めんどくさい
友哉は正面玄関で上靴から外靴に履き替え、紅く染まる空の下へと出た。
グランドの方からは運動部の掛け声が響いてくる。友哉はこれが鬱陶しいくらいに嫌いだ。
(皆で心を1つに・・・・・・くだらないよな)
心の中で悪態を付く友哉。
運動部だけでなく文化部も同じだ。皆で1つの音楽を作り上げる。なんて、くだらないことだ。
(別に部活に参加してる人が嫌いなんじゃない。その心構えを共有してることに嫌気が差んだ)
友哉は他人が嫌いではない。ただ同じ事を共有しようとすることが嫌いなのだ。
「あのゲーム面白いよね」や「今はこの漫画が人気なんだよ」と自分の気持ちを理解してもらおうとするのも嫌いなのだ。
「でね!あやってばね!」
「マジで!笑えるんだけど!」
楽しそうに雑談しながら友哉の隣を通り抜けていく二人組の女子生徒。その後ろ姿を見て友哉はバカらしいとすぐに思った。
(だから俺が誰かと仲良く帰ることなんて・・・・・・)
そんな思考がすぐに出てくるようだから、自分の考えを改めること、改心することなんてあり得ない。
友哉はあの二人のように誰かと並んで帰ることは一生ないだろう。
(むしろ、それを望むけどな)
自分の考えを再確認しておもむろに音楽を聴こうとイヤホンを耳に着けようとして。
「たっ!武中君!」
「・・・・・・!?」
後ろ振り向き、呼び声のする方に顔を向けるとそこには走って来たからか息切れをしている詩織が膝に手を付き立っていた。
驚きを隠せない友哉に対して詩織はぎこちない笑顔で友哉に向かって。
「い、一緒に、帰ろ」
ただ一言、必死に伝えた。
ーーー約10分前
姿が見えなくなってからその場で思考に耽っていると職員室の扉が開き、中から担任の武宮生徒が出てきた。
武宮生徒は一瞬驚きつつも毅然とした態度で詩織に問う。
「どうした、波端?武中と帰らないのか?」
「・・・・・・は、はぃ」
「ふぅ・・・・・・お前が今どうしたいのかは知らない」
「・・・・・・」
思いの外に冷たい言葉を発する担任に詩織は俯くことしかできず、答えることも出来ない。
先生には関係ないこと、自分自身の問題だとは分かっている。
しかし、もう少し優しい言葉を掛けてはくれないのか、と的外れな怒りを感じ無意識に手を強く握り締めていた。
「・・・・・・」
「確かにどうしたいか知らないが・・・・・・」
「えっ?」
不意に頭に手を乗せられポンポンと軽く叩かれ、ポカンとした様子で先生を見上げる。その先には優しく微笑む先生の顔があった。
「波端がしたいことに助言ぐらいしてやる」
「ぁっ」
「私は波端が何をしたいのかは知らないんだ。別にお前のことを見捨てると言う訳でない。そんなことしたら、先生失格だ」
不意に乗せられた手に気恥ずかしさを感じ、少し頬を赤らめながらも今の自分の気持ちを言葉にして先生に伝える。
「私は・・・・・・武中君と友達に、なりたい、です!」
「だったら、そこから一歩踏み出せ」
「こう・・・・・・ですか?」
「いや、気持ち的な意味で言ったんだが」
先生の苦笑いで指摘され真っ赤になった詩織は大きく踏み出した右足を軸に一歩その場を離れた。そして、くるっと振り返り。
「ぁ、ぁりがとうございました・・・・・・」
視線を合わせることができず、下を向いたまま感謝をして、すぐに駆け出した。
「廊下を走るなよー」
微笑みながら小さくなる背中に注意した。
ーーーそして、現在に至る。
こんなにも激しい息切れをして自分を追い掛けてきた彼女のことを無視してまで帰ることは友哉にはできなかった。
しかし、それとは別に面倒だと感じていた。詩織の行動は普通なら好感として受けとることができるが友哉にはそれができなかった。
「なんで?」
「えっ?ごめん、嫌だった?」
「・・・・・・あぁ」
噂やら冷やかしやらも面倒の一言に尽きるのだが、友哉は関わりたくないのだ。
詩織のことが嫌いなのではない。ここまで追い掛けてきてもらって申し訳ないが一緒に帰るのは御免だ。
「俺は1人で帰りてぇから」
「・・・・・・そっか」
詩織は見るからに落ち込んだ。先生に言われ一歩踏み出してはみたものの結果は見事な玉砕だった。
(武中くんだって1人で帰りたい時ぐらいあるよね・・・・・・仕方ないよ)
自分自身にそう言い聞かせて食い下がろとはしなかった。
ーーー嫌われたくない。
そう思うとこれ以上引き止めることは詩織には不可能だった。
「そ、それじゃあね・・・・・・また、明日よろしくね」
「あぁ」
詩織の挨拶に短く返事をしてイヤホンを両耳に付けて歩き出した。彼女には悪いと思う気持ちがあるがそれでも自分自身のこの下らないプライドを貫く。
(にしても、あいつも帰り道こっちなのか・・・・・・)
ちらっと後ろを見ると『どよーん』という効果音が似合いそうな詩織がとぼとぼと歩いていた。
『はぁー』とため息が溢れる友哉。
(本当にめんどうだ)
それは自分の下らないプライドなのか詩織に対してなのかその時の友哉には分からなかった。というよりは考えもしなかった。