表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/182

愛の誓い(第2部 / 聖女の想い)

 宮殿の中庭では、慶一郎たちが戻ってくるのを待つ仲間たちがいた。

 レネミア、サフィ、カレン、ナリ、アベル——そして、マリエル。

 聖女マリエルは、古い石の階段に腰を下ろしていた。

 白い修道服の裾が夕風に揺れ、金色の髪が夕日に照らされて神々しく輝いている。だが、その美しい顔には深い想いの影があった。

 細い指が胸元のペッパーミル——神から授かった聖なる神器を握りしめている。

 あの夜のことを思い出していた。黄金龍都で神に許しを請い、慶一郎への愛を告白した夜のことを。

 それから長い時が過ぎた。

 戦いも、別れも、再会もあった。だが、慶一郎への想いは変わらなかった。いや、むしろ強くなっていた。

「マリエル」

 レネミアが隣に座る。

 王女としての威厳を保ちながらも、友人としての優しさを込めて話しかけた。

「また、慶一郎のことを考えているのね」

 マリエルが振り返る。その翡翠色の瞳に、確固たる決意の光があった。

「はい……私、決めたんです」

 レネミアが優しく微笑む。

 同じ慶一郎を想う女性として、マリエルの心境が手に取るようにわかった。

「以前、私は慶一郎様に想いを伝えました」

 マリエルが静かに語り始める。

「でも、あの時はまだ迷いがありました。聖女としての使命と、女性としての想いの間で……」

 風が中庭を吹き抜けていく。

 それは戦いが終わった平和な風だった。

「今は違います」

 マリエルの声に力があった。

「この戦いを通して、私は確信しました。愛することと、神に仕える事は矛盾しない」

 その時、宮殿の扉が開いた。

 慶一郎とエレオノーラが、アルカディウスと三人の長官たちと共に現れた。

 マリエルの心臓が静かに跳ねた。

 慶一郎の姿を見ると、胸の奥が温かくなる。それは恋心——もう隠す必要のない、純粋な愛だった。

「みんな!」

 サフィが弾んだ声で駆け寄る。

「お疲れ様でした!」

 カレンとアベルも立ち上がり、ナリも安堵の笑顔を浮かべた。

 マリエルもゆっくりと立ち上がった。

 今度は迷いはない。自分の想いを、改めて伝える時が来た。

「慶一郎様」

 マリエルが慶一郎に向かって歩く。

 夕日が彼女の白い修道服を照らし、まるで天使のような美しさだった。そして、その美しい顔には人間らしい愛が輝いている。

「お帰りなさい」

 マリエルの声は澄んでいた。

 他の仲間たちが察して、そっと距離を置く。エレオノーラも微笑んで見守っていた。

 中庭に、二人だけの空間ができた。

「マリエル」

 慶一郎がマリエルの前に立つ。

 見上げた彼の顔は、夕日に照らされて暖かく見えた。いつもの優しい表現で、彼女を見つめている。

「この戦いで、私は多くのことを学びました」

 マリエルが話し始める。その声は震えていないが、深い感情に満ちていた。

「愛することの意味。人を救うことの意味。そして——」

 マリエルが胸元からペッパーミルを取り出す。

 神から授かった聖なる神器。それは夕日を受けて、神秘的に輝いていた。

「神の愛と、人への愛は同じものだということを」

 慶一郎の目が優しく細められた。

「マリエル……」

「以前、私はあなたに想いを伝えました」

 マリエルが続ける。

「でも、あの時の私には迷いがありました。今は違います」

 ペッパーミルを両手で捧げ持つ。

「私の愛に、もう迷いはありません」

 マリエルの瞳に、確固たる決意が宿っていた。

「神に仕える身として、そして一人の女性として——あなたを愛しています」

 その言葉が、夕暮れの中庭に響いた。

