#3 『月夜』
【前回まで】
教師であるゼンに王宮から課せられた生徒フィーナ殺害の命令。
王宮からの勅命、それは誰も拒むことは出来ない。
ゼンは土壇場で思いとどまり、逃げることを提案するのだが…
(私が傷つかないように気遣ってるんだ…やっぱり優しい人だな)
ゼンの言葉は最大限配慮しながらも、正直に話す姿勢に、フィーナは心を温めていた。
話が終わった後、ゼンはフィーナの顔を見て頭を下げた。
一瞬でも国の言いなりになりかけた自分が許せなかった。
頭を下げている間、おしゃべりなフィーナから言葉がないのが怖かったため、ゼンは顔をあげた。
「なぜ…笑ってる?」
「そう見える?」
全てを聞き終わった後のフィーナの感想はゼンにとって胸が掻きむしられそうになった。
「辛かったよね?先生…?」
国から殺されそうになっている自分のことより、本意ではない命令に従ったゼンの心を案じたフィーナの優しさは常人離れしていた。
「俺は……」
そう言うとゼンは再び頭を下げ、肩を震わせた。
◆
その後、ゼンにとっての疑問を当事者であるフィーナにぶつけてみた。
「なにか心当たりはないか?」
フィーナはきょとんとしながら
「もしかして…授業サボったり寝てばっかりだから…?」
それに意に介さずに重ねて尋ねるゼン。
「本当に心当たりはないのか?」
フィーナは少し考えて俯く
「うーん…でも本当にあるとしたら私が落ちこぼれだから…要らない子だったのかな?」
「そんなことはない!」
つい感情を乗せてしまいハッとするゼン。
「そういえば屋上でなんで教師になったか聞いたよな?」
昼間話せなかった続きを語るゼン。
「実は俺もだったんだ…お前の歳まで学校がつまんなくてさ…」
「先生も!?」
「フィーナと違って勉強は出来たけど、俺は友達作るのが下手でな…嫌だったんだ…自分より弱い奴が教える授業も、退屈な仲間も……そして、そんな自分も…」
真剣に耳を傾けるフィーナ
「だけど3年の時の担任がすげぇばぁちゃんでさ、禍力で何度も挑んだが触れることさえ出来なかった…」
「毎日挑んだけど全く歯が立たずに気づいたら結局卒業になってな。その時思ったんだよ、『あー楽しかった!』って…」
「だからさ!」と明るく笑い続ける、
「俺みたいに学校つまんないと思ってた奴が教師に一人くらいいればフィーナみたいに学校がつまらない奴を楽しくさせられるかな?って」
「先生…」
「なんだ?」
「そんなこと話した記憶ないけど、すごい感動した!」
あのなぁ…と、突っ込む前にフィーナは続けた。
「今更だけどさぁ…みんなと卒業したかったなぁ…」
(フィーナ…)
「お前は必ず守る…」
そっと抱きしめるゼン。
邪な気持ちではなく慈愛だと直感でわかった。
フィーナの胸中とは裏腹に覚悟を決めたゼンの瞳が深く暗く沈み出した。
◆
その後、脱出経路を説明するゼン。
「まず廊下から出れば寮の門までの間で鉢合わせするだろう。だから敢えてこの窓から屋根をつたって外に出る。」
「それで?」
「問題はこの学校の塀近くの見張り塔だな。あそこだけはどの方角も見張りは手練れの先生たちが多い…」
「あくまで教師は全員禍動士…束になってこられたら厄介だ……」
「どうするの?」
「…………」
「ここだ……」
学園の全体図にある東南の塀を指差す。
「ここの見張りの塔だけ後ろが死角になっている。この建物は…2年生の寮塔、ここまで走ったあと背後から俺が見張りを気絶させてそのまま塀を飛び越えて外に出る…それしかない」
「危なくない?」
と心配するフィーナをよそに、何かを察して素早く壁に張り付きながらそっと窓の下を覗くゼン。
「…………早いな…」
「先生…?」
「ここを出た方がよさそうだ…」
校長が寮の前に立ってこちらを見ていた。
そして不覚にも馬車から降りた校長と目が合ってしまった。
「えっ…!ちょっ…支度が…あわわわ…」
混乱しながらも急いでカバンに荷物を詰め込むフィーナ。
急げ!と急かすゼンにフィーナが恥ずかしそうに言う。
「あ…あと…こんな格好じゃ…」
実は暑い日になるとひんやりさせたブランケットに薄着で寝るのが大好きで、下はパンツ、上はノーブラにキャミソールだけだった。
フィーナは胸を腕で隠し、めいいっぱい裾を伸ばしていた。
ようやく夜目に慣れ、それに気づき慌てて後ろに振り向くゼン。
「バ…バカ!早く着替えろ!」
と頬を赤らめて着替えを促す。
すぐに着替えると、これから逃亡するのにどうみてもデート服だったが、突っ込むのもめんどくさくなり、
「行くぞ?」
と窓を開けてフィーナに向けて手を伸ばす。
ちょうど大きな満月がゼンの背後から照らされ、思わず見惚れるフィーナ。
まるで夢にまで見た初めてのデートのようだった。
「校長が中に入ったぞ……」
ゼンの手を掴みかけるが、引っ込めてしまうフィーナ。
「いい加減にしろよ…まだ持ってきたいものでもーー」
言いかけたゼンの肩の先にはフィーナが悲しそうに部屋見つめている。
ベッド脇に置かれたぬいぐるみ ー
落書きだらけの教科書 ー
脱ぎぱっなしになった制服 ー
この部屋に見える全てのフィーナの所有物たちが、今から持ち主が永遠にいなくなるなんて微塵も思ってもなさそうに、当たり前に置かれているように感じた。
「先生?もし、だよ?」
「…なんだ?」
「もし、なんとかなったらまた、ここに戻って…みんなとまた会いたい!それから今度こそ本気で勉強…頑張りたい!先生の授業今度は起きて聞きたい!」
頬から流れる雫を零しながら、フィーナは諦めたように笑う。
「無理……だよね?」
ゼンは、そんな教え子の顔を見つめ、笑顔で答えた。
「『もし』じゃない、『絶対』だ!」
――2人は月夜を駆けた。
【次回予告】
フィーナの寮から飛び出したゼンとフィーナ。
学校からの脱出を試みるのだが、思わぬ伏兵が…




