#52『開戦』
王宮が占領されて2日目が経った夕方。
亡霊のように精気を無くしたアリエッタの住人たちであろう集団と、街道ですれ違うことが多くなってきた。
その異変にゼンたちは、少し離れた丘で腰を下ろして話し合っている。
「やっぱり何かあったんじゃない?」
「方角的には俺たちが向かっているエレメント方面から逃げているような感じだよな?」
シルキーとヴェトンの会話に無言で耳を傾けているゼンは考え事をする癖で、軽く握った拳を顎に当てている。
出した答えはシンプルだった。
「いっそ飛び込んでみるか?」
「賛成!絶対に誰かに何があったのか聞いた方がいいよ」
「フィーナに珍しく同意見だ。行くぞ」
4人は街道に再び出ると、更に逃げ惑う人々が増えていた。
「おい、なにがあった?」
ゼンが農夫の若者に声をかけると、その若者たちは声を大きくあげた。
「もしやギルドのお方ですか!?」
ゼンの長刀シュバイツァーを見てギルドと誤解しているようだ。
その声が大きさに、逃げ惑う人たちが4人の周りを囲み出した。
「ま…待て!誤解だ、俺たちはギルドじゃ…」
「お願いします!村を助けてください!」
村人は全員ゼンたち4人に跪ひざまつき、口々に村の惨劇を伝えた。
「金なら皆んなでかき集める!頼む!」
「収穫前に全部焼かれでもしたら、この一年のすべてパーになっちまう!」
村人たちはギルドの認識を金を払えば魔物や魔族を追い払う義兵と勘違いしていたらしい。
「すまんが俺たちは単に旅をしているだけだ。ギルドではない」
誤解が解けると農民たちは肩を落とした。
その中で一際寂しい表情をしている女児とゼンは目を合わせてしまった。
「………」
ゼンは予定にない言葉を口にした。
「だが、魔族は放っておけない」
再び農民たちに明るさが灯り、その場の全員が腰を下ろして、村の悲惨さや、現状を耳にした。
「ちなみに数は?」
「100近くはいるらしいんだが、俺も見たわけじゃなくて……」
「いや、俺は500と聞いたぞ」
(この人たちに聞いても正確な数字は無理だな)
恐怖はリレー式に尾ひれがついて伝わるのがセオリーである。
負のバケツリレーによって数が誇張されているとゼンは考え、まずは現地で確かめようと思った。
「あとは何とかする……お前たちはこのまま危険を知らせながら地方都市まで逃げてくれ。そこなら衛兵もいるはずだ」
農夫たちは立ち上がり北へ逃げ、逆にゼンたちは逆方向にある惨劇地、南アリエッタ方面へ進んでいく。
「いいのか?あんな約束して?」
ヴェトンは一刻も早く香黒山に行くべきと暗に言いたいのだが、ゼンとしては村が一つまた一つと滅ぼされている現状を看過できなかった。
「どのみち進む先に魔族の大群がいるならいずれ戦闘になるし、いいんじゃね?」
シルキーは既に戦闘モードに気持ちをシフトしていた。
「どこにいるのかなぁ?」
フィーナの疑問は一キロ進んだあたりですぐに解決した。
「こ……これは……?」
血煙が漂う農村に立ち寄ると、既に逃げ遅れた村人たちが魔族兵によって喰い殺されている最中だった。
「なんだテメーら?」
気づいた魔族兵の声に他の魔族たちも食事をやめた。
そして立ち上がると、食材を放り捨ててゼンたちを睨みつけた。
「ひぃっ」
フィーナが目を背けたのは足元には大人や子供の足や腕が散らばっていた。
「……ゼン?念のため聞くけど、こいつらは殺ってもいいよね?」
ゼンもコクリと頷いた。
これまでの逃亡劇ではフィーナの意向で、フィーナに差し向けられた敵は全て殺さずに戦ってきた。
が、今回はそれとは関係がない。
「生かしておけば次の村が危ないからな」
ゼンはシュバイツァーを抜こうとしたが、シルキーは手で制止した。
「いいよ、コイツらは私一人で殺るから」
そう言うとゼンは手でフィーナの目を覆った。
「なに殺るとか言ってんだ?女がイキがってんじゃ……」
バチュ……!
言葉を言い切る前に魔族の頭が破裂した。
「えっ?」
シルキーの青い目が光り、視覚攻撃が連続する。
「うわぁぁ………あ゛っ」
バチュバチュバチュバチュバチュバチュバチュバチュバチュバチュバチュバチュ……!
次から次へと破裂していく魔族の兵隊に、仲間たちは驚くのみで、驚いた本人たちもすぐに仲間と同じ運命を辿っていく。
バチュバチュバチュバチュバチュバチュバチュバチュバチュバチュバチュバチュ……!
