恐怖
寛平四年(八九二)秋、是定親王家歌合が行われた。貫之は心を宙に浮かせたまま、歌合に出席した。この席には今をときめく有名歌人達が集められていた。友則をはじめ敏行や大江千里、壬生忠岑、文屋朝康など名の知られた歌人がぞろりと顔を並べている。その中で一番若輩で、歌人としても新人であるのが貫之だ。貫之はこの時、まだ二十二歳だった。
歌合が始まった。左右双方優雅に歌が詠み上げられていく。
「ではご用意をお願いしてあった、秋の憂いの歌を詠んでいただきましょう。この席で一番お若い、紀貫之殿の歌をご披露いただきたい」
緊張の中、貫之が前もって準備していた歌を講師(歌を詠み上げる人)が詠みあげた。
独りしも秋にはあはなくに世の中の悲しきことをもて悩むらん
(あなたに逢えぬ孤独な秋、世の中の悲しみを持て余し悩むことだろう)
独り身のあなたに逢えない秋だから、心の弱い私は、あなたとの事を噂する世の中や、あなたに逢えない悲しみを持て余し、悩んでしまうことだろう。と言う意味だ。自分なりにそれまでも様々な古歌、名歌を研究したうえで、少し字余りでも、秋の哀愁に相応しい心を詠んだと思っていた。しかし人々の表情はあまり動く様子が無い。吟味する以前に納得されてしまったような、そんな空気が流れた。
「いかにもお若い方に相応しい詠みぶりですね」
念人(自陣を応援する人)がそんな感想を漏らす。それが良い評価なのか、期待外れだったのか、緊張する貫之にはわからなかった。
「次は大江千里殿の歌」
講師が大江の歌をゆるりと詠みあげる。
月見れば千々に物こそ悲しけれ我が身ひとつの秋にはあらねど
(秋の月を見ると、さまざまな物思いに駆られ、悲しくなる。
自分だけに秋が来るわけではないのに)
貫之はすぐに己とこの席に列席している歌人との差を知らされた。まず、千里の歌の方が語感が良い。自分の字余りを差し引いても、言葉の音になめらかさがある。秋は深くものを考える季節。だから秋の月を見てさまざまな思いにとらわれては、悲しい思いをしてしまう。自分ひとりの身の上に、秋が訪れる訳でもないのに。と言う意味だが、同じ悲しみでも自分の歌は単純に「悩む」だけで、千里の歌は他人の悲しみに共感しつつ、それでも己の悲しみに沈んでしまう心のありようを詠んでいる。貫之と同じく心弱りの歌なのだが、千里の方が工夫と趣があるように思えた。
さらに今度は壬生忠岑の歌が詠まれた。
山里は秋こそことにわびしけれ鹿の鳴く音に目をさましつつ
(山里は秋にこそ侘びしいものだ。人の気配の無い中、幾度も鹿の鳴き声で目覚めてしまう)
朝の訪れが遅くなる秋の寝覚めと言うのは、そこはかとなく寂しさが漂う。夏の朝と違ってなかなか明るくならない寂しさともどかしさ。夢うつつに耳にするのが人の気配ではなく、短い山の秋の寂しさに仲間や紅葉を恋しがって鳴く鹿の声。幾度もそんな風に目を覚ますと、山里の寂しさが余計心にしみて来る。静まり返った山中に、耳の奥に響く物悲しげな鹿の声が聞こえるような歌である。あまりの美しい詠みぶりに、幾人かがため息をつく。
続いて詠題は「秋の白露」に移った。名だたる歌人達の美しい歌が次々と披露される。特にこの題では文屋朝康の歌が秀逸であった。
秋の野におく白露は玉なれやつらぬきかくる蜘蛛の糸すぢ
(秋の野に置く白露は宝玉なのか。貫く蜘蛛の糸の通った様子の美しさよ)
秋の野に置かれた白露は実は宝玉であったのだろうか。蜘蛛の糸が貫き通し、掛けた所に光が当たり、その露の輝くあり様の何と美しい事だろう……と言う意味だ。日常に見える美しい情景を、鮮やかに切り取った歌であった。しかしこのように歌にすると、まるで水滴が本当に宝玉のように輝くように思えて来る。情景を切り取りながらも、そこに情緒を感じさせている。「玉なれ」や「つらぬきかくる」と言う言葉が、雅を誘っているのだ。
これが本物の歌人の歌の力。自らとの実力の違いに、貫之はどうしようもない惨めさを味わった。自分がどれほど浮かれていたか、見せつけられたような思いだ。
貫之の心をよそに、歌合は進んで行く、今度は「花の心」をその場で詠むように言われた。
