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七歳になった双子は、元気に野山を駆け巡っていた。
「ゴーディ、カイン! 早くしろよ!」
シルヴィアは長く伸ばした金髪を無造作に後ろで結び、半袖の上着に短パンといった動きやすい服を好んだ。
まるで男の子みたいな言葉遣いのシルヴィアは双子の兄であるゴーディにそっくりだったので、一見しただけでは双子の見分けがつかないくらいだった。
双子と親しくなった者は、元気の良すぎる方がシルヴィアで、ややおっとりした方がゴーディだとすぐに見分けがついたが。
「シルヴィ。一体、どこいくんだよ?」
双子と一番親しいカイン・ディーヴァが赤茶の髪を振り乱しながら駆けてきた。
小麦色の肌がすっかり汗ばんでいる。
「あれ? ゴーディは?」
双子の片割れの姿が見えないので、シルヴィアはカインを不思議そうに見つめた。
「あっちで、へばってる。……お前、体力有りすぎだぞ?」
カインは、その場で膝を折り、肩で息をしていた。
「ったく、情けないなー。そんなんじゃ"金の使者"にはなれないぜ?」
キョロキョロと後ろを振り返ってゴーディの姿を探すシルヴィア。
「オレんトコはお前の親父さんみたいな出世株の騎士じゃないし。街の鍛冶屋の息子なんて良いトコ、辺境警備だろ? 適当で良いんだよ」
「志が低すぎるぞ。カイン」
「お前が高すぎるんだっ」
本当はよっぽどの理由がない限り女性が騎士団に入れない事を知っているカインは苦笑した。
「シルヴィ~。カイン~。どこ~?」
「ゴーディ! こっち、こっち!」
ふらふらとした足取りで、ようやく追いついてきたゴーディに手を振るシルヴィア。
「少し、休もうよ……僕、足がクタクタだよ」
ゴーディはカインの傍に座り込むと、足をさすり始めた。
「これから秘密基地をつくる予定なんだぜ? 今からそんなんじゃ、これから力仕事するってのに、どうするんだ?」
シルヴィアの呆れた口調に、ゴーディとカインは驚く。
「え?! 秘密基地!?」とゴーディ。
「おい待て。秘密基地って……どーやって作るんだ?」とカイン。
「心配するな。もう道具はあっちに用意してあるんだ。あとは迷いの森の泉の近くで木を切り倒して……」
シルヴィアは恐ろしい言葉を口にした。
「待った! 迷いの森?! 木を切り倒す所からはじめるのか!?」
カインが堪らずシルヴィアに詰め寄る。
迷いの森――とは城下町の外れにある鬱蒼とした森で、魔物が潜んでいるという噂があった。
「ああ、そのつもりだけど? もう土台は作ってあるんだ。あとは、壁とか屋根とかの材料を作って組むだけだってば」
「土台を作ったぁ?」
カインは目を丸くする。
注意深く見れば、シルヴィアの白い手に幾つかの傷が見てとれた。
「昨日の夜中に準備は済ませておいたんだ。ついでに土台もさ」
「シルヴィ! また夜中に部屋抜け出したの?!」
ゴーディが目を丸くする。
「時間が惜しかったんだ。父さんと母さんには内緒だぞ?」
ペロッと舌を出すシルヴィアに、カインは呆れた。
「お前さ。一応、女なんだから気をつけろよなー」
「はいはい。わかってるって」
全然わかっていないシルヴィアに、カインとゴーディは顔を見合わせた。
「ゴーディ、お前シルヴィの兄さんだろ? もっと、しっかり監督しとかないと、何かあってからじゃマズいぞ?」
「そんな事言ったって……考えてもみてよ。シルヴィの監督が僕に務まると思う?」
シルヴィアは大人顔負けの計画力に加え、それを凌駕する実行力でクラスの男子をまとめあげる事すらあった。
お陰様でゴーディとカインは、これまでに数々の大冒険を強いられ、心身ともに鍛えられてきたのである。
「うーん。難しいかもしんない」
「でしょ?」
「でしょ? じゃねーよ。務まらなくても、見張る事くらいは出来るだろ?」
「じゃあ、カインも協力してよ。僕だと体力もたないし」
「……体力作りからかよ……」
カインは脱力した。
「何やってんだよ。二人とも! ぐずぐずしてたら日が暮れちゃうぞ」
二人の心配など考え付きもしないシルヴィアは、目の前に広がりつつある迷いの森へと向かっていた。
カインはゴーディを引き寄せて耳打ちする。
「いいか? シルヴィは自覚してないみたいだが、黙って微笑んでいれば超がつくほどの美人なんだ」
最近、体格も丸くなってきて、その美貌に拍車がかかってきている。
今までは自分たちと同じだと思っていた他の男子たちも、最近になって目の色が変わってきたのをカインは知っていた。
その事については、随分前から二人とも危惧していて、シルヴィア抜きで話し合う事も良くあった。
「この前の文化祭の時の村娘役は、僕も衝撃的だったからね……」
ゴーディは、そう言って深く頷いた。
一週間ほど前に開催された学校の催し物で、自分たちのクラスは定番である"聖女"の寸劇をやったのだが、台詞のない微笑んでるだけの脇役だったシルヴィアが注目の的だった。
ドレス自体を初めて身につけた上に、薄化粧まで施されていて、シルヴィアをよく知る者にとっては、まるで夢のような……悪夢のような出来事だった。
「シルヴィも女の子だったんだなぁって、しみじみ思ったよ」
文化祭の周辺での母とシルヴィアの交流も"まるで女の子がいる家庭"のような会話だらけで、違和感を感じたのはゴーディだけだろうか?
