第7話 幸せ
まずい、間違いなく怒られる。
直ぐに帰るとか言って帰ってこないやつは流石に誰でも嫌になるだろう。考えてみれば前から時間を守らない俺に友人がいないのも納得だ。
宿への道は思っていたよりも遠い。暗くなっていることを考えると大分待たせたことになる。
先に何か食べてるだろうか。
いや、あいつは多分待ってるだろう。
こんなにも人を待たすことに罪悪感を覚えたのは久しぶり、それどころか初めてかもしれない。
ただただ、人通りもまばらな道を進んでいくと宿の看板が見えた。
木製のドアを静かに開ける。
今までの暗い外とは違い、ろうそくの光ではあるが暖かい明るさが広がっていた。
「帰りました」
「おう、若いの。嬢ちゃん連れてきな。少し遅いが夕食にするとしよう」
「すいません、待たせてましたよね」
「まあ、ちゃんと謝れば許してくれるじゃろ」
「やっぱり怒ってますかね」
「いいから早く行ってやんな」
なんと言って入ればいいだろうか。
ただいま。か? いや違うな。ここはごめんなさいだろうか。
二階へ行く階段は年季を感じる音を出している。一歩一歩が重い。一緒に行動すれば良かった。
「エレナ、入るぞ」
ノックをしてから声を掛ける。
ゆっくりと戸を引いて開けると、部屋の中は暗かった。ベッドの上にエレナが座っている。
「おかえり……」
「ごめんな、遅くなって。やっぱり怒ってるよな」
「別に、怒ってないし……」
「すいませんでした」
「謝んなくていいよ。ただ、次遅くなったらぶっ飛ばすから」
「う、うん」
「それと、人を心配させるようなこともうしないでよ」
「分かった。約束の指切りしよう」
「指? なんで。本当にそんな怒ってないよ⁉」
「いや、俺の国で約束する時にこうやってな――――」
エレナの綺麗な指に触れる。こんなことする日が来るなんて思ってもみなかった。
「えっ、ちょっと」
「もう、心配かけません」
「う、うん。約束だよ……」
「飯らしいから下に降りてもらってもいいか?」
「もちろん。ずっと待っててお腹空いちゃった」
そう言って笑うエレナは本当に可愛かった。こういう時には何をするのが正解なのだろうか。もう少し前の世界でこういう体験をしていればもっとうまくいく気がするのだが。
「ほら、アオバ行くよ」
「あ、ああ……」
「言っとくけど、本当に怒ってないからね。ただ心配させといて自分のこと何にも考えてないアオバに少しムッと来ただけだから。でも、約束するんでしょ」
「絶対約束する。もう、心配かけない」
「じゃ、一緒にご飯食べよ」
◇
異世界初の晩飯。
正直言うと前の世界の食生活に慣れてて白米が恋しい。完全な米派の俺からすると、小麦メインの食生活はあんまり考えたことがないかった。
おかわり自由の固めなパンのような物。味とかは表立ってついていないが噛めば噛むほど食品本来の甘味が云々という感じだ。不味くはないが飽きる。そこで、もう一品の少しとろみのついたスープにつける。スープ自体は前の世界で言うところのコンソメスープのような香りのビーフシチューだ。味はどちらでもないが。何かの肉と野菜が入っている。かなり煮込まれているせいもあってか具材は大分柔らかくなっている。それぐらいしかわからない。
野菜の方は何とも言えない物だ。そもそも前の世界でも野菜はそんなに好きじゃなかったから沢山知っているわけではないというのもあるが、的確な表現は難しい。でも数種類入っている。今後、市場とかで見てみるのも面白いかもしれない。
あまり食事にこだわった生活なんてしたことも無かったが全く知らない料理となるとかなり興味が出てくるものだ。
「なんか、アオバって貴族みたいな食べ方するよね」
「確かに、若いの。育ちが良さそうじゃがどこの出じゃ?」
「いや、俺はしがない平民ですよ」
「そうか、ワシは先代の国王と会食をしたことがあるが前日から食べ方を指導されたことがあってな、もう二度とやりたくないの」
「なるほど、でもエレナも食べ方きれいだと思うけどな」
「そうかな、あんまり意識してないかな」
