プロローグ
何らかの興味を抱いてとりあえず目を通してみようと思ってくださった方、ありがとうございます。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
元々はホラーのジャンルに設定していたのですが、友人に「これホラーじゃない」とツッコまれたためジャンルを変更しました。
正直、恋愛もののつもりで書かなかったため、読み進めて行って違和感を抱くかもしれませんがご容赦ください。
暗い夜道を一人歩く。
聞こえる音は数少ない。自販機や街灯の唸り声。吹き抜ける風と、自分の足音だけが耳元まで響いてくる。そんな夜のしじま。
辺りに人の気配はなく、明かりもそう多くはない。思わず身震いを起こしてしまいそうな状況であったが、不思議なくらい怖いと感じることはなかった。不安や孤独感などもなく、波一つない水面に浮かぶように、心はとても穏やかだった。それがむしろ怖かった。
ふと、何かを求めるように空を見上げる。そうして見上げた夜空には、何もありはしなかった。星も見えない寂しい夜空。周囲の明かりが許してくれても、街全体の明かりが、星を見ることを許してはくれなかった。
そんな中、許しを得ようともしない光を見つけた。嘲るように輝いて、見下すようにそこにいて、卑しく笑う――夜空の三日月を。
どうしてお前はそこにいる。自分一人では輝けない石ころのくせに、どうしてお前は夜空に嗤う。
あいつは嫌いだ。いっそのこと、欠片も残さず消えてしまえばいいのに。どうせ消えないと分かっていても、そう思わずにはいられない。何度も抱いたもどかしさを、聳え立つほど積み上げた。幾度も崩れ、また積み上げる。それが意味のないことだと理解はしていた。
それでも、思うことを止めてはならない。たとえ叶わないのだとしても、いつかは……と。そう信じたいのならば、願うことを諦めてはならない。いつもいつも、そうやって自分に言い聞かせて来た。
そしてついに、そのいつかが訪れた。流れる雲が、あの卑しい顔を隠してくれた。ただの偶然、そんなことは分かっていた。だが今は、願いが叶ったのだと、思いが通じたのだと信じることにした。
驚きつつも嬉しくて、微笑みながら薄暗い道をまた歩き始める。穏やかだった心に、少しの期待と高揚感が湧き上がる。押し寄せる胸のざわめきは、くすぐったくて落ち着かなかった。けれど、それがとても心地良かった。
柄にもなく、鼻歌交じりにスキップでもしようかな、などと考えてしまった。そんな浮かれた気分のまま、すぐそこの角を曲がった。するとその先に、人影らしきものが見えた。柄にもないことをしなくて正解だった。恥をかかずに済んだのだから。
くだらないことに安堵し、たいして気にも留めることなく歩を進めた。そしてすぐに、自分が思い違いをしていることに気が付いた。明滅を繰り返す街灯の下、人影は二つあったのだと。
一つの人影は静かに地面へ横たわり、微動だにしていなかった。ただの酔っ払いだろうか。それとも急病で倒れでもしたのだろうか。地面を染める異質な赤色を見なければ、きっとそう思っただろう。
もう一つの人影は、横たわる者の傍にそっと佇み、それを見下ろしていた。よく見るとその手には、鈍く光る何かが握られており、その何かもまた異質な赤色を滴らせていた。
こちらの存在に気付いたのか、佇む者がゆっくりと顔を上げた。その瞬間、自分が目にしているものが何なのか、考えるよりも先に理解することとなった。
多分、このほんの数秒という時間が、後の全てを決定づけたのだろう。もしかしたら、本当はもっと別のことだったのかもしれない。どちらが正しいのかなんて知りはしない。今分かるのは、たった一つ。
やっぱり、思いは通じていなかった。願いは叶ってなどいなかった。佇む者がそれを教えてくれた。
嗚呼、どうして。どうしてお前がそこにいる。弱々しい街灯に照らされ、嘲るように輝きながら、見下すようにそこにいて、卑しく笑う――地上の三日月よ。
目にした光景を前に、あらゆる感情が溢れ出し渦を巻いた。激流と化した感情の中で、一心不乱でたった一つの思いにしがみついた。
誰が理解できるだろうか。夢中でしがみついたその思いは、恐れでも、怒りでも、悲しみでも、苦しみでも、諦めでも、後悔でも、絶望でも、軽蔑でも、嫉妬でもない。
それはただの……。