 聖女の想いの確認——それは以前の告白とは違う、成熟した愛の表現だった。

「この神器と共に」

 マリエルがペッパーミルを慶一郎に差し出す。

「私の全てを、あなたに捧げます」

 慶一郎がペッパーミルを受け取る。

 その手は温かく、優しかった。

「マリエル……君の想いは、いつも俺の支えになっている」

 慶一郎が微笑む。

「君の愛も、神から与えられた贈り物だから」

 マリエルの心に、暖かいものが流れ込んだ。

 愛と信仰が一つになる感覚。

 神への愛と、人への愛が調和する奇跡。

「ありがとう……ございます……」

 マリエルが涙を浮かべて微笑んだ。

 それは聖女の微笑みであり、同時に愛する女性の微笑みでもあった。

 戦いを経て、彼女の愛はより深く、より確かなものになっていた。

 その時、マリエルの手にあるペッパーミルが、突然暖かな光を放ち始めた。

 それは神聖な光——神の祝福の証だった。

 ペッパーミルの表面に、古代文字が浮かび上がる。それは「愛こそが真の奉仕」という、神からのメッセージだった。

 マリエルの周囲に、金色の光の粒子が舞い始めた。それは胡椒の香りと共に空間を満たし、まるで天界の祝福が降り注いでいるようだった。

 胡椒——それは情熱と純粋さの調和を象徴する、神聖な香辛料。

 古来より、愛の記憶を料理に宿らせる力があると言われていた。

 そして今、マリエルの手にあるペッパーミルは、その伝説的な力を現実のものにしようとしていた。

「これは……」

 慶一郎が驚いて見つめる。

 ペッパーミルから立ち上る光が、彼の調和の炎と共鳴し始めたのだ。

 金色の光と紅蓮の炎が螺旋状に絡み合い、この世のものとは思えない美しい輝きを生み出している。

 マリエルの体も光に包まれていく。

 それは聖女としての力が進化している証拠だった。

 愛を受け入れることで、彼女の聖なる力はより強く、より美しくなっていた。

「マリエル……君は……」

 慶一郎が息を呑む。

 マリエルの姿が神々しく輝いていた。白い修道服は光の衣となり、金色の髪は天使の光輪のように輝いている。

 だが、それは冷たい神聖さではなく——愛に満ちた、暖かな聖性だった。

 『我が娘よ』

 突然、天から声が響いた。

 それは愛と胡椒の女神アガペリアの声だった。優しく、慈愛に満ちた、母親のような声。

 『汝の愛を祝福する』

 『愛することこそが、最も崇高な奉仕である』

 アガペリアの声に、マリエルの目から感激の涙が溢れた。

 『汝はこれより、愛する聖女として生きるがよい』

 『汝の料理に癒しの力を、汝の愛に希望の光を授けよう』

 ペッパーミルの光がさらに強くなり、マリエルの全身を包み込む。

 その瞬間、彼女の中で何かが覚醒した。

 新たな力——愛の力と癒しの力が一つになった、奇跡の能力だった。

 だが、それだけではなかった。

 ペッパーミルの表面に新たな文字が浮かび上がる。

 『記憶に宿る愛を呼び覚ます』『魂の糧となる香りを創造する』『情報そのものに愛を込める』

 マリエルが驚いて見つめる。

 「これは……今までにない力……」

 ペッパーミルから立ち上る香りが、ただの胡椒の香りではなくなっていた。

 それは記憶の香り、愛情の香り、そして——魂そのものの香りだった。

 慶一郎も感じていた。その香りに触れると、心の奥底に眠っていた何かが動き出すような感覚を。

 光が収まると、マリエルはより美しく、より輝いて見えた。

 聖女としての威厳を保ちながらも、一人の女性としての魅力にも満ち溢れている。

「ありがとう……ございます……」

 マリエルが天に向かって感謝を捧げる。

 そして、慶一郎とエレオノーラを見つめて、頬を薔薇色に染めた。

「あの……もし……もしよろしければ……」

