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少女感覚  作者: 森乃ケイ
サビ
21/27

 ギターを使う曲の場合、『Owl's notes』ではCOOがそのパートを担当する事になる。レコーディングをどのように行うかはメンバーによるが、ヒロトの場合、まずベタ打ちで大雑把にギターのパートを埋めておき、それをCOOに渡して演奏してもらう、という形を取ることが多かった。『ユア・ノート』もそれに該当した。

「じゃあ、すぐに完成って訳にはいかないんですね」

「ああ。それに、ちょっと手直ししときたい部分も出てきたしね」

 トオルの質問にそう答えた。

 サナのボーカルを聴いて、新たな着想を得た部分もいくつかあったのだ。

「だから、その前に君をうちのメンバーに紹介する」



「は、初めまして……」

 最初の挨拶は緊張した。

 事務所の会議室で、ヒロト以外のメンバーと初顔合わせを行った。北川だけは知っているが、ユウイチ、マヤカシ、COOとは初対面だ。

 サナの新曲。そして、新メンバーの加入。『Owl's notes』の面々にとっては、青天の霹靂もいいところだったはずだ。

(あ、女の子が居る……)

 COOを見てトオルは少しほっとした。とりあえず彼女と仲良くなっておこうと心に決める。

(──あれ? でもそれ、ちょっとおかしくないか?)

 全然おかしくない。

 ミーティングでは、まずサナの新曲を完成させるのが先決で、トオルが本格的にボーカルとして活動するのはそれが終わってから、という事になった。

 途中、COOに声を掛けられたりした。

「よろしくねートオルちゃん。うち、ずっと男所帯だったからさー。結構肩身狭かったんだよね。仲良くしようよ。あ、今度一緒に買い物とか行く?」

「は、はいっ、よろしくお願いしますっ」

(うわー、わざわざ気ぃ使って向こうから声かけてくれた! いい人、この人いい人だっ! おねえさまって呼ぼう。心の中で。あ、でもそれだとアヤさんが……。おねえちゃん? うん、おねえちゃんだなっ。クーおねえちゃんっ)

「どしたの? 急にくねくねしだして」

「──はっ」


     *


 踏切の音が聴こえる。

 夜。誰も居ない児童公園。

 トオルにはもう、なんとなく判っていた。振り返ると、そこにあの少年が居た。

「やあ」

 真っ直ぐな目で、こちらを見つめている。

「サナさんの歌、見つけたよ」

 穏やかに微笑んで、トオルはそう告げた。

「うん。ありがとう。おねーさんのおかげで、ようやく逢えたよ」

 少年にとって、サナの歌に“逢う”事がどのような意味を持つのか、トオルは知らない。だが、自分の行いが少年に好ましい結果を与えたのなら、それは喜ぶべき事だ。いつしかトオルは、この少年に対して妙な親しみを覚え始めていた。

「そういえばさ」

「ん?」

「私、未だに君の名前、知らないんだけど」

「あー。名前ねえ」

 そう言って少年は悪戯っぽい笑みを浮かべると、

「おねーさんは、知ってるはずなんだけどな」

 そう言い放った。

「え?」

 知らない、はず。今までこの少年と会った事は無かったはずだ。

「わからない?」

「……うん」

「わからないならヒロトに訊けばいいんじゃないかな、僕の名前」

 また、ヒロト。本当にこの少年は、一体何者なのだろう。

「君はヒロトさんとはどういう──」

「ヒロトの子、かな」

「…………………………………………は?」

 衝撃の事実を聞いた。

「でででも、ヒロトさんはまだ十九だし、君の年齢的にそれは、その」

 トオルはあたふたした。

「──はっ! ま、まさか……」

 トオルは何かに気付いた。

(未来から来た少年!?)

「……なんか妙な事考えてない?」

「お」

「……お?」

(お母さんは、誰なんだろう……)

 訊けない。そんな事を訊いて、もし母親が自分ではなかったら……。

(って、母親になりたいのかよ俺は!)

 元男の自分がヒロトの子供を産む?

 想像して、トオルは一気に顔が赤くなった。しかしなぜか、悪い気はしない。そんな未来があってもいいのではないか。そう思うのだった。

(そういえばこの子、どことなくヒロトさんに似てるんだよな……)

 あり得ない話ではないのかも知れない。

「おねーさん?」

「ひゃいん!?」

変な声出た。

「僕の名前はヒロトが付けてくれたけどさ、もしまたヒロトの子が生まれたら、その時はおねーさんが付けてくれる? その子の名前」

「え? で、でも……いいの?」

「もちろん。おねーさんも、その子のおかーさんみたいなもんだしね」

 ああ、やっぱり。産むのだ。将来。ヒロトの子を。

 トオルは覚悟を決めてしまっていた。

「うん。わかった。その時が来たら、ね」

「約束だよ」

 少年は無邪気に笑っていた。──せめて、名前くらいは──心の中で、そう呟きながら。


 それから二人は、他愛の無い世間話をした。といっても、少年は自分の事を一切語ろうとしないので、一方的にトオルが話すのを、少年が時折相槌を打って聞くという構図だった。

「──それで、サナさんのボーカルを見つけた時にね、ヒロトさん、泣いてたんだ。ヒロトさんが泣くところなんて初めて見たから、びっくりした。んで、私に『歌ってくれ』って。それ聞いてなんか、嬉しくってさ。つい『はい』って言っちゃった。だからもうすぐ、ヒロトさんの作った曲を歌う事になるんだ。ちゃんと歌えるのか、ちょっと不安だけど、どんな曲か、今から楽しみにしてる」

 嬉しそうに話すトオルを見つめながら、しかし少年の表情にはなぜか翳りが差していた。それに気付いて、トオルが尋ねる。

「? どうかした?」

「……前に言ったよね。『決定的な矛盾』が発生した時点で、世界はリセットされるって」

「……うん」

 嫌な予感が胸を掠めた。

「ようやく判ったんだ。その『矛盾』が何なのか」

「え……?」

「本当は今日は、それを伝えに来たんだよね」

「そ、それって……」

「おねーさんの、歌」

「私の……?」

「そう。ヒロトが、おねーさんの歌を完成させる事。それが、この世界を終わらせる『決定的な矛盾』になる」

 ようやくヒロトとの絆を得たのに。

 まるで、それは禁忌だと、釘を刺されたような。

 そんな気がした。


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