夢を渡る男
「えっ、それって」
そこでもう一度、小夜子は床に点在する謎の品々たちを見回した。それらはどこかの国の呪術に使われる道具だとか、日本で出土された古い仏像ですとか言われてしまうとそれはそれで信じてしまいそうなものばかりであった。
しかしながら、コレクションと言われるにはあまりにも無造作に置かれすぎている気がするし、一つ一つのアイテムに関してもどこか東洋と西洋の雰囲気が混ざり合ったような、無国籍風な印象を受けた。
したがって、西の言う夢からのお土産───すなわち夢の産物という言葉は非現実的ながら妙な説得力を持っていた。
「…でも、夢から物体を持ってくるって、どういうことなんですか」
「それは僕も良くわかってないけど」
そういいながら西はすぐ足元に転がっていた、随分と古そうな木像を何気なく手に取った。髪を下ろした肉感的な女性───有名な絵画・ヴィーナス誕生のヴィーナスを模した木像らしい。
ただし、彼女の顔はわずかな憂いを帯びたあの恍惚の表情ではなく、目を柔らかく閉じた大日如来のそれだった。ご丁寧に白毫までついている。
「おそらく、僕が見た夢のなかで触れたモノや、見た夢の象徴となるものがたまに僕の波長と重なり合うんだ。きっとそのとき、夢の何かしらが作用してその夢の一部分が具現化されるんだ。───ただ、夢の中の産物だから不確かなものや無秩序なものも多いんだ。」
そういって西は小夜子に大日如来の顔をしたヴィーナスの木像を差し出した。
「…へんなの」
これは確かに悪趣味である。
「でも、たまにおかしなものを拾ってくるときがあってね。あっ…!!あの箱には触るなよ。多分あれは確か、悪夢から取り出した箱だったから。」
部屋に入って来てすぐに見た、あの白い布でぐるぐる巻きにされた黒い箱のことを指しているらしい。そう言うならば、あんな正面にも置いて欲しくはないのだが。
危うく触れそうになったりしたらどうするつもりだったのかしらと小夜子は西の危機管理能力のなさに、少しだけ呆れた。
「触れたら、どうなるんですか?」
「それはもちろん───死ぬんじゃない?」
でも多分あの扉を開けるときっと手鏡とかが置いてあった気がするよ、夢の中で見たきりだったけど。西はふざけるわけでもなく、淡々とそう口にすると、さて話を戻そうか。と言って悪趣味なヴィーナス如来の木像を部屋の奥にぶん投げた。ヴィーナス如来は縦に回転しながら、放物線を描いてやがて部屋のどこかへ埋もれた。
恐らくはこの男、ずぼらである。
「で、君の見た夢の話なんだけど。」
まるで法螺話を聞かされていた気分だった小夜子ははっとして今日の本来の目的を思い出した。そうだ、鳥の夢。
「結論から言えば恐らく、君と僕はどこか波長が合うらしいね。僕の見たい夢のチャンネルと、君が普段見ている夢のチャンネルの系列が近いらしい。よくあるだろ、テレビやラジオでも、たまに電波が混在する瞬間。
君が始めてその夢を見たとき、それはきっと僕がその夢を見ようとした日だ。
でも不思議なことに、僕が夢の中を"歩い"ても君の夢の中には入れないんだ。───本当に、なんでかわからないけれど。」
西はそう言ってから、黙り込んでしまった。何かを考えているらしい。そんな西を眺めながらいると、小夜子はある疑問を感じた。
「先生は、鳥の夢を見たいって言ったけど…なんであんなもの見たいと思ったの?すごく苦しくて、残酷な夢よ」
今思い出しても、心の底から震える。その夢は小夜子にとってトラウマとなりつつあった。目を恐怖で潤ませて、もともとから色白な肌をより青白くさせた小夜子を見て、西は躊躇の表情を見せた。
「それは…興味があったからだよ。単純に、趣味の延長で見たいと思ってただけなんだ。
だからこそ、こんな事に君を巻き込んでしまったことは申し訳なく思ってる。」
小夜子はそんな西に、怒りを覚えるのではなく単純に変わった人だなあという感想を抱いた。
「でも、僕に一つ案がある。こうなったのは僕の責任だ。───良ければ協力して欲しいんだ。」
西は、テーブルの上の日めくりカレンダーを見た。つられて小夜子も同じ方向を見て、はっとした。明日は、火曜日。つまり今夜0時を過ぎるとまたあの夢がやってくるのだ。
「今までも君のその夢を探したけど、波長が近いくせにその入り口がわからないんだ。まるで隠し扉でもあるみたいに。」
小夜子にはなんのことかさっぱりわからなかったが、まあそんなものなんだろうという気分で聞き続けた。授業中の余談にしても、西の話は理解できた試しがない。
「僕が思うに、君の夢の波長をより僕の波長に近づけるには、なるべく近くで眠った方がいい。それに、ちょうど明日は火曜日、しかも今夜は新月だ。───今夜は、僕の隣で眠ってもらうよ。」