 急に年頃の女性らしい恥じらいが顔に浮かぶ。

「私も……結婚式を……挙げさせていただけないでしょうか……」

 その素直で可愛らしい願いに、慶一郎とエレオノーラが微笑んだ。

 神聖な聖女が見せる、人間らしい乙女心。それがかえって愛おしく感じられた。

 その時、再び天から声が響いた。

 『慶一郎よ、エレオノーラよ』

 アガペリアの声は、まるで娘を愛する母親のように温かかった。

 『我が娘の願いを……受け入れてくれないだろうか』

 『彼女にとって、汝らとの絆こそが最も大切なものなのだ』

 女神自らが、マリエルの結婚を後押ししている。

 それは前代未聞の出来事だった。神が人間的な感情を露わにし、愛する娘の幸せを願っているのだ。

 慶一郎が深く頭を下げる。

「はい。マリエルの想いを、大切にさせていただきます」

 エレオノーラも優雅に一礼した。

「私たちも、マリエルを心から愛しています」

 アガペリアの声に、満足そうな響きがあった。

 『ありがとう……我が娘を、よろしく頼む』

 光が静かに消えていく。

 だが、マリエルの手にあるペッパーミルは、今でも暖かく輝き続けていた。

 それは神の祝福の証であり、彼女の新たな力の源だった。

「慶一郎様、エレオノーラ様……」

 マリエルが涙を浮かべて微笑む。

 「私、とても幸せです」

 その笑顔は、聖女の威厳と乙女の可愛らしさが完璧に調和した、この世で最も美しい笑顔だった。

 エレオノーラもまた、マリエルの決意に心を動かされていた。

 彼女の心に、過去の記憶が鮮明に蘇る。

 天界にいた頃——まだ『秩序』だけを信じていた時代のことだった。


---


 『エレオノーラ』

 上位天使アトレウスの厳しい声が天界に響く。

 『汝は人間界の監視を怠っている』

 若き日のエレオノーラが跪いている。

 『申し訳ございません……』

 『人間たちの料理文化が混乱を招いている』

 アトレウスが冷たく言い放つ。

 『秩序なき創造は破壊と同義だ』

 『彼らの自由な料理は、神々の意志に反している』

 エレオノーラの心に疑問が生まれる。

 しかし、それを口に出すことはできなかった。

 『汝の使命は、人間界に正しい秩序をもたらすことだ』

 『料理にも、愛にも、決まりがなければならない』

 『自由など……人間には必要ない』

 その言葉に、エレオノーラの心が震える。

 だが、彼女は秩序の天使として生まれた。疑問を抱くことは許されない。

 『はい……承知いたしました』

 だが、人間界に降り立ってからの彼女は違った。

 人間たちの自由な料理を見て、心が動いた。

 慶一郎の愛に満ちた料理に触れて、秩序だけでは測れない美しさがあることを学んだ。

 『秩序』と『自由』の間で揺れ動く日々。

 『天使』としての使命と『一人の女性』としての想いの葛藤。

 そして——愛に目覚めた瞬間の衝撃。

 慶一郎の料理を口にした時、彼女の中で何かが変わった。

 秩序だけでは表現できない、複雑で美しい味わい。

 規則に縛られない、自由で豊かな創造力。

 それまで信じてきた『正しさ』が、実は『不完全』だったことに気づいた瞬間。

 『愛』こそが最高の秩序だということを理解した時。


---


 エレオノーラは、かつて秩序を盲目的に信じていた自分を思い出していた。しかし今は違った。彼女が信じるのは秩序ではなく、愛に基づく調和だった。

「私も……決めました。もう迷いません」

 エレオノーラが決意を込めて言う。

「私の新しい使命は……慶一郎と共に、愛の秩序を築くことです」

「規則に縛られた冷たい秩序ではなく……愛に満ちた、暖かな調和を……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