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和歌集奏上

大変ご無沙汰しておりました。半年ぶりに更新させていただきます。

……忘れずに読んでくださる方がいればの話ですが(汗)

いきなりで申し訳ありませんが、フィクション全開です!

苦労して書いた序文を誇らしげに読み上げる姿を書きたかったんです。

いつものことですが、色々と目をつむってやってくださいませ……。

 淑望の懇願は実を結んだ。友則もふみでこのかな序を書く意義を時平に訴えていた。漢文の序(真名序まなじょ)は『毛詩』や『文選』を踏襲して書かれているが、貫之のかな序もそれを引きづぐこと、決して序文としての品格を失わないことを淑望も友則も懸命に訴えた。訴えてくる歌人たちの真剣さと、その革新的な行為への期待から時平も了承したのだ。

 時平は帝の許可を得ると期待を膨らませる帝のために、選者たちに和歌奏上の場でそのかな序を詠みあげ、帝に御披露するように指示した。その知らせを聞いた選者たちがどれほど喜んだかは、語るまでもないだろう。


 延喜五年、四月十四日。運命の日はついにやってきた。この日は歌人にとっても、この国の未来にとっても喜ばしい日になるはずの日。貫之たち選者が魂を込めて編纂した「古今和歌集」を、とうとう帝の御前にて奏上する日がやってきたのだ。


 この日を迎えても、ことを成し遂げた感慨は貫之にはまだなかった。思い返しても懐かしさなど湧くこともなく、この部立ててよかったのか、今の並べで納得できるのか、書き漏らした重要な歌はなかったか、自らが書き足した歌は適切であったか、何より、これまでの自分の判断は適切だと言えるのだろうか……。

 それまでにないやり方の編纂だったのだから、正誤の判断などしようがない。そもそも勅撰和歌集の編纂そのものが異例なのだし、詞書や人生を模した部立て、かな文字による序文など、異例尽くしの様式を取り入れてある。自分では納得し、選者たちともこれ以上ないほど確認しあっての編纂ではあるが、そこに何の不安もないとは言い切れない。多くの和歌に触れ、多くの考えを知るにつれ、当然己の未熟さはあぶりだされてきた。それを恥じつつ、時に情けなくなり、時に流されかけながら、それでも精査を重ね、判断を下しながらまとめ上げたつもりだ。


 最善を尽くした自信と、それが認められるかどうかという不安の中、それでも晴れの日を迎えた喜ばしさに胸を膨らませながら、緊張と興奮のまま、選者たちは内裏で顔を合わせた。

 当然誰もが皆貫之に劣らず顔を輝かせ、緊張の表情をしていたが、その中で皆が驚いたのは友則の痩せ方だった。よほど極端に痩せ細ったらしく、晴れの日にふさわしい礼を尽くした上質の衣が、完全にその身に泳いでいる。頬もこけ、眼の回りもくぼんで見える。


「友則殿……そのお姿はどうなさったのです。ほんの三日前まで、そのようにお痩せになってはいなかったのに」


 思わず貫之はそう声をかけた。確かに三日前、久しぶりに姿を見せた友則は以前より痩せていた。だが今のようなひどいやつれ方ではなかった。張りのある立派な晴れ着を着ているせいで、余計にやせ方が際立って見えるのかもしれないが、顔に見える影は隠しようがない。だが友則はその姿に似合わぬほどの晴れ晴れとした表情で、


「いやいや、あまりの喜びと興奮に、つい寝食がおろそかになってしまったのだよ。この喜びを皆と分かつことができると思うだけで、何もかもが満ち足りてしまってね」


 と、真逆の朗々とした声で語った。声だけは青年のように若々しくさえ聞こえる。だが、弱った体が緊張で支えられているのは一目瞭然であった。


「私がかな序を書くなどとわがままを申し上げたから、ご負担が大きかったのではないですか? 今日は晴れの日ですからご無理されているのでしょうが、奏上がすんだら早くお体を休ませてください」


 貫之は思わず友則の体を支えようとその手を伸ばしたが、それを友則が遮った。


「支えは結構。こんな晴れの日に、自分の足で歩かぬ者などいるものか。今日は私にとって人生最良の日なのだ。胸を張って帝の御前に向かわなくては」


 そういいながら伸ばしたその手の驚くほどの細さ。いやがうえにも皆の不安は増すが、この喜びの日に満足そうな友則の顔を曇らせるようなことは誰もできない。


「今日は大変でしょうが、喜ばしい日です。我々の成果をぜひ、高貴な方々に聞いていただきましょう」


 貫之は内心の不安を隠しつつ、笑顔を作ってそう答えた。すると友則は、


「今日の奏上、選者の代表は貫之が務めよ。一応 真名序、かな序ともに選者の筆頭は私の名が書かれているが、我々にとっての実質の撰者代表は貫之だ。これに誰も異存はないであろう」


