今日、彼女は居なくなった
※これは2013年8月のコミックマーケットで頒布したショートドラマCD
Contradicted happiness vol.1に収録されています
Tr04 今日、彼女は居なくなった。 の元台本です。
今日、“彼女”は居なくなってしまった。
とはいうものの別に家出をしたわけでも、事故や病気になって死んでしまったわけでもない。
現に彼女は俺の目の前で自分の部屋の掃除をしている。
右手に持った大きなゴミ袋にノートの断片とか、どっかのご当地キャラクターのついたボールペンとか、赤いリボンとかを入れていっている。
俺はかれこれ10分程その様子を眺めていた。
「ねぇ、ボクをじっと見てないで片付けるの手伝ってよ。
片付けようと言ったの君なんだから」
彼女は今日おばさんに切ってもらったばかりの変にそろった黒髪を揺らし急にこっちを向き、
少し怒った顔をして言ってきたが
「嫌だ。
ここは君の部屋なんだから
君がいるモノといらないモノを別けて捨てていかなきゃいけないだろう」
と、俺は彼女の部屋の入り口から動く気はないことを宣言した。
(嘘をつけ、彼女が捨てなければいけないんじゃなく、
俺が捨てれないから彼女に捨てさせてるのだろう)
そう、俺は彼女の部屋にある全てに触れなかった。
それどころかこの部屋に入ること自体ができないでいた。
彼女に分からないように立っているが
すでに足は小刻みに震え、背からは多くの汗が出ていた。
“彼女”がいた部屋。
そんな所に入ってしまったら、俺はそこからもう動けなくなってしまう。
だから、俺は何もしないふりをしながら
彼女のゴミ袋を奪って、全部全部抱きしめてしまいたい衝動を抑えつつ
その場に立っていた。
彼女はブツブツ文句を言いながらも
次々と彼女にとって要らないモノを捨てていっていた。
その光景がもう15分くらい続いただろうか。
彼女が急に俺の方にやってきた。
その手には一通の薄緑色の封筒が握られていた。
「ボクはこんなの書いた覚えはないのだけど、
これ君宛って書いてあるから渡しておくね」
そう言って渡すだけ渡すと
「なんで人の手紙をボクの部屋に置いていくかな。
後、なんでボクの部屋ってボクの趣味とは違うモノがいっぱいあるのだろう?
そりゃ、ピンクとか嫌いじゃないけど
どちらかといえば、青とか黄色とかの方がいいのにな」
などと言いながら、またゴミ袋を持って片付けをはじめた。
さっきまでならその言葉に何か反応を返していたのだが
今の俺は何の言葉も出なかった。
目の前に“彼女”の字があった。
俺は一度、封筒をギュッと、
けど封筒をくしゃくしゃにしないように抱きしめた。
そして、ゆっくりと胸から離して、ネコのシールの封を丁寧に外し
封筒を開けて中に入っていた手紙を取り出した。
まず目についたのは、“彼女”の字で書かれた
俺に宛てたことを意味する、俺の名前とへという文字。
そこから続くのは
今までのお礼とそれから
私の事は忘れないで。と
私の為に泣かないで。と
新しい私をよろしく。という3つのお願いだった。
俺はゆっくりと手紙をたたみ、もう一度封筒に戻して
目をつぶって、上を向いた。
今日、“彼女”は居なくなってしまった。
“彼女”は自分を本来居ない存在なのだと話した。
本来は存在しないけど、出てこないもう一人の‘彼女'の為に
箱庭と化した部屋から出たいと願った‘彼女’の為に
‘彼女’が箱庭の外での場所を作ってあげる為存在しているのだと。
だから‘彼女’は日中に箱庭で過ごし
“彼女”は夜間に箱庭の外で過ごしていた。
そして“彼女”の‘彼女’の居場所作りの一環として声をかけられた
56番目で初めて相手をしてくれた人間が俺だったそうだ。
出会った時の“彼女”は黒いくしゃくしゃな肩より少し下くらいの髪を
揺らしながら不気味なくらいニコニコとしていた。
それが俺や俺を通じて出会った人々と過ごす日々を経て
笑顔が多い事は変わらないものの、
怒ったり、泣いたり、笑ったり、自分を出すようになった。
そして、それが‘彼女’にも影響を出し始めて
おばさんと話すようになったとおばさんから聞いたと“彼女”から聞いたのが
それから少ししてからだった。
俺たちはそれを喜んだ。
けど、すぐにもう一つの変化にも気づくこととなった。
“彼女”が‘彼女’でいる時間が次第に長くなってきたのだ。
“彼女”が俺たちの所に来る時間が次第に遅くなり、
一緒にいれる時間もどんどん短くなった。
そして、30分程度で“彼女”が‘彼女’へと切り替わる前兆となる
眠気がきてしまうようになって3日目に
彼女はもうこの場所に来ることはない。と言った。
きっと後少しで私は消えて
“私”と‘彼女’が合わさった新しい私となるんだと思う。
だから、もうこの場所に“私”が来ることはない。
と。
そして、本当に“彼女”は来なくなった。
誰もが“彼女”の家に行ってどうなってるか確認したい気持ちを抑え
変化を待ち続けた。
そして、その変化は1週間と2日経った今日
“彼女”の母親からの電話という形であらわれた。
ここ数日眠り続けていたのだけど
さっき起きてきて、髪を切って欲しいと言ってきた事。
ここ数日体調を崩して、ずっと寝ていたのだと思っている事。
昔の‘彼女’寄りの、新しい別の人格となった事。
俺たちの事は覚えていて、記憶自体は“彼女”と‘彼女’が混ざり合って
まだらな感じである事を伝えてくれた。
そして、一番最初に“彼女”の家にたどり着くことのできた俺が目にしたのは
本当に髪の長さから笑う時の仕草まで俺の知っている“彼女”とは違う彼女がそこに居た。
俺は胸に大きな穴が空いたような喪失感に襲われたものの。
足を踏ん張り、無駄に笑顔を浮かべ
俺たちで事前に話し合っていたように
「ちょっと、部屋を片付けに行こうか」
“彼女”が願った通り、彼女が自分の場所を作れるように
まずは“彼女”と‘彼女’ではなく彼女としての最初の居場所を作る為に
“彼女”と‘彼女’の痕跡を減らして、彼女の色を出す作業から開始。
今日、“彼女”は居なくなってしまった。
けど、
今日、彼女はやってきた。