第8話 剣士デビュー
朝だ。
久しぶりにこんなに早く起きた。外は明るくなって窓からは光が差し込んでいる。結局ほとんど寝れなかったがまあ得たものはそれ以上だった。
ベッドから降りて外を眺めると石畳の道が光で眩しく光っている。近くには丘になっているところもあるらしく何かの畑がある。建物はそこまで多くないが漂う異世界感が何とも言えない。
「エレナ、朝だぞ」
「んー。朝……?」
アニメなんかでよく見る起きた後のよく寝たポーズをしながらエレナが起き上がった。
「じゃあ朝飯といくか」
「うん」
ドアを開けて、廊下に出た後きつめの階段を下りる。下の階では何やら美味しそうな香りが漂っていた。
本当にメシマズ系じゃなくてよかった。まだ食べてないから何とも言えないが、昨日の夕食からしてもそこそこの料理ではあった。
「おはようございます」
「おう、ちょうど起きたか。今持っていくから座ってろ」
「はい」
そういえば食事って一日何食がこの世界の常識なんだろうか。毎日運動しないと生きていけないような冒険者になってしまったからには三食は欲しいところだが。
「ほいよ、待たせたの」
持ってこられたものは木のカップに入った白い液体。何だこれ、傾けた感じあっさりしている。
「何ですかこれ?」
「それか、それはヘイゲンウシのミルクだ」
「あー、牛乳。なるほどね」
「ギュウニュウ? ミルクでしょ」
「なんで牛乳が通じないのかはわからんが、牛乳っていうのは俺のいた世界のミルクのことだ」
「へー。」
「若いの、俺のいた世界ということは異邦人か」
目の色を変えて老人が近付いてくる。もしかしたら口にしない方がよかったのだろうか。しかし、今更口に戻すことも出来ないので牛乳を飲み干す。俺の知っているやつより少し濃いめで味も濃くなってる感じだ。今はそれどころじゃないが。
「いや、失敬。実は昔の冒険者仲間に異邦人がいてな」
「そうでしたか、別に何かの罪になるとかはないですよね」
「無いぞ、まさかまた異邦人に会えるとは思って無かった」
ホッと胸をなでおろすなんて言葉があるがこういう時に使うものだろう。いつの間にか机の上に見るからにとろみのあるスープが置かれていた。しかも赤い。トマト的なやつだろうか。
とりあえずスープに手を付けると、おかゆみたいな感じで麦らしき穀物が入っている。意を決して一口でいく。が、尋常じゃないくらい熱い。ちょっと酸っぱめで、薄く塩味がついてる。不味くはない、しかし個人的には好きではない味だ。
トマト麦粥と命名しよう。もう食べたくないけど。
普通にパンが食べたかったがまあ致し方ない。手早く食事を済ませ外の井戸へ行く。
顔を洗って寝癖を整える。最低限のマナーだ。今まであまり気にしてなかったけど。
エレナは下ろしていた髪を結んでツインテにしている。目の前でツインテが作られる工程を眺めていると自然とニヤニヤしてしまう。傍から見たら完全に不審者だ。
「よし、じゃあとりあえず武器屋に行っていいか?」
「いいけど、適正はどうだったの」
「なんか刺突剣だって、あと光魔法」
「へー。刺突剣って貴族の人達が趣味でやるあれ?」
「そうなのか? そこそこ使えそうだったけど」
「あと光魔法は珍しいね、何が使えるの?」
「いや全く使えない」
「しばらく修行だね」
武器屋へはそんなに距離も無い。朝だし裏路地だしで人は少ない、というよりいない。大通りに出てもそんなに人がいないし歩きやすい。しかし、その光景の中に一つだけ異質な物がある。
「うわ、凄い豪華な馬車だなあれ」
「貴族か大商人、名の知れた冒険者ってところじゃない」
少し行ったところで馬車が止まった。武器屋へ行くために通らなきゃいけないし、野次馬でもしようと思ったその時だった。中から立派な服を着た若い男が執事に伴われて出てきた。