「しかしまあ、あんたら二人とも辺境貴族かなんかの身内かと思ったがいったい何者なんじゃ」
「さあ、何者なんだろうか。自分でも分からないな」
「そうか。まあ、無理に聞くことでもないだろう」
久しぶりにゆっくり夕食を取った気がする。
◇
窓から見える外は真っ暗になっていた。
空には月だろうか、大きな天体も浮いている。この世界にも宇宙があるのかもしれない。
部屋の中は外とは違ってかなり明るい。電気の照明と比べたら全く及ばないが、小さな魔道具だろうか照明がある。それのおかげで火事の心配なく電気の無い世界を明るく過ごせるというものだろう。
エレナはベッドで横になりながら今後の計画を練っているらしい。資金はいくらでもあるからそこそこの暮らしはしていけるだろうし、冒険者として旅に出るのも悪くない。そんなことを考えているとついついニヤついてしまう。
「ねえ、アオバ。明日準備を整えたら練習も兼ねて近場の草原にでも行かない?」
「俺はお前が行くならどこでも行くぞ」
「嬉しいけど、もう少し強くなってからね」
「やっぱそうだよな」
「そういえば適正テストはどうだったの」
「まあ、それは明日ということで。俺は疲れたから寝る」
「うん、それがいいんじゃない。ところで……」
忘れていたことを思い出した。この部屋のベッドは一つ。別に俺が何かしようとか考えているわけでは無いが、問題が無いかと聞かれると頷けない。
「ベッド一つしか無いし、私は床で寝るから」
「いやいや、流石にそれは出来ない。俺が下で寝るから」
「そんなこと無いって、これは健康にいいの」
「いいからお前はベッド使えよ」
「じゃ、じゃあ一緒に床かベッドで寝ない?」
そう言ってエレナは下した髪の毛をクルクルと巻いては戻しをし始めた。可愛いが今は決断を迫られている。どっちを選んでも同じような物だろうか。
「あ、でもその前にちょっと魔法を」
「え? なんのだ」
「生活魔法、洗浄」
目を瞑りながら短く呟くと全身に何かぞわっとした感覚が走った。それだけだ。
「身も心も綺麗になったでしょ」
「そうか? ぞわぞわしただけのような気がしたけど」
「それは魔力が流れたのを感じ取ったんだと思うよ」
「へー。普通に風呂入ればいいけど、どうせ無いんだろ」
「お風呂ならあるじゃん」
「どこに」
「大きな街には有料の集団入浴施設があって、王都のが一番有名らしいけど」
「お、そうだったのか。いや珍しい」
「アオバ、どこの出身だっけ」
「まあ言ってもいいかな、俺は異世界から来た」
「え?」
「異世界、まあ厳密に言うと少し違うかもだけど。この世界はいつ出来たんだ?」
「宗教の話? 王都で一番信仰されているテュルペ教だと天で一番大きな星よりも早く神が大地を作り、水を作り、法を作った。っていうことになってるらしいよ」
「詳しいんだな」
「そういえばなんでだろう。自分でも記憶については分からないけど、それは何も知らないアオバと同じでしょ、だからこれからも一緒にいなさい」
そう言って俺の方を見た後エレナはベッドに顔を押し付けた。自分で言ってみて恥ずかしかったのだろう。こっちとしては信頼してくれているなら凄くうれしいのだけどそういうものだろう。
後、神は凄い。世界を作った時に俺が来る前の時間から作ったのか。
「ほ、ほらアオバもう寝るよ……」
「お、おう……」
結局どうなったんだっけ。この流れは別に一緒に寝てもいいのか。そういうことでいいんだな。人生初、女の子と寝る。有り難や有り難や。心の中で神に手を合わせておこう。
「それじゃあ、失礼します」
「あ、あのねアオバ。恥ずかしいから、反対側向いて寝てくれない……」
最後の方をは聞き取るのが少し難しいくらい小さい声になっていた。可愛い。
「了解です」
そういうと枕元にあった照明を消した。
あとは目を閉じたらすぐ朝になるだけだ。
◇
寝れねえよ。寝れる分けがない。
背中に寝息を感じたまま童貞の俺が寝れる筈がない。そうでなくても寝れないだろう。
「ちょっとぐらいなら」
振り返ってみるとこの世の物とは思えない程の可愛い寝顔があった。ずっと眺めていたいような光景だ。