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ギターを使う曲の場合、『Owl's notes』ではCOOがそのパートを担当する事になる。レコーディングをどのように行うかはメンバーによるが、ヒロトの場合、まずベタ打ちで大雑把にギターのパートを埋めておき、それをCOOに渡して演奏してもらう、という形を取ることが多かった。『ユア・ノート』もそれに該当した。
「じゃあ、すぐに完成って訳にはいかないんですね」
「ああ。それに、ちょっと手直ししときたい部分も出てきたしね」
トオルの質問にそう答えた。
サナのボーカルを聴いて、新たな着想を得た部分もいくつかあったのだ。
「だから、その前に君をうちのメンバーに紹介する」
「は、初めまして……」
最初の挨拶は緊張した。
事務所の会議室で、ヒロト以外のメンバーと初顔合わせを行った。北川だけは知っているが、ユウイチ、マヤカシ、COOとは初対面だ。
サナの新曲。そして、新メンバーの加入。『Owl's notes』の面々にとっては、青天の霹靂もいいところだったはずだ。
(あ、女の子が居る……)
COOを見てトオルは少しほっとした。とりあえず彼女と仲良くなっておこうと心に決める。
(──あれ? でもそれ、ちょっとおかしくないか?)
全然おかしくない。
ミーティングでは、まずサナの新曲を完成させるのが先決で、トオルが本格的にボーカルとして活動するのはそれが終わってから、という事になった。
途中、COOに声を掛けられたりした。
「よろしくねートオルちゃん。うち、ずっと男所帯だったからさー。結構肩身狭かったんだよね。仲良くしようよ。あ、今度一緒に買い物とか行く?」
「は、はいっ、よろしくお願いしますっ」
(うわー、わざわざ気ぃ使って向こうから声かけてくれた! いい人、この人いい人だっ! おねえさまって呼ぼう。心の中で。あ、でもそれだとアヤさんが……。おねえちゃん? うん、おねえちゃんだなっ。クーおねえちゃんっ)
「どしたの? 急にくねくねしだして」
「──はっ」
*
踏切の音が聴こえる。
夜。誰も居ない児童公園。
トオルにはもう、なんとなく判っていた。振り返ると、そこにあの少年が居た。
「やあ」
真っ直ぐな目で、こちらを見つめている。
「サナさんの歌、見つけたよ」
穏やかに微笑んで、トオルはそう告げた。
「うん。ありがとう。おねーさんのおかげで、ようやく逢えたよ」
少年にとって、サナの歌に“逢う”事がどのような意味を持つのか、トオルは知らない。だが、自分の行いが少年に好ましい結果を与えたのなら、それは喜ぶべき事だ。いつしかトオルは、この少年に対して妙な親しみを覚え始めていた。
「そういえばさ」
「ん?」
「私、未だに君の名前、知らないんだけど」
「あー。名前ねえ」
そう言って少年は悪戯っぽい笑みを浮かべると、
「おねーさんは、知ってるはずなんだけどな」
そう言い放った。
「え?」
知らない、はず。今までこの少年と会った事は無かったはずだ。
「わからない?」
「……うん」
「わからないならヒロトに訊けばいいんじゃないかな、僕の名前」
また、ヒロト。本当にこの少年は、一体何者なのだろう。
「君はヒロトさんとはどういう──」
「ヒロトの子、かな」
「…………………………………………は?」
衝撃の事実を聞いた。
「でででも、ヒロトさんはまだ十九だし、君の年齢的にそれは、その」
トオルはあたふたした。
「──はっ! ま、まさか……」
トオルは何かに気付いた。
(未来から来た少年!?)
「……なんか妙な事考えてない?」
「お」
「……お?」
(お母さんは、誰なんだろう……)
訊けない。そんな事を訊いて、もし母親が自分ではなかったら……。
(って、母親になりたいのかよ俺は!)
元男の自分がヒロトの子供を産む?
想像して、トオルは一気に顔が赤くなった。しかしなぜか、悪い気はしない。そんな未来があってもいいのではないか。そう思うのだった。
(そういえばこの子、どことなくヒロトさんに似てるんだよな……)
あり得ない話ではないのかも知れない。
「おねーさん?」
「ひゃいん!?」
変な声出た。
「僕の名前はヒロトが付けてくれたけどさ、もしまたヒロトの子が生まれたら、その時はおねーさんが付けてくれる? その子の名前」
「え? で、でも……いいの?」
「もちろん。おねーさんも、その子のおかーさんみたいなもんだしね」
ああ、やっぱり。産むのだ。将来。ヒロトの子を。
トオルは覚悟を決めてしまっていた。
「うん。わかった。その時が来たら、ね」
「約束だよ」
少年は無邪気に笑っていた。──せめて、名前くらいは──心の中で、そう呟きながら。
それから二人は、他愛の無い世間話をした。といっても、少年は自分の事を一切語ろうとしないので、一方的にトオルが話すのを、少年が時折相槌を打って聞くという構図だった。
「──それで、サナさんのボーカルを見つけた時にね、ヒロトさん、泣いてたんだ。ヒロトさんが泣くところなんて初めて見たから、びっくりした。んで、私に『歌ってくれ』って。それ聞いてなんか、嬉しくってさ。つい『はい』って言っちゃった。だからもうすぐ、ヒロトさんの作った曲を歌う事になるんだ。ちゃんと歌えるのか、ちょっと不安だけど、どんな曲か、今から楽しみにしてる」
嬉しそうに話すトオルを見つめながら、しかし少年の表情にはなぜか翳りが差していた。それに気付いて、トオルが尋ねる。
「? どうかした?」
「……前に言ったよね。『決定的な矛盾』が発生した時点で、世界はリセットされるって」
「……うん」
嫌な予感が胸を掠めた。
「ようやく判ったんだ。その『矛盾』が何なのか」
「え……?」
「本当は今日は、それを伝えに来たんだよね」
「そ、それって……」
「おねーさんの、歌」
「私の……?」
「そう。ヒロトが、おねーさんの歌を完成させる事。それが、この世界を終わらせる『決定的な矛盾』になる」
ようやくヒロトとの絆を得たのに。
まるで、それは禁忌だと、釘を刺されたような。
そんな気がした。