「こちらに見えるは王国騎士団、地方防衛担当大隊、隊長テーゼル家のルーク様である。本日重大な発表があって来た。正午に広場へ集まるように!」
「ルークだ。また呼びかけを行うので広場へ多くの人間が集まることに期待する」
気怠そうにそれだけを言うと騎士様は馬車へと戻っていった。やる気のなさに腹が立ったが一部からの黄色い叫び声から察するにかなりの人気者だろう。
確かに俺なんかとは比べ物にならない気迫がある。やる気はなさそうなのに油断してはいないという感じだ。きっとファンクラブなんかもあるんだろう。世の中には顔が良くて頭が良くて金持ちなんていう人間が一定数いる。そいつらは基本的に人気者だ。そして文句を言っても負け惜しみにしか聞こえないぐらいに遠い存在だ。
「エレナ、武器屋に行くぞ」
「うん」
「エレナ的にはどうなの、あんな感じの奴」
「うーん、何でも出来そうで何か気に食わないというか」
「やっぱりそうだよな」
「でもそういうのが好きな人もいるからね」
いつの間にか馬車がいなくなっていた。意味不明だ。瞬間移動か? なら馬車なんか使わなくてもいいだろうに。
まあ本来の目的に戻ろう。そう、武器を手に入れて冒険者としての一歩を踏み出す。きっと冒険者になったら今まで閉じこもってて味わうことの出来ない外を最高に、ダイナミックに味わえるはずだ。それに今は一人じゃない。今までとは違うのだ。
「おう、兄ちゃん」
「あ、あの刺突剣はどうなりましたかね」
「一応揃えておいたが、兄ちゃん冒険者だろ。生身のモンスターに使っても効果は薄いぞ」
「なぬ。それは、そうか」
「そこでだ、短剣だけでも戦えるようにしておきな。あとランク上げならパーティーを組むのもおすすめだ。」
「ありがとう、おかげで活躍できそうだ」
「そうかい、じゃあ代金を頂こうか」
「いくらだ? まだ値段聞いてないぞ」
「銀貨20枚でどうだ」
いまいち感覚がつかめない。高いのか、安いのか。いや待てよ、俺が食いまくった焼き鳥は銀貨一枚で結構買えたぞ。でも武器はうまく使えばかなり稼げるから妥当なのか。
「まあいいか。世話になったし、最初の武器だ。銀貨20枚で」
革袋から銀貨を取り出す。かなり重い、そのうえ場所をとる。
「兄ちゃん金持ちか、冗談だったんだけどな」
「え、そうなのか」
「まあそれだけ払えるなら、もう少し良いのをやるよ」
「どんなのだ?」
「魔剣だ。確か光魔法に適正があるんだろ、今持って来てやるよ」
そういうと、店主は奥へ行ってしまった。
「アオバ、もしかして本気で払おうとしてたの?」
「ああ、世話にもなったし」
「じゃあ、今度私と買い物も兼ねて金銭感覚をつけようよ」
「そのうちな、別に俺は買い物そんなにしないからいいよ」
「兄ちゃん、これがその魔剣だ」
見てみるとかなりシンプル。持ち手の方の装飾はかなり綺麗だ。刃は細いけどフェンシングのやつとは全く違う。あそこまでではない。
「ここ何て言うんだっけ」
「ナックルガードだ」
「そう、それだ。で、ここの装飾が凄いな」
「ああ、美術品としての価値もあるとか言ってたぞ」
「で、これどうやって持ち歩くんだ?」
「は? そりゃベルトに……」
「言われてみればそうか」
「大丈夫か? まあ売ってやるよけどよ」
店主は手早くベルトに剣をつけてくれた。
「じゃあ、また何かあったら来い」
「ありがとうございました。またいつか来ます」
そう言って俺は立ち去ろうとしたがその時に気が付いた。剣持ってきてない。
「おい、兄ちゃん。忘れ物だ」
「冗談だよ、冗談」
ベルトを着けると腰が重くなった。剣を持ったのはいつか買った木刀以来だ。いやあれとは比べ物にならない。当然といえば当然だが金属の塊を腰にする経験は俺が生きてきて初めてのことだった。