名にし負はばしひて頼まむ女郎花人の心の秋は憂くとも
(強いてでも頼んでみようか。女の名を持つ女郎花に望みを託して。
人の心の頼りなく、飽きやすさに辛い思いをしようとも)
即興で詠まねばならぬ歌。しかもこの題では花を強調する必要がある。これは擬人法と呼ばれるこの頃の流行りの新しい技法だった。擬人法には虫や鳥、動物などを人の心にたとえて詠む方法と、花や木々に心を託す方法がある。ここでは花に人の心を宿らせて歌う必要があった。流行りとはいえ人の心が無い物の心を空想するのだ。即興歌としてはかなり凝った題である。
貫之は季節の花に女郎花を選んだ。とっさの事なので、その名の中にある女の文字に人の心を表しやすいと考えたのだ。擬人化には単純すぎる気もしたが、女の心の頼りなさ、つれなさを秋の花に詠むのに懸命で、凝ったことも思いつかず字あまりとなった。だが結びの語感など悪くない感じがしたのでそのまま詠む。
この歌には人々も少しは感じ入ってくれたようだった。貫之はほっと胸をなでおろした。
しかし、次の「雁信」を題にした時、貫之はまたしても自分の未熟を思い知らされた。
雁信とは唐の国に古くから伝わる故事で、雁が秋に心にかかる人からの知らせを伝えてくれると言う意味に使われている。これも擬人法の解釈だ。貫之は、
「この歌は越の方に私の思う人がいる頃、詠んだものです」と言ってこう詠んだ。
秋の夜に雁かも鳴きて渡るなるわが思ふ人のことづてやせる
(秋の夜に渡り鳥の雁が鳴いている。私が恋しく思う人の、言伝を伝えているのだろうか)
真っ暗な夜の中でも聞こえる雁の鳴き声。その声に自分が思う人の便りを託されているかもしれないと期待する。雁と言う秋の渡り鳥の声に、人の心を聞き取ろうとする歌だった。詠題である唐の故事から、雁の鳴き声に注目した歌だ。以前貫之はこの歌を、あの初恋の娘を思い出しながら詠んでいた。彼女は今、越の国にいる。雁は越の国も通って渡り来る。その鳴き声に彼女の思いが託されていたならば……。以前作った歌だったが、貫之はこの晴れの場で彼女への懐かしい初恋の想いを詠んでおきたかった。だが、
「まだ若いのです。無理に技に勝る必要はありませんね。真っ直ぐな詠みぶりは良いのですから、しばらくは素直に詠むのがよろしいでしょう」
相手の陣の念人が貫之にそう言った。あまり良い評価は得られなかったのかもしれない。
「では、私が詠みましょう」
良い歌が詠めなくて場を盛り上げられないことを悔やむ貫之をかばうように、友則がそう言って歌を詠んだ。しかしその歌こそが貫之に深い反省を促すためのものであった。
秋風に初雁が音ぞ聞こゆなる誰が玉章をかけて来つらむ
(秋風に初雁の鳴く声が聞こえる。誰の便りを託されて来たのか)
歌の意味は貫之とほぼ同じである。雁の鳴き声に誰かの便りを期待する。雁の姿よりも鳴き声に着目して詠むところまでそっくり同じである。しかしこの歌は貫之の歌と比較にならない雅やかさがあった。まるで貫之の歌の欠点を添削したかのようである。
鳴き声という言葉をそのまま用いず「雁が音」と優雅に表し、誰がと言いながら雁の声に耳を澄まさずにいられない心が、自然と我が思う人を連想させる。そして貫之は直接的に「ことづて」としか表現できなかったのに対し、友則は「玉章(便り)」と言うより優雅な言葉で表した。本当に技巧に長けた歌と言うのはこういうものなのだ。自分のような若輩が手を出しても、いかに中途半端に終わるものかと貫之は思い知らされた。
宴が果てると貫之は、行きと違って沈んだ心を抱えながら重い足取りで帰路についた。友則や忠岑が何か慰めてくれていたような気もしたが、まったく耳には残っていない。思い出すのは幾度も言われた「若い」と言う言葉と、他の歌人達の流麗で雅やかな歌の詠みぶりばかりだった。
どうしたら良いのだろう。これからは歌人として身を立てて行こうと考えていたのに。これではとても他の歌人達になど太刀打ちできない。あまりにも実力に差があり過ぎる。
