死の予感(哀傷歌)
歌集を一つの物語のようにまとめ上げる。その一連の流れの終結を迎えるべき巻に古今集は入って行った。人生の終焉である死を悼む歌、哀傷歌の巻である。
ここで年若い貫之や躬恒は戸惑いを覚えた。もちろん彼らも知人や身内の死は経験を繰り返してきた。人と言う存在はとても強く確かな物で、その関係性は時を重ねて少しづつ作られ、見知らぬ他人も無垢な赤子もいつかは自分の中に人物像が出来上がって行く。
その確かな命の輝きが、徐々に光を失って行く様子を見守ることもあれば、唐突に失われることもある。そしていつかは自分にも『その日』はやってくる……はずである。
だが、貫之や躬恒にまだその実感は無い。人はいずれ老いて死ぬもの。そうは思っていてもその度に死に躊躇をし、動揺する。相応の年齢の人が亡くなっても、
「つい先日、賀の催しを行ったばかりなのに」
「お見舞いの席でお声を聞いたばかりなのに」
と、心のどこかで否定してしまう。若ければ若いほど、何故か人には永遠性があると感じてしまう物らしい。
「申し訳ありません。この、哀傷の歌ばかりは私は並べることができないようです」
貫之はそう言って歌の束を友則に託そうとした。
「……私は人の死と言うものを、まだ冷静に解釈できる境地に達していません。死を悲しむ歌が心を突き動かすことは知っていても、その悲しみに浅さ深さの差があるのかも分かりません。故人を思う心に貴賎つけることはできないし、永久の別れの前ではすべての言葉が重くも軽くも感じられてしまいます。これまで幾度も歌を並べ替えてみましたが、いくら考えてもどうやって並べを決めればよいのか、正直さっぱりわかりかねます」
貫之の言葉に躬恒も隣でこくこくと頷いていた。死は人生の終焉であり、この哀傷歌は歌の流れの締めくくり。それだけに並べに託される思いは深く、意味も重くなる。だから深い哀愁や感嘆の思いがこもった並べを目指したいが、『死』と言う重さを表現しきれる並べが思い浮かばなかった。
すると友則はしばし考えた後、
「貫之。この歌集を目にするのは、どのような人達だ?」と聞いた。
「はあ。まずは帝や高貴な方々。やがては世の人々皆に広がるはずですが」
「そう、世の人々だ。特に和歌に期待を寄せている人々に広く浸透させることが一番の目的だ。これからの和歌の世界を見守るであろう貫之や躬恒、さらに若い人々にも目にしてもらいたい歌集だ。決して自らの命の終焉を覚悟した者や、人の死について達観した僧などだけが見るものではない。そうでない人々の方が圧倒的に多い。帝ですらお前達よりずっとお若いのだ」
「ああ……!」
貫之と躬恒は気づいた。自分達は『死』にかかわる歌を特別に考え過ぎていたと。『死』は穢れであり、自分たちの世界とは違うものであり、何よりも重く扱わなくてはならぬ題だと思っていた。帝に献上する以上、人の死を軽く扱ったようには思われたくないという気持ちが先走っていた。
「そうだ。死は特別でありながら特別ではないのだ。だから、日常とわざわざ切り離さなくてはならない。今もこの世のどこかで人の命が消えているかもしれない。そして誰かがその死と向き合っているだろう。死と言うのはそのように自然に向き合うべきものなのだ。冷静に解釈できぬその心で、並べるからこそ意味がある」
貫之と躬恒はようやく納得した。自分達は人格者でもなければ僧でもない。人の死になすすべなく悲しむだけの人間だ。だからこそ、その戸惑う心で並べることに意味がある。
「とはいっても、ある程度の客観性は必要だろう。並べの何が気に入らずにいるのだ?」
流石に突き放すようなことは言わず、友則は貫之を促した。
