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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

重ねの果てで

掲載日:2026/02/28

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 限りある資源を、未来のために残す。

 よく聞く考えだけど、これをなかなか実行に移すことは難しい。現在の我々にとって将来のことというのは、いまひとつ実感の湧かない、対岸の火事のごとき案件に思えないかな?

 具体的にビジョンを持ち、それにつき進めるという人は実に素晴らしい。でも、未来が困るといわれても、今の生活を優先したくなる気持ちがどうしても先立ってしまう。

 締め切りがあっても、私はギリギリまで粘りたくなる人間だから、なおさらだ。特に他人から頼まれるものはね。

 だってあまりに早くにこなしちゃったら、「あ、もっとハードル上げても平気だ」と思われちゃうっしょ? それでこちらがぶっ壊されちゃかなわない。ゆとりなくして、将来なしてやつだよ。

 つらいこと、難しいことは少しずつ分けていく。これもひとつの方法なのだろうが、ときにはそれがよろしくない場合もある。

 むかしに、おじさんが話していたことなのだけど、聞いてみないか?


 おじさんが若いころ、鉄棒の素振りを毎日課せられていたことがある、と話していた。

 鉄棒といっても、器械体操に使うやつをイメージしちゃいけない。文字通りの鉄の棒。手で握りしめられるほどの太さで、長さはおじさんの身長くらいはある。

 8歳のころより始められたというこの素振りは、おじさんの背と筋力の伸び具合に合わせて長さと重さを調整され続けられたという。

 小さいころは素振りに対して、疑問を抱いたことはなかった。親のいうことといったら、まず逆らうべきものじゃないようにしつけられるからな。

 実際、世の中のことわりをよく知らないうちは、そうと分からずに大惨事を招いてしまう恐れもある。しつけはどこのコミュニティでも求められよう。


 が、歳を重ねてくると自分のやりたいようにやりたい欲も湧くもの。

 どうして、このようなことを続けなくちゃいけないのか。おじさんも疑問に思い始めてきた。なんで中学生にあがって部活が忙しくなり出したあたりで、親に尋ねてみたらしい。

 するど、おじさんの身体づくりのために、求められることだと教えられた。おじさんは生まれたときに未熟児というか、少し普通ではない生まれ方をしたそうなんだ。おじさん自身もこの時点でうっすらと話には聞いていた。

 そのままだと、普通の人と一緒に暮らしていくのは難しい。ゆえに、あの素振りを通じて身体を作っていかなきゃいけない。


「ここまででだいぶ仕上がってきている。だがまだ完全じゃない。あと1年、これを続けりゃ、お前ももう素振りをしないで済むだろう。もう少し、頑張ってもらえないか?」


 ラストまで、あとどれくらいか。

 これを聞かされて、君は奮起できるタイプか? あるいは、もうゴールが間近だと手を抜いてしまうタイプか?

 おじさんは後者だったようだ。100メートル走で、もうゴールだと思うと直前で失速してしまうタチ。そのときからおじさんは、これまで律義に回数をこなしていた素振りを少しずつ減らしていってしまったのだそうだ。

 たとえ総合的に日数が増えることになっても、一日あたりの時間を減らしたい。50本を40本、40本を30本……自分で定めたハードルはどんどんと下がっていく。

 素振りに関しては見張られることはなかったという。それはおじさんを信用してのことだったのか、もしそうだったらちょっと申し訳ないな……とも思ったが。

 どうやら、別の理由があったかもしれないことを、おじさんは知る。


 ハードルを下げ続けて8ヵ月近くが経った、ある朝のこと。

 そのときにはもう、10本ほどに減っていた素振り。もはや形だけのものと化していた。

 けれど、傘立てにしまってあるその棒を握ったとき、おじさんはかすかに違和感を覚えたのだそうだ。

 はじめは、自分が過敏になっているのかと思った、と語る。棒を握る手からいつもよりも重みが、握りの熱がたっぷりと伝わってくる。

 振り始めて気づいたのは、おじさんは自分の両手にそれぞれ1本ずつ、余計に指が生えていることだったんだ。


 いや、指というよりも枝のように思えたという。

 中指と薬指の間で伸びるその指は、他の指たちに比べてあまりにか細く、色も緑色をしていたらしいんだ。おまけに、引き抜くことができる。

 おじさんは夢中で、その枝のごとき指を抜いた。神経が通っているようで、さかむけをはがす時によく似た痛みはあったし、自分の指の間の肉にはぽっかりと陥没が残る。

 しかもその指らしきものは十分もあれば、たちまち肉の穴の中から先っちょが顔を出し、後釜にすわらんとしてくる。

 そのたびに抜いては生え、抜いては生え……朝の時間でのべ20本近い枝の指を抜いたそうだ。抜くたびに痛みは増し、最後はほとんどべそをかいていたらしい。


 この状態だ。親にはすぐばれて、ここまでのハードル下げという怠慢も明らかになった。

 おじさんの身体づくりは、まだ完了しきってはいないのがはっきりしたからね。放っておくとやがてこの枝らしきものは、おじさんの身体全体と入れ替わってしまうという。

 おかげでおじさんには危機感が目覚めた。漠然としたものではなく、完全に脅迫されているという危機感が。

 本来の予定に遅れること3年。おじさんはようやく枝が生えなくなり、素振りのない人並みな生活を送れるようになったとか。

 おじさんという資源が、その枝に奪われつくされなかった点はよかったね。

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