貫之はこれまで学問ではいつでも周りの人より優れていた。幼い日々は物覚えの良さを女達に褒められて育った。それを母や友則に認めてもらい、大学寮の寮試も一番良い成績で通った。学寮内でもいつも優秀な成績を維持していたし、もしも省試を受けていたなら淑望に劣らない成績を上げていた自信もある。歌はまったくの素人からはじめたが、友則に連れて行ってもらった宴などでは好評だったし、風流人達も「筋が良い」と言ってくれていた。
だが、所詮自分は「筋が良い」だけの素人でしか無かった。あのようなきらびやかな席に出る方々の歌に比べれば、自分の歌など高貴な方々にお聞かせ出来るような物ではなかったのだ。
それでもあの場の人々が私が同席していることを許したのは、幾度も言われた「若さ」ゆえのことだろう。私は相当に御目こぼしをして頂いて、堅苦しい、聞くに堪えない歌を皆さんの前に披露してしまった。若いのだから致し方ない思われながら、皆辛抱してくれていたのだ。
貫之は以前、初めて友則に歌を見てもらった時のことを思い出した。二つの歌をつなぎ合わせただけのひどく未熟な歌。あの日の恥ずかしさはたとえようも無いものだった。あれから学問も学び、歌の技法も研究し、最近の傾向も知るようになった。もう二度と、あんな恥ずかしい思いはするものかと思っていた。しかし今日味わった恥ずかしさは、あの日の比ではなかった。自信も夢もいっぺんに砕け散った気がする。
一流の歌人を目指すと言う事は、あの人々と常に歌で戦い続けねばならないのだ。
貫之はぞっとした。それは途方も無い事のように思われた。皆、若いのだから素直に詠めば良いと言う。貫之にはその素直に詠むと言うのが分からなかった。自分なりには歌への想いを詠んでいるつもりでいるのだ。自分の知識も、情熱も出しつくしているつもりである。それでも他の歌人達の優雅な詠みぶりに比べると、表現も響きもまるでかなわない。
自分は将来への選択を大きく間違ったのではないか? 貫之は初めて自分の未来の頼りなさを痛感していた。
貫之は休みを取り、身の周りを屏風や几帳で取り囲み、御簾もぐるりとすべて降ろした。まるで高貴な姫君の物忌みと言う、身を隠し慎む習慣のように邸の奥に引きこもった。
これまでに書きとめた和歌を読み返し、歌合の席での歌を比べてはどうすれば他の人の様に詠めるのかと考え、悩んだ。そして諦めて何も手がつかなくなる。不安に襲われて再び筆をとり、歌を検証してはまた投げ出す。ろくに眠らず、食事もとらず、そんな事を繰り返して二日が過ぎてしまった。
「貫之。いい加減に食事をとりなさい。使用人だけでなく私の妻も心配しているのだ」
三日目の朝、友則にそう言われて貫之は几帳から出てきた。顔色は悪く、表情はさえない。
「気持ちは分かる。あの歌合わせは君が列席するには早すぎた。君の身の置き所が無くなることも予想はついた。今は辛いだろうとは思う」
のろのろと粥を食べ終えた貫之に、友則はそう言った。
「君は初めて和歌の世界の恐ろしさを知ったのだろう。これまで君は歌を詠むことは楽しいばかりだったのではないか? 悲しみや苦悩を詠む時でさえも、歌を詠む喜びは感じていただろう。その世界が突然牙をむいて襲って来た。大方、そんな風に思っているのだろう」
図星だった。今、貫之はあれほど輝かしく見えていた歌人の世界を恐れていた。名歌人達との大きな実力の差に恐れ慄き、脅えていた。
「……私は、みなさんが思っているほどの才能が無いのではないでしょうか? 誰もが若さは取れる、素直に詠めば良いとおっしゃるが、私はそれをどう詠めば良いのか分からない。どんなに詠んでも友則殿のような雅やかさが無いのです」
貫之は沈んだ声で言った。名人たちの前で差を見せつけられ、相当自信を失っている。
「君が辛い思いをするのは分かっていた。それでも敏行殿は君を推薦して下さった。君への期待がそれだけ強いのだ」
「その期待が私には辛いのです。私にそれほどの才能があるとは思えません。皆さんは私は若ささえ取れれば流麗で雅な歌が詠めると思っていらっしゃる。でも、私はあんな歌でも精一杯情熱を込めて詠んでいるのです。私の心を伝えようと必死なのです。それをどうしたら伝えられるのかさまざまな方法で模索して見るのですが、どうしても友則殿達のように雅な言葉で表せないのです。期待していただく分、私は辛くなるばかりなのです……」