「人の生と死の境は決定的な物がありますが、だからと言ってすぐにすべてが変わってしまう訳では無いと思います。受け入れなければならぬ死を目の当たりにした時、死にもやはり始まりから終わりまでがあると考えたいのですが……それを具体化できない。と言うより、どうにも物足りなく感じるのです」
「うむ。その流れはどのように考えた?」
「初めは『死の予感』ですね。残り少なくなった時間や自分亡き後の人々への思い。そして実際に死に直面した残された人の衝撃や悲しみ。ほんの僅か前まで確かにあった命が失われるのは信じがたいものです。まるで夢の中のような心地で、それでも死者を弔わなくてはならない。しかし悲しみに溺れるうちにいつしか亡き人が面影に代わって行く。その寂しさを抱えて人は生きて行かねばならない……。けれど、これでは何かが物足りないのです。私の死への実感が乏しいからだと思うのですが」
「死を実感できる者などいない。それを知っているのは死者だけだ。実感が乏しいのではなく視点の問題だ。若いのだから仕方がないが、その並べでは死者を見送る側の視点になってしまう。人生の終焉を表そうとしながら、人生を終えていない者の視点で並べているから終わりが見えなくなっているのだろう。貫之はもし私が明日死ぬと分かったら、どう思う?」
「そんなこと考えたくありません」貫之はそう即答したが、
「ここはある程度具体的な客観性が必要なのだ。お前の心はどのような状態になる?」
と、友則は返答を求める。
「衝撃を受けます。今の言葉だけでも十分に受けています。そんなことはあり得ないと分かっていても」
「あり得なくなど無い。私も貫之も、同じように明日命があるかは分からないはずだ。突然火事で焼かれるかもしれないし、落雷に遭うかもしれない。さあ、衝撃の後はどんなことを思う?」
「……お別れが惜しいです。信じたくもありませんし」
「ありがとう。とでも言って置くかな。では私が死んだ後は?」
「もちろん悲しいです。他の方が亡くなった時以上に悪夢のような心地がするでしょう」
「だが、いつかは立ち直ってくれるな?」
「ええ、残念ながら。母の時もそうでした。寂しさは残るでしょうが」
「では貫之、君自身が明日死ぬと分かったら、どう思う?」
「やはり衝撃を受けますね。そして多くの悔いが残るでしょう。この歌集の事、この場にいる皆の事、期待して下さっている帝や左大臣(時平)殿の事、まだ詠み足りぬ歌の事」
「死ぬ前に歌を詠むかね?」
「もちろんです。その時心に浮かんだ一番の想いを詠みますよ」
「それが人生の終焉だ。死に行く者の心だよ。歌を詠める状態のうちに詠みあげた歌。それこそが終焉の歌だ。死に向かいあい、死者を見送り、いつかその傷も癒やしながら生き抜いて、それでも最後にはやってくる終焉。それこそが締めくくりに相応しいと思わないか?」
成程。本気で明日死ぬとなれば感慨や感傷に耽る間もないかもしれない。今生きている瞬間にどんな歌を残すか必死になるだろう。死は誰の身にも必然に訪れるのだ。そしてその先は無い。
来世があるとは言うが、自分が自分の心で生きる現世の人生は終わってしまう。自分が感じることのできる人生に死という現実の終焉が訪れれば続きは無い。だからこそ死は重く、悲しいのだ。
「分かりました。全体の流れはそのままに、けれど死を予感して詠まれた歌を、終焉の歌として並べましょう。自分の人生を惜しみながらも、旅立たねばならぬ悲しみを」
「それが良いと思う」友則も頷き、躬恒もそれに同意した。
「それならば、私はこの巻の初めにぜひこの歌を載せたいです。死は必然と知りながらも、それに抗いたくなるほどの悲しみが伝わる歌ですから」
そう言って貫之が示した歌は、
いもうとの身まかりける時よみける
泣く涙雨と降らなむ渡り川水まさりなば帰りくるがに
(泣いてあふれるこの涙が、雨となって降って欲しい