「シルヴィアには、白いドレスが似合いそうね」
病弱でベッドに横になっている事が多かった母だったが、この時は楽しそうに家族と食卓を囲んでいた。
「えー? 青とか赤が良いなー」
「はっきりした色の脇役がいると主役のマリーが可哀想よ?」
「そうだよね。白、か……」
「じゃあ、こうしましょう。白地に赤と青のお花の刺繍をするわ。何が良いかしら」
「母さん、薔薇が良い。薔薇にしてくれる?」
「良いわよ。じゃ早速、寸法測りましょうか」
そんな会話の後、父とゴーディは何故だか居たたまれない空気を飲み込んだ。
「オレはあいつが変な奴に傷つけられて凹む姿なんて見たくないんだよ。わかったか?」
いつもは世の中を斜めに見て達観している風な、どこか軽い調子のカインだったが、この時ばかりは珍しく真剣な表情を浮かべていた。
「カインってさ。シルヴィの事、好きなの?」
「な……!」
ゴーディの発言に、カインは顔を赤くした。
「ふーん。そうなんだ?」
「うるさい。そーいうお前はマリーが気になってんだろ?」
寸劇で主役をはったマリア・ウェルズは、クラスの女子をまとめる姉御肌だった。
「う……。お互いに筒抜けって事だね」
「どんだけ一緒に行動してると思ってんだよ。相棒」
「そうだね。お互いに協力しよう」
カインとゴーディは肩を組んでお互いに笑みを浮かべた。
「遅いぞー!」
機嫌が悪くなったのか、一直線にこちらへ向かってくるシルヴィアを見て、二人は慌てて駆け出した。
泉の近くの小屋が完成したのは、それから三ヶ月経った時の事だった。
***
学校の教室で、シルヴィアはゴーディ相手に紙を丸めて棒状にしたものを剣代わりに振り回していた。
「いいぞ! シルヴィ!」
「負けるな、ゴーディ!」
両者なかなか本格的な立ち振る舞いに多くのギャラリーは男女とも見とれていた。
「こらー! 男子たち、また掃除サボって! いい加減にしなさいよ!」
それはマリア・ウェルズという学級委員長で、黒髪に緑の瞳を持つ利発そうな女の子だった。
「マリー、男子たちじゃないよ。シルヴィもいるでしょ?」
ゴーディが苦笑しながら言うと、マリアは怒ったように声を張った。
「似たようなものでしょ! 教室で暴れるのもいいけど、誰かが怪我してからじゃ遅いのよ? さ、掃除して頂戴!」
「わかったよ。ごめん」
マリアが差し出してきた箒をシルヴィが受け取ると、言うだけ言ってスッキリしたのかマリアは女子のグループの元へと歩き始めた。
「ったく、マリーは真面目なんだから」
楽しく観戦していたカインはボヤいたが、双子は反省し、次からは校庭で剣術の訓練を始めた。
「シルヴィったら、わかってるのかしら?」
思わず見とれてしまうくらいに無駄のない双子たちの美しい剣術を窓から見ていたマリアは小さく呟いた。
とにかく校内ではガイア家の双子は有名で、どこにいても目立つ。
「もう少し大人しければ目の保養になるのにね」
明るい茶髪に優しい若葉色の瞳を持つフラン・ジュールが、マリアの隣りで残念そうに溜息をついた。
「無邪気な顔して危ない事を平気でやるのよ。見てる方は落ち着かないわ。……ほら、また!」
鉄棒の上で、対決しようとしている双子を見たマリアは、窓から身を乗り出した。
「こらー! 危ないでしょ! やめなさい!」
怒ってるマリアを見上げて、双子は鉄棒の上に登るのを止め、謝るような仕草をしてきた。
「妙に素直なのが憎めないのよ!」
何だか複雑そうなマリアの顔を見て、フランが苦笑した。
「私も好きよ? そんなマリーも含めてね」
「好きとは言ってないじゃない。フラン。どちらかと言えば迷惑を被ってる方なんだから」
「学級委員長は辛いわね」
フランは、慰めるようにマリアの肩に手を載せた。