シルキーはおよそ11秒、その場にいた魔族兵28体を殲滅させた。
「骨すら残すつもりないから……」
シルキーの手から放たれた業火の禍力で死骸を全て灰にして片付けた。
「聞いてたよりも数が少ねぇな?」
ヴェトンの言葉通り、この魔族たちは先陣部隊で、その言葉の後、草をかき分けてメルコ本隊がわらわらと現れた。
「ここからが本番みたいだな……」
70体の魔族兵と、メルコがすべて到着した。
「ここにいたはずの我々の仲間はどうした?」
ゼンとメルコは互いの力量を瞬時に見抜いた。
(かなり手強そうだな……)
「すまんが、人間に危害を加えていたため殺した」
メルコはその意外さに笑った。
「そうですか、念のため聞きますが、エレメントの方ですか?」
「……まぁそんなとこだ」
「よろしい……では、これにて無事『開戦』ですね!」
「うおおおおぉぉぉっ!!」
そのセリフを合図に、地鳴りするほどの雄叫びを上げ、魔族兵たちはゼンたちに襲いかかった。
「シルキーは雑兵たちを頼む!ヴェトンはフィーナを守れ!俺はあの空に浮いてる奴をやる!」
「えぇ!?またお守りかよ!」
ヴェトンの愚痴が出る頃にはシルキーは言われなくても視覚攻撃で撃滅させていた。
仲間が死んでいく様をメルコは笑って感心した。
「ほう、やるな女」
唯一、シルキーの視覚攻撃が通じない魔族がいた。
「メルコ様!この女は私に譲ってください!」
「かまわん。刀男を始末する前に終わらせろよ、タイベック!」
「はっ!必ずや」
外務次官であるタイベックだが、理性とは常にかけ離れていて、交渉には不向きだった。
外務次官と言う肩書を与えられているが、実際の彼の出番はメルコの外交ごっこが失敗した時に、こうして敵に喰らい付く番犬のような役目でしかない。
そのタイベックに向けて、シルキーは高密度の禍力で練り込んだ火炎を、太い線状にさせ、トルネードのように回転させながら放っていた。
「人間にしてはやるな?あくまで人間としての話だが、ふふふ」
「ちぃっ!」
タイベックは杖の先から爆風を放ち、炎は押し返され、逆にその強烈な自分の技がシルキーに戻り、自爆するように破裂した。
ドゴーーーン!!
「ハハハハハ!自分の技で死んだか?」
シューー……
煙幕が上がると、シルキーはすらっとした姿勢で無傷で立っている。
「ほう、面白い!バリアか?」
「今の時代に杖を使ってるとか……マジでウケんですけど?」
シルキーの青い目が暗く沈んでいく。
「人間が作った武器らしいが、今時は使わんのか?」
「どうせバフ《※》付きの杖でしょ?雑魚かジジイしか使ってねぇよ」
※攻撃や防御などを一時的に上昇させる効果のこと
「半端なお前程度なら不要かもしれんが、強さを突き抜けた俺が使えば……うん?」
「おしゃべりはいいから来いよ?」
シルキーはそう言っているかのように、タイベックに向けた人差し指をくいくいと動かした。
「クソ女が……ならこれならどうだ!?」
タイベックは瞬時に無数の氷の刃を数百本ほど生成し、くるっと回して切先をシルキーに向けた。
「全て避けたらご褒美でもやるよ?」
ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!
(ふぅん……スピードもバフがかかってんのかしら?)
シルキーは紙一重ではあるが、芸術的とも言える動きで避けていく。
(バリアはしない……つまり、あの女のバリアは拡散させる魔法には強いが、鋭利な魔法には弱いと見た……勝てる!)
天高く杖を立てたタイベックが、シルキーにその向けて振りかぶると、シルキーの頭上に突如とした現れた巨大な氷が猛スピードで向かっていく。
「この大きさと威力ならバリアしても無駄だ!」
「!?」
甲高い笑い声をあげてタイベックは叫んだ。
「上から潰されて死ぬか!?正面から刺されて死ぬか!?それともミックスして死ぬかぁっ!?」
興奮したタイベックに比例して、シルキーは至って冷静だった。
「……ペラペラうっせぇな」
バリンッッッッ……
タイベックの氷魔法はシルキーに当たる直前に砕け散ってしまった。
「なっ!何故だっ!?俺はまだ魔ひょくひれひてない……」
タイベックの視界が突如180度逆さまになる。
「あへ?」
これが、『凶暴』と味方からも恐れられた外務次官タイベックの最後の言葉だった。
(あぁっ!クソ!頭が身体と離れたから魔法が消えたのか!?あとちょっとだったのに……)
胴から離れた首がコロコロとシルキーに向かっていく。
(いつだ?……いつ俺の首を ━━)
「ご褒美なら私がやるよ?」
━━ ぐちゃっ!
足元で止まったタイベックの首を、シルキーが氷の表情で踏み潰した。
タイベックは謎を残したままこの世から消滅した。




