
どろりとした液体が喉元をすぎたあたりで、奥歯がぎゅっとするような苦さが口の中いっぱいに広がっていく。
「〜っ、〜〜っ!!」
飲み干したところでキーノスが水を差し出してくれたので、ルティアは急いで苦味を喉奥へと流し込んだ。
「ちゃんと飲めましたね」
リュードが器を受け取り、空になっているのを確認して満足げに言った。
「ルティア、それでは横になって休んでください」
「あの……もうずっと寝ていたから眠たくないというか……」
「いいえ、すぐに眠たくなるはずですよ」
「?」
渋々ベッドに身体を預けると、次第にぽかぽかと手足に心地良い熱が生まれてくるのを感じた。
自然と瞼が重くなり、頰や、奥歯のあたりの力みが抜けてくる。
(薬湯のせい? ……眠たくなってきた……)
ルティアはそのまま身体の力を抜き、眠りの淵に落ちる準備をする。
ただ少し……寝顔を見られてしまうのは恥ずかしいと思った。
「眠りの効果がある薬湯だったのか? すげーな……」
眠りについたルティアに配慮し、小声で話すキーノス。
ちょうどそこへフレッドがやってきた。
キーノスが人差し指を立て唇に当てがうと、意図を汲み取ったフレッドがこくりと頷いた。
「ルティアは眠ってるんだね?」
「はい。薬湯が効いて眠ったところです」
「そっか……。色々、ルティアの世話をしてくれて有難うリュード」
「いえ。ただ……彼女は身体を酷使しすぎのようです」
リュードが眠りに落ちたルティアに視線を向ける。
昨日にくらべてだいぶ顔色も良くなってきているし、眠りも安らかだ。ほぼ全快に近いといって良い。
リュードはベッドの端に腰掛けて、そっとルティアの細い手首を持ち上げる。脈をとるためだ。
その様子を見守りながら、フレッドはやや眉を寄せて言った。
「俺もキーノスも気をつけてはいるんだけど……。いくらルティアが強い剣士だとしても、やっぱり女の子だし」
「認識が甘いです――」
リュードがぴしゃりと言う。
「女性の身体というものはとても繊細なのです……。月の満ち欠けひとつで体調は変化し、感情は波立ちます。……月の満ち欠けということは「月の障り」にも影響があるということです」
リュードの言った「月の障り」とは月経のことを表している。
祈祷師は【処女三神】を祀る神殿で修業を積み、資格を得た者のことだ。
【処女三神】は女神だ。それ故に女性の身体をとくに神聖視する傾向があった。さらに祈祷師は、さまざまな治癒術を扱うため人体に関しての知識も豊富だ。
「感情が揺れれば、普段ならできるはずの正常な判断が出来なくなることがあります。戦いにおいて判断を誤れば命取りになるでしょう」
「…………」
フレッドとキーノスは押し黙った。
リュードが言わんとしていることを、きちんと理解しているからだ。
このままルティアが戦いを続けていけば女性としての生き方の一部が失われるだけでなく、いつ落命してもおかしくない。むしろ自ら死にむかっていくような生き方だ。
――冒険者になった時点で覚悟は決めている。
しかし……いざこうやって目の前に突きつけられると、大切な仲間の未来に憂いを覚えずにはいられない。それにリュードがいなければルティアは死んでいたのだから……。
重たく漂う空気の向こうで、安らかなルティアの呼吸だけが響いている。
「――けど、ルティアは戦うぜ」
キーノスが言った。はっきりと……。
「この自分の身体と、命で、守れるものがある限り、俺達はきっと最後まで戦い続けるんだ――」
次にフレッドが口を開いた。
「俺たちは魔王を倒す。たとえ志し半ばで命を落とすことになったとしても……。でもこれだけは約束するよ。ルティアを先に逝かせたりはしない……! 今回のようなことには絶対にしない! 俺はリーダーだ。何があっても今度は俺が盾になる……!」
二人の言葉に、リュードは銀色の双眸を眇めた。
その瞳は、まるで美しい景色を見て心が震えた時にも似た情動を孕んでいた。
「わたしは……」
リュードは、脈をとっていたルティアの腕を解放し、上掛けを肩までしっかりとかけると立ち上がった。
「わたしはルティアにこう言いました。『貴女の命も、貴女の想いも、絶対に消させたりしません』と……。わたしは貴方達の仲間になろうと思っています。……貴方達の気が変わっていなければ……ですが」
「――!」
「まじか! な、大歓迎だよなっ⁉︎ フレッド」
「もちろん嬉しい! 歓迎するよ! ……でも、誘った俺が言うのもおかしいけど、リュードはそれで本当に良いのか?」
予期していなかったリュードの申し出に、フレッドは喜びながらも念を押す。
リュードは躊躇うことなく頷くと、眠るルティアにもう一度視線を移し、そして言った。
「ええ。わたしはルティアに約束しましたから――」
澄んだ銀色の双眸には、柔らかな光が湛えられていた。
読んで頂き有難うございます!
こうしてリュードは仲間になった……という回想。
次回は回想の(下)になります。




