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魔物使い  作者: 紅凛
第一章:子供時代
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1-4




 一通り見終わって、公園のベンチで剣を抜いてみると、とても軽かった理由が分かった。

 肝心の刀身がなかったのである。

 刀身がなければ、何も切れない。

 シルヴィアは苦笑する。


「まあ、お護りなんて……そんなもんだよな」


 持ち手の部分を鞘に戻すと、既に夕暮れが迫ってきていた。

 先ほど買った黒い虎のかぶりものを冗談半分で被りつつ、ベンチから立ち上がる。

 店終いしている露店の間を歩いていると、前方から外套を深くかぶった少年が駆けてきた。


「?」


 シルヴィアがその少年を横目に見て通り過ぎた時、遠くから物騒な一団を発見してしまう。

 少年を追っているのか、その一団も凄い速さで駆けてきた。

 咄嗟にシルヴィアは踵を返して少年を追う。

 少年が、丁度、道がくねった所に差し掛かった時、シルヴィアは少年の腕を掴むと屋台の隙間を縫って背後の芝生に少年を押し倒した。


「え? 君……何?」


 少年は非常に驚いた様子でシルヴィアを見つめてくる、シルヴィアは少年の口を軽く手で塞いだ。


「追われてるんだろ? しばらく……じっとしてろ」


 どうも切羽詰っているらしい少年の様子に、シルヴィアはそう言うと、しばらく様子をみる。

 やがて今さっき歩いていた道に数名の外套をかぶった大人たちが駆けてきて、辺りを見回し始めた。


「……」


 少年が、息を潜めて身を固くする。

 その一団はやはり少年を探しているらしいが、すぐ近くにいる自分たちに気付く気配がない。

 少年は闇色の外套付きのマントを被っていたし、自分は黒い虎の被り物を被っていて金髪が映えず、夕日に反射するものが何もなかったのが幸いした。

 夕闇と芝生が自分たちを絶妙に隠していた。

 目の前にいる少年の顔は、外套と夕闇のせいでシルヴィアにはよく見えなかったのだが、彼が着ている服からとても高級そうな香の香りがした。

 間もなく少年を探していた大人たちが、どこかへと駆けていく。


「ふう。行ったな」

「ありがとう」


 少年は、まだ甲高い声で丁寧に礼を述べた。


「勝手な事して、ごめんな?」


 シルヴィアは少年に手を差し伸べて、少年はシルヴィアの手を握って立ち上がった。


「いや、本当に……助かったよ。息が続かない所だったから」


 実際、少年はまだ肩で息をしていた。


「迷惑ついでに、もし良ければ騎士団の養成所の場所を教えてくれないか?」


 少年の言葉に、シルヴィアは笑顔を浮かべた。

 咄嗟に助けてしまったが、少年が犯罪者である可能性も拭えなかった。

 しかし、騎士の養成所に行くという事は、犯罪者の可能性は限りなく低くなる。

 騎士は犯罪者を受け入れる事などないからだ。


「ああ、良いよ」

「頼む」

「こっちだ」


 シルヴィアは公園を出て、更に家とは反対の方に向かった。

 夕飯時の町並みを歩いていると、少年の腹が小さく鳴った。


「食いかけだけど」


 そう言って、シルヴィアは懐から屋台で買った板状のチョコレート菓子を取り出して少年に渡す。


「いや……」


 慌てた少年はそう言って、シルヴィアに菓子を戻そうとした。


「チョコ嫌いだった?」

「好きだけど……金を持ってないんだ」

「金なんていらないよ。お腹すいてるんだろ? それ、美味いぜ? これも飲んでみなよ。チョコだらけだけどさ」


 シルヴィアはそう言うと、密閉状のチョコレートを溶かした飲み物も少年に押し付けた。


「本当にいいのかい?」


 少年は菓子と飲み物を受け取ると、シルヴィアに確認する。


「ああ。遠慮するなって」


