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魔物使い  作者: 紅凛
第二章:変化
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2-1





「やっぱり。ここにいたの? シルヴィ」


 ゴーディは騎士見習いの黒いマントを身に付け、青を基調にした制服姿で現れた。

 ここ、というのは秘密基地の小屋の事だった。

 シルヴィアは落ち込むと、ここに来て一人で考え込むようになっていた。


 

「父さんが聖ギリアム女学院に通えって言うんだ」


 そこは、かつてこの国を築いた国王の先祖の母である"聖女"が建てた由緒正しい有名なお嬢様学校だった。


「仕方ないよ。ただでさえ女の子は騎士団に入るの難しいんだから」


 心・体・技。そして、各種何れかの魔法。全てにおいてある程度の力を持っていないと騎士にはなれない。

 女性である上に、魔力を持っていないと判明したシルヴィアにとって、騎士になる……という事は、例え父が反対していなくとも不可能に近い事だった。


「俺は、父さんみたいな"金の使者"になりたいんだ!」


 "金の使者"というのは、ここヴァイス王国の騎士団において最高峰の栄誉であり、騎士たちの憧れの対象でもあった。

 父のジョナサンは数年前に毎年秋に行われるヴァイス生誕祭にて見事優勝し、ヴァイス国王から"金の使者"の称号を得ていた。


「シルヴィ。気持ちはわかるけど……君には母さんの傍にいてもらわないと」


 ここの所、母の具合が思わしくなかった。

 それまで膝を抱えていたシルヴィアは、立ち上がってゴーディの目の前に立つ。

 ゴーディは成長期に入ったのか、目に見えて背が高くなり、体格もしっかりとしてきた。

 自然とシルヴィアの視線は上に向く。


「母さん。最近、俺に料理とか裁縫とかを教えてくれるんだ。体力ないのにドレス作ってくれて……シルヴィアに似合うでしょ? って」

「そうなんだ」

「外に出ようとすると……魔物が出るから、危ないから……やめてねって。今の俺には自由な時間がなくて、最近、剣術の練習も出来てないんだ!」


 シルヴィアが外出規制されたのは、半年前くらいだったろうか。

 ゴーディが騎士団の寄宿舎に行っている間に、学校の登下校中に、何回か魔物に襲われたという。


「心配なんだよ。シルヴィ。もう三回くらい襲われてるだろ?」


 城下町の内部で魔物に襲われるという事自体が異常だった。


「……掠り傷だぜ?」


 実は、二、三回じゃきかなかった。

 決まって人気がないときに街中で襲ってきた。

 魔物に襲われる度に返り討ちにしたシルヴィアだったが、回数を追うごとに敵の数が増え、細かい傷を負う事になり、その度に毒におかされ、やむなく父や母にバレてしまった。

 魔物の唾液には人間にとっての毒があるのが厄介だった。


「僕も君が心配だよ。シルヴィ。この森も最近、物騒な話を聞くし。今日みたいに一人で来ちゃ駄目だよ」

「……」


 唇を噛んだシルヴィアを見て、ゴーディは彼女の肩に手を載せる。

 少し気弱だったゴーディは騎士団を担うにふさわしい少年に、そして他の同世代の誰よりも男らしかったシルヴィアは母に似たあどけない少女へと、それぞれ成長していた。

 この頃の双子を見て見間違える者などいないくらいに、その変貌は明らかだった。


「ゴーディ。早くしろよ」


 外でカインの声がした。


「ああ、悪い」

「……カイン?」

「僕、すぐに騎士団に行かなきゃいけないんだ。カインに家まで送ってもらうから」


 今朝、シルヴィアの姿が見えないと母から打診があって、ゴーディはすぐにカインと一緒にここに来たのだった。


「心配してるのは、何も家族だけじゃないって事だぜ? シルヴィ」


 カインは口元に笑みを浮かべた。


「ごめんな。カイン」


 シルヴィアの謝罪に、カインは軽く手を振った。


「いいって事よ。……じゃあな、ゴーディ。また後で」

「ああ。頼む」


 ゴーディは笑顔で駆け出した。

 小屋の外は雨が降っていて、カインの外套が相当濡れている事が伺えた

 残されたカインは、自分の外套の中にシルヴィアを入れると背に手を添えて歩き始める。


「ああ見えて、ゴーディは優秀だからさ。上に信頼されてんだよ。ここの所、本当に魔物の活動が活発化してんだ」


 カインの成長も著しく、既にシルヴィアの頭一つ分背が高い。


「何で活発化?」

「さあね。噂じゃ、"聖女"が現れたとか聞くけど」


 カインは眉間に皺を寄せた。


「"聖女"? って、本当にいるのか」

「ああ、いるだろうな。騎士団の連中も血眼になって探してるんだってさ」

「へぇ、詳しいな」


 シルヴィアは感心した。


「まあ、曲がりなりにも騎士見習いだからなー。魔物たちは"魔王"の復活を願っているし、"魔王"を産むのは"聖女"だからさ」

「そうなんだ? 俺はてっきり"聖女"は"天子"を産むのかと思ってた」


 幼い頃、母に読んでもらった絵本にそう書いてあったような気がするし、昔"聖女"に纏わる劇をやったが、それも"聖女"は"聖輝石"を持った青年と結婚して"天子"を産んだ事になっていたはずだった。


