夢の主
その夢は毎週土曜日の明け方にやってきた。
初めてその夢を見たとき、その日をわたしはよく覚えている。あれは、幼稚園を卒業する直前の、卒園式前日の明け方だった。
「小夜子ももう小学一年生になるんだから、一人で寝ないとね。」
一人っ子のわたしには生まれた時から自分の部屋が与えられていたが、その部屋はまだ小さいわたしにはどうにも広すぎて落ち着かない気分だったので、眠るときはいつも両親と同じ部屋だった。
しかし、せっかくあなたの部屋があるんだから!と母はいつも少し残念そうな口調だったので、幼稚園を卒業すると同時に、半ば強制的にわたしは一人部屋デビューを果たすことになったのだった。
初めての大きなベッド、真新しいマットの匂い、そして明日は卒園式。
大好きだった先生や、いちばんの親友だったうさぎのピョン吉とお別れするのが悲しくて、それでいて、どこかひとつ大人びた気持ちになっていたわたしは胸が落ち着かなくてなかなか寝付けなかった。
あんなに遅くまで眠れなかったのは初めてで、恐らくそれがいけない事であるという子供らしい理由も手伝って尚更眠りに就くことができなかった、そんな午前3時過ぎ。
わたしは、自然に襲いくる睡魔を大人しく待つべくして頭まで布団を被り、胎児のように丸くなっていた。
コチコチコチ、と時計の音だけが妙に大きく聞こえてくる。
まるで寝付けないわたしをせかすような音だと、その時計の針には非情ささえ覚えた。
そして、ついに───夢の主は突然現れた。
その瞬間、わたしは不意に誰かに抱き締められるのを感じた。
姿は見えない。それでも感じる人の、柔らかくてずっしりとした生々しい感触。
振り払うことはおろか指先をひくりとも動かすことができず、声もあげられないまま、わたしはその微かな人の気配にただ困惑していた。
怯えるという感情すらまだ持ち合わせていない、あどけなく幼いわたしに対して、その気配は大胆にもわたしの身体を起こした。
肩を掴まれる感覚が伝わって、それから、そのまま、唇を触れられた。
柔らかいそれは果たして相手の唇だっかた、指先だったのか。
その時のわたしは幼すぎて、なにもわかっていなかった。それでも、その行為がどこか背徳的なものであることを直感的に感じていた。謎の多幸感に包まれたまま、気がつけば朝だった。
それ以来、誰かにキスをされる夢はずっと続いている。
もちろん、それは誰にも秘密だった。