 シルヴィアはそう言って、少年の腕を軽く叩く。

 かなり腹が減っていたのか少年は菓子と飲み物を、あっという間に平らげてしまった。


「今まで食べた物の中で、一番美味しかった」

「そんな、大袈裟な」


 シルヴィアは苦笑した。


「これがギリアムで……ああ、あそこだ」


 騎士団の養成所は、国で一番のお嬢様学校で有名な聖ギリアム女学院のすぐ近くにあった。

 ゴーディから話は聞いていたが、シルヴィアも実際に養成所に来るのは初めてだった。

 大きな学校がある道を曲がった先に、赤レンガ仕立ての立派な建物が見えてくる。


「なあ、君」


 外套の少年がシルヴィアに声をかけてくる。


「どうして何も聞かないんだい?」

「え? 聞かれたかった?」


 その返答は、少年にとっては意外なものだったらしい。


「いや……でも気になるだろう?」

「まあ、気にならないと言ったら嘘になるけど。誰にだって聞かれたくない事の一つや二つあるさ」

「本当にありがとう」


 少年が頭を下げたのを見て、シルヴィアは身構える。


「危ない!」


 蝙蝠の一団が、急に低空飛行してきたのが見えて、咄嗟に少年を突き飛ばすシルヴィア。

 思わず刀身のない剣を抜いてしまう。


(しまった!)


 そう思った瞬間、蝙蝠たちが自分目掛けて襲ってくる。

 しかし、良く見れば、ぼんやりと光る立派な刀身が視界に入った。


(え?)


 疑問はさて置き、刀身を確認したシルヴィアは昔、父から習った剣術を使った。

 一度、剣を鞘に入れると、蝙蝠の集団の中に身を滑らせて、剣を抜いた瞬間それらを切り捨てる。

 そのまま素早く剣を鞘に戻すと、尻餅をついて驚いていた少年に手を差し伸べた。


「大丈夫か?」


 少年は、不意に夕日に照らされたシルヴィアを熱心に見つめた。

 虎の被り物のせいで不格好な黒髪のおかっぱ頭に見えていたのだが、その顔はとても美しく夕日に映えていた。

 そして、少年はシルヴィアの手を借りて立ち上がると興奮したように声を上げた。


「君、強いんだね」

「君こそ、騎士団に入るんだろ? すぐに俺より強くなるさ」

「頑張るよ」

「じゃ。お別れだな」


 立ち去ろうとしたシルヴィアの肩に手を載せる少年。


「待って。君、名前は?」

「ここで俺が名前を言ったら、俺も君の名前を聞かないとフェアじゃないけど。……今は、言えないんだろ?」


 未だに外套を深く被っている所からして、何かしらの事情があるに違いなかった。


「確かに。何から何まで本当にありがとう」

「気にするなよ。また、どこかで会えるといいな」

「ああ。その時は、君の剣術を是非とも教えて欲しい」


 どうやら少年は、シルヴィアを騎士見習いだと思っているらしく、そう言って養成所の方へ歩いていく。


(まあ、いっか)


 こうして、シルヴィアは不思議な外套の少年と別れた。

 その後の帰り道も、しつこく蝙蝠が襲ってきたが、老婆から貰った"お護り"が凄く役に立ってくれた。

 この剣の刀身は、必要がある時だけ、その姿を見せてくれるらしい。

 虎のかぶりものは途中でボロボロになってしまったが、それ以上に"お護り"の価値が高まった。


「今日もついてない日だなぁと思ってたけど……あの、お婆さんに感謝しなきゃ」


 シルヴィアは苦労してボロボロな"お護り"を両親や侍女たちに見つからないように自分の部屋へと運んだ。

 夜中、こっそり起き出してボロ布と磨き粉で"お護り"を綺麗にしてみると、意外と高級そうな仕上がりになる。


「へえ。悪くない……っていうか良い剣だ。装飾も、結構作りこんであるし……刀身があれば尚いいんだけど」


 翌日も中央公園のバザーに立ち寄ってみたが、昨日の老婆はどこにもいなかった。







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