「"魔王"ってのは魔族の"天子"なんだよ。母親が"聖女"で、父親が人間に化ける魔物……魔族だってこったな」

「人間に化ける魔物……魔族?」


 初耳だった。


「桁違いに力が強い魔物は、人に化ける事があるんだってさ」

「ふーん。やっぱ良いな。騎士って! 自警団と違って、情報が格段に入ってくるもんな」

「そんなに目を輝かせたって無駄だぞ。シルヴィ。お前は騎士にはなれない。分かってるんだろ?」

「俺は諦めた訳じゃないぜ。どんな手を使っても絶対に騎士になってやるんだ」

「……それよりもシルヴィ」

「ん? 何?」

「オレと結婚しないか?」

「はぁ? 何言ってんだ。お前」


 シルヴィアは笑い飛ばした。


「オレの事、嫌いか? シルヴィ」

「冗談はよせよ」

「冗談なんかじゃねぇよ。本気だ。オレじゃ駄目か? やっぱ立派な騎士様じゃないと満足しないのか?」

「何言ってんだよ。カイン」


 突然、カインが強い力でシルヴィアの身体を引き寄せる。


「え? ……んっ」


 突然、カインに唇を塞がれ、シルヴィアは一瞬、何が起きてるのかわからなかった。

 雨の音だけが耳に届く。

 長い口づけが終わり、息が止まりそうになった時、カインは薄く笑みを浮かべて離れた。


「っ……カイン?」


 シルヴィアはされた事よりも、泣いているように見えるカインの姿に気を取られていた。


「お前の事がずっと好きだったんだ。シルヴィ。気づかなかったろ」

「カイン……」


 急に寒気がし始めて、シルヴィアは自分の体温が上がってくるのを感じた。


「……俺は、友達として……」

「オレは、もう友達としてお前を見られないんだ」


 もう一度、近づいて来ようとしたカインを押しのけ、逃れるように外套から飛び出すシルヴィア。


「カイン。落ち着け」


 雨がシルヴィアの身体を濡らしていく。


「シルヴィ。風邪ひくぞ」

「お前、おかしいぞ。……何があった?」


 シルヴィアは、カインを見つめる。


「オレはオレさ」


 そう言ってカインは笑った。


「いいから、早くこっち来いって。もう何もしないから」

「……」


 カインはああ言っているが、シルヴィア躊躇した。


「何怯えてるんだ? シルヴィ」

「怯えてなんか……」

「でも、震えてるじゃないか」


 自嘲気味に笑うカインを見て、シルヴィアは焦る。


「もう一度、言うぞ。オレと結婚してくれ。シルヴィ」

「……やめてくれ。結婚なんて考えた事、ない」

「じゃ、今ここで真剣に考えてくれよ」


 シルヴィアはカインの初めてとも言える真剣な眼差しを受けた。


「……」


 考えたって答えなんて出てくる筈がない。

 カインの事は親友だとしか考えられないし、今もこれからも騎士になる事が一番で、他の事など考えたくもなかった。


「ごめん……」


 やがて目を伏せたシルヴィアは、小さく答える。


「やっぱりな」


 カインの呟きを聞いて、シルヴィアは顔を歪ませる。

 雨で全身が濡れてしまった所為で、寒気が止まらず、膝が震え始めた。

 不意にカインは近づいてきて額に手を当てると、呆れたような顔になる。


「随分と顔が赤いなぁと思っていたけど、熱があるじゃないか。いいから、こっち来いって」


 強引に外套の中に入らされて、腕や背中を擦られるが、どうも居心地はよくなかった。


「さっきは無理やり……ごめんな。シルヴィ」


 息がかかる距離で囁いてくるカイン。


「友達じゃ、駄目なのか……?」


 我ながら驚くほど震えるような掠れた声が出た。

 視界がぼやけ始めていたが、カインの静かに見つめてくる表情だけは、はっきりと見えた。


「ごめんな」


 カインは謝ると、おもむろにシルヴィアの身体を抱きかかえ、そのまま踵を返した。

 着いた先は先ほどの小屋で。

 藁の中にシルヴィアを寝かせると、カインはシルヴィアの濡れた頬に手を添えて、シルヴィアの額に口づけした。


「今、人を呼んでくるから、ちょっと待ってろよ?」


 ――カインにキスされた額が、凄く熱い。


 そう思った瞬間、シルヴィアの意識が薄れた。






修正予約いれときます。何度書きなおしても納得いかないシーン!

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