 友則の言葉に皆が頷く。貫之も、


「そのお言葉に込められた期待と、責任の重さを身に背負い、僭越ながら帝への奏上を務めさせていただきます」


 と言って一堂に向けて頭を下げる。しかし貫之はもちろんのこと、その場のだれもが今の友則に帝への奏上を堂々とこなす体力がないことは察していた。この姿は友則の病が一時的に回復したように見えたのが、和歌集編纂の責任感と執念によるものであったことを物語っていた。編纂が終了し、最後のかな序を貫之に任せた時点で、友則の緊張の糸は緩んでしまったのだろう。そしてその身に病は容赦なく襲い掛かり、それでもこの晴れの日をこの目で見届けるべく、友則はこの場に姿を現したのだ。


 それでも皆、朗らかな笑顔だった。もちろん友則の予想外の衰えようは驚きに値したし、心に影を刺さずにはいられなかったが、一方で今日と言う日がやまとことばを愛する者にとって、待ち望まれた重要な日であることを強く意識していた。そのため自然に笑顔を浮かべることができた。選者の誰もがこの奏上を無事に終えられたなら、命尽きても構わないほどの喜びを味わっていたのだ。


 貫之たちは多くの貴人の居並ぶ内裏紫宸殿で、帝に拝謁し、国内初の勅撰和歌集を奏上した。何よりしきたりにこだわる内裏において、異例に異例を重ねて創り出された歌集。

 選者たちが編纂に取り掛かって後も、帝による国風文化推奨の風は穏やかに都を吹きわたっていた。そのため選者たちの評判も自然と高まり、歌人の評価も変化を見せていた。そして待たれていた和歌集の奏上。いやがうえにも人々の期待は高まっていた。


「待ちわびた和歌集の編纂がようやく終了したか。長らくの作業、大儀であった」


 時平は選者をねぎらいながら、完成を喜んだ。


「いえ、終了とは申しあげかねます。ですが、一応の完成を見ましたので」


 貫之の答えに時平は、


「一応の完成? そなたたちはこの編纂に満足できていないのか?」


 と、問い返した。


「満足はしております。我々が今できる精一杯のことを、この和歌集に込めてございます。ですが帝のお申し付けは、この和歌集を百年後の世までも残すに値する、和歌復興の手本となるべきものを編纂せよとのことでございました。我々は未熟ですので、今はこれ以上の物を創り出すことができません。これから見逃せない歌、捨て置けない歌などが詠まれれば、それも書き足し入れたいと考えております。そういう意味での、一応の完成なのでございます」


「では、今は満足のいく出来栄えなのだな?」


「現時点では精一杯でございます。帝にご満足いただけるよう、力の限りを尽くしました」


 そう、誰もが心を尽くし、全力を尽くした。友則殿は命さえ削られて……。


 貫之は心に浮かぶ影を懸命に追い払った。ここは帝の御前。そして今は歌人にとって最良の時を迎えているのだ。


「それならよい。さっそく献上せよ」


 内裏のしきたりにのっとって、厳かに、美しい紙に美麗な装丁を施した和歌集が、二十巻積み上げられ、帝の御前に用意された。公式の奏上らしく式次第通りに進行する。

 そして貫之は多くの期待をその身に浴びつつ、形式的には本来の形である漢文ではない、かな文字によって書かれた、やまとことばによる序文を読みあげるべく、深く息を吸った。

 この序文を書き記した時の想いが、心の中に去来した。それに心を任せつつ、貫之は「かな序」を朗々と披露する……。






この作品では貫之たちが上卿を名前で呼んでいますが、これは大変失礼なことで実際にはあり得ないとご指摘をいただいております。

全くその通りで、この後出てくる「かな序」でも身分の高い人の名を挙げるのは失礼なので、書かないという文言が出てきます。

左大臣とか丞相と呼ばせるようにと注意を受けているのですが、この作中ではこのまま名前で通させていただきます(汗)

歴史ものに慣れた人には不満でしょうが、不慣れな人には名前のほうが人物を特定しやすいですし、位が変わって名前が変わるというのは受け入れるのがしんどいんですよね。

そういう事情でこのまま行きます。


それから、遣唐使の停止後、国政に専念できた分けではなかったそうです。

むしろ次々と他国から襲われていて、大宰府なんか大変で道真さんはあんな目にあっちゃったわけですね。

そして和歌編纂は選者四人だけで行われたわけじゃないです。

これこそ完全にフィクション。見てきたように嘘書いてますんで。

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