「その熱さと必死さが君の歌を固く、理屈っぽくしてしまう一因だと思うが……。今それを言っても君には分かるまい。君は自分の選んだ道のりの厳しさと遠さに気付いて、足踏みをしてしまっているのだから」
「……まったく、お恥ずかしい事です」
貫之はその身を縮めた。
「恥じることは無い。大海原へと漕ぎだす時、人は誰でも希望だけでなく恐れや戸惑いを感じる物だ。そして和歌の世界は甘くは無い。君は少し早いが歌人としてそれを実感したのだ。まずは浅瀬に舟を浮かべることから始める所を、君はいきなり海原に櫂でこぎ出すことになった。広い海に恐れをなすのは当然だ。恐れを知らなくては僅かな波にさえ舟は飲まれ、沈むだろう。己の未熟を知ってこそ、舟を操る事が出来るのだ」
「でも、私には本当に歌人としての才能があるのでしょうか?」
自信を失った貫之は疑わしげにそう聞く。
「君は学問と同じように歌も研鑽を積みさえすれば、雅な歌が詠めるようになると思っている。本当は若いうちはそんな夢を見るのも悪くは無いのだが、君は歌で出世することを望んでいた。私も君が高貴な方の歌合に出るのは早すぎるとは思っていた。だが、一方でとても期待したのだよ。中将(敏行)殿と同じように」
「私の才能が伸びることをですか?」
「馬鹿を申すな。一度歌合に出たくらいで伸びるような才能など無い。歌は甘くないと言ったであろう? 私が期待したのは君の前を向く力だ。思い出して欲しい。君が初めて内教坊から出て、我が邸にやって来た日のことを」
貫之は遠くなった幼い日を思い出す。母と別れた心細さと不安。それでも新たな世界に膨らんだ希望。
「君はあの時、幾度も幾度も内教坊を振り返っていた。幼かったのだからさぞかし不安であっただろう。だが君はそれでも前を向いていた。自分の運命に恐れながらも、戦う決意を見せていた。確かに幼さからくる無謀な自信もあったであろうが、それ以上に君は立ち向かう勇気を持っていた。違うかね?」
「あの日、母と約束したのです。必ず入寮して出世すると」
そうだ。あの日、名残惜しげに見つめる母の心に勇気をもらった。この母の期待に応えようと。
「君は淑望とも約束したのではないか? 歌人なって出世してみせると」
「……そうでした。友則殿にも約束しましたね。だが、私にはそれに応える才能が」
「君には才能がある。そうでなければ君を中将(敏行)殿に紹介するなどと言う事はしない。中将殿の目も確かだ」
友則はそう断言した。彼の言葉なら貫之も信じたい。しかし、信じきれない自分もいる。
「今、君を一番信じられずにいるのは誰でもない、君自身だ。若さを恥じるな。歌の固さ、理屈っぽさを恥じるな。そんな事は些細な事だ。君には確かな知識と豊かな発想がある。機知がある。君を傷つけてでも歌合に出したのは、それを高貴な方々に知って頂くためだ。それはきっと君の後々の役に立つ。歌など突然詠めるようになる物ではないが、君の可能性がずっと広がる。そして君はこの傷を乗り越えられる男だと信じたからこそ、我々は君をあの場に出したのだ」
友則はそう言うが、貫之は自分に知識や発想があっても、それを生かす技術が無いことを思い知らされていた。そしてこの傷を乗り越える自信などもっと無い。周りの人々が自分を過剰に評価していると思えて仕方なかった。
それでも友則の言葉は信じたい。それは自分を信じてくれる、淑望や友則への友情からだ。
「淑望や友則殿が信じてくれた才能を、私が信じないわけにはいきませんね……」
貫之はようやくそう言った。まだ、自嘲気味ではあるが。
「そうだ。我々への見栄でも良いから信じて見ろ。そしてこれから触れる歌を糧にしろ。洗練された歌は教えられて詠めるものではない。多くの名歌に触れ、人や物の心に触れ、自分の感覚に取り入れてから詠めるようになる物だ。我々年上が君より流暢に詠めるのは当然だ。一体、君より何年長く和歌の世界にいると思う? そう簡単に並ばれてたまるか」
友則はそう言って笑った。




