珍しい
夕飯のいい匂いが部屋に流れ込んできた。そろそろかと思い友哉はベッドから立ち上がりリビングに向かう。
広いアパートではないので何かを考える余裕もなくリビングに到着。母と一緒に盛り付けを手伝い、小さいテーブルに2人分の夕食を並べる。
「ありがと、友哉。それじゃ、食べましょう」
「いただきます」
熱々の味噌汁を一口、ゆっくりと啜ってからご飯を食べる。カチャカチャと会話もなく静かにテーブルの料理が減っていく。
食事中は喋らないという決まりがあるわけではない。これがいつもの武中家の食事風景だ。
そもそも今の食事風景が『いつも』になったのは友哉が小学5年の時だ。
友哉の母は父親と離婚している。それが今の友哉に直接関係していない。しかし、原因の一部ではある。
もっと根本的な原因としては別にある。だが、それを母親に教えてはいない。
結果、そのことが母を悩ませていることを友哉は知っている。知っていながら、変わろうとしない自分自身を最低だとは思っている。
知っていて知らない振りをしている。
「ごちそうさま」
「はい、美味しかった?」
「あぁ」
母親に対してもこの返事をしてしまう友哉はそれがいつも嫌になり、さっさと部屋に戻ろうと食器を片付けようとした。
しかし。
「友哉、たまには母さんとゆっくり話しましょ」
立ち上がろうとした友哉に制止を促した。いつもは食事前後には話しかけてこないのに。
(なんだよ、今日は……)
母の珍しい行動に友哉は学校でも似たようがあったのを思い出していた。とりあえず、友哉は立ち上がるのを止め母に問いかける。
「……なんで?」
「話したいからに決まってるでしょ」
珍しいことがある時には面倒なことが引っ付いてくる。友哉はそれを学校で今日学んでいた。
「話すことなんてない」
真っ向から話すことを否定。人と関わることを嫌う友哉の性格は母にも適応している。
決して母が嫌いなのではない。ここまで育ててくれたことに感謝している。その感謝を行動や言葉で表現できない。いや、しないのだ。
(最低な息子だよな)
友哉は次こそは立ち上がり、食器を洗って拭いて食器棚に片付けてから、逃げるように部屋に戻った。
その背中が見えなくなってから、母はにやけた。
(あの態度のわりにはちゃんと家事の手伝いを言わずともしてくれる。ふふ、あの子、気付いてないわよね?)
息子の悪いとこは知っている。しかし、良いところも知っている。だから、息子のことを見捨てることはできない。
だから、話しかけてみたのだが失敗に終わった。
(明日も頑張ろ)
変わってしまった息子に嫌われるのが怖くて、今日まで話しかける勇気が出なかった。
今日は素っ気ない態度を取られてしまったがまたここで諦める訳にはいかない。
例え、今の状態を息子が望んでいたとしてもだ。
(だって、母親だもん!)
そう自分自身に言い聞かせ、いつもより機嫌良さげに食器の片付けを始めた。
友哉は食休みをしてからお風呂へと入った。激しい運動をした訳でもないのに今日はやたらに疲れた。
日直の件に、波端 詩織の件。そして、母の予想外の行動。珍しくて面倒なことが1日を通して友哉の肉体ではなく精神的にダメージを与えていた。
(本当に……なんだよ。今日は……最悪の1日だ)
友哉はそう心の中で思い、湯船から上がり体を洗い始めた。今日の不運を洗い落とすように皮膚が赤くるなるまで擦った。
「……全く、ひでぇ顔だな」
鏡に写る自分を見た友哉は鏡に向かって罵倒した。己の顔に表情はなく、人形のようだった。
(そういえば、小学校卒業してから笑った記憶がないな。まぁ、どうでもいいか)
誰とも関わろうとしない友哉にとって、感情とは無いにも等しいものだった。
誰かに怒りを感じることも、誰かを見て笑うことも、異性に対して恋愛感情を抱くこともなかった。それが友哉にとっての当たり前だった。
洗髪を終え、お風呂から上がった友哉は歯磨きをして髪を乾かして部屋に戻った。寝る前に読書をしようとした瞬間。
「ねぇ、友哉! 明日の弁当何がいい?」
「……っ!」
近所のことを考えてない上に大声で質問してきた母に友哉は流石にイラッとした。友哉は扉の近くまで行って。
「なんでいい!」
近所迷惑にならない程度の声量で力強い声で返事をして扉をそこそこ勢い良く閉めた。
母に対して怒ったのは何年ぶりだろうか。
(てか、思いっきり関わってるじゃねーか)
人に感情を抱くということは少なからずその人に対して関心があるということになる。
誰かに対して感情、関心を抱かないようにしていたのに母に怒りを感じてしまった。友哉は盛大にため息を吐き出した。
(……くそ……嫌な予感しかしねぇ)