三途の渡り川の水があふれ返って、妹がこの世に帰って来られるように)
死が必然の終焉と考えると、それでもなおと死に抗い生き返りを願うこの歌は、死の衝撃を受け入れ難く感じる肉親の、深い情愛にあふれる歌である。不可能な事を願わずにはいられないほどの悲しみが、胸に迫る名歌であった。
「高貴な方を亡くして惜しむ歌も考えましたが、死を受け入れられない悲しみを哀切に詠んだこの歌の方が、死の悲しみの幕開けには似つかわしい気がしますので。素性法師殿が前の太政大臣、藤原良房様の死を激しく悲しんで詠んだ歌も印象的ではありますが、この歌の方が最初の歌には相応しい気がします」
「この歌の方が人の心に添っているような気が、私もするな。高貴な方は誰もが知っているだけに悲しみも理解はしやすいが、この歌は『涙川』を彷彿とさせる恋の歌にも似た響きがある。それが悲しみの感情を身近に感じさせて、死の重さより悲しみの深さを感じさせてくれる」
躬恒もこの歌から選んだことに納得した。
「死は身近であり、特別である。誰にも共感してもらうには、この歌を初めにするのが相応しいと思いました。友則殿のおかげです」
「なに。それだけ君たちの人生がまだまだ長いと言う証拠だろう。私も忠岑も、もう少しは君らに色々教える時間があるはずだから」
友則がそう言って笑うと傍にいた忠岑も、
「おや、ついさっき明日にも落雷に遭うかもしれぬと言った癖に」と軽口を叩いた。
「いや、我らなら落雷も逃げて通るだろうよ。古今の名歌にいちいち解釈しながら並べるような連中だ。来世の方でうっとおしがられるに違いない」
友則はそう言って笑っているが、躬恒は貫之に耳打ちした。
「なあ。友則殿は普段からご自分の寿命について考えておられたのかな?」
「さあ。話の流れでたまたまの事ではないか?」
「いや……考えすぎだとは思うが、友則殿は最近どこか御心弱りな部分があるんじゃないかと思うんだが。先日の恋の歌に寄せた歌など、何とも絶望感がにじんでいたし」
確かに友則が恋の歌の最後『流れては妹背の山の中に落つる……』の前に詠んだ歌は、
うきながら消ぬる泡ともなりななむながれてとだにたのまれぬ身は
(辛い思いをしながら消える泡とでもなってしまえ
たとえ流されても……という思いさえ、あてにならぬわが身だから)
と言う、何とも救い難い内容だった。
報われぬ恋の歌が必要なところだったのだから、こういう歌が詠まれたのは当然なのだが、それにしても正直絶望感が濃い詠み方だ。和歌集の撰者に選ばれながらあと一歩、五位の位をなかなかいただけない友則の立場を考えると、人生の嘆きの歌と思えなくもない。
「早く、この歌集を帝に奏上しよう。そうすればきっと友則殿は五位の位をいただける。怨霊騒ぎで帝は位の低い者への昇進を躊躇なさっているだろうが、この歌集の良さを分かっていただければ、きっと友則殿を昇進して下さるだろう」
「そうだな。もう少し急ごう」
貫之は友則に『私が明日死ぬと分かったら』と言われた瞬間の衝撃と、その後胸に残ったざわめきを感じたのと同じ思いを、躬恒の言葉に感じていた。
考えてみれば友則も五十を過ぎている。老いが目立つことは無いが、若いとも言えない年齢だ。敏行殿でさえすでにこの世の人ではなくなっている。
いや、もちろん今から十年も先の心配をしても仕方がない。しかし今まで友則殿がいない和歌の世界など考えたことが無かった。彼は貫之の後ろ盾であり、先輩であり、師であり、父であった。いい加減甘えてばかりいないで、友則殿を安心させるべきだ。
貫之は初めて、この和歌集を一刻も早く完成させたいと思った。何故そんなに焦るのかは自分でもわからないが、急ぐべきだと心の声が貫之に囁きかけていたのだ。




