権力の味(第4部 / 宮殿突入)
記憶宮殿への突入は、想像を絶する困難を伴った。皇帝の力により街中が混乱状態に陥る中、慶一郎たち反乱軍の中核メンバーは、エレオノーラの結界に守られながら宮殿に向かって進んでいた。
結界の外では、暗黒の波動が渦巻いている。その波動に触れた建物は崩壊し、街路は亀裂だらけになっていた。まるで世界の終わりのような光景だった。
「結界が……持ちません……」
エレオノーラが苦痛に顔を歪めながら呟いた。天使の力を限界まで使い続けることで、彼女の体は既に限界を超えていた。額から汗が滴り落ち、それが冷たい地面にぽたりと音を立てて落ちる。
「無理をするな」
慶一郎がエレオノーラを支えた。彼女の体は熱を持っており、触れると火傷しそうなほど熱かった。
「大丈夫です……皆さんを……守らなければ……」
エレオノーラの献身的な姿に、仲間たちは胸を熱くした。彼女一人に頼り切るわけにはいかない。
「俺たちも力を貸す」
ザイラスが前に出た。
「元帝国官僚として、宮殿の構造は把握している。最短ルートを案内しよう」
「私も」
リーザが続いた。
「元料理検閲官として、宮殿の警備システムに詳しいです」
カレンとアベルが前衛を固め、ナリが技術支援で後方からサポートする。サフィとマリエルは、エレオノーラの負担を少しでも軽くするため、医療魔法で彼女を支援していた。
レネミアは王女として、宮殿に近づくにつれて現れる帝国官僚たちとの交渉を担当した。
「皆さん、目を覚ましてください」
レネミアが記憶を失いかけている官僚たちに呼びかけた。
「あなたたちも皇帝の被害者なのです」
王女の威厳と慈悲に満ちた言葉により、一部の官僚たちが記憶を取り戻し始めた。彼らは皇帝への疑問を抱き、反乱軍への協力を申し出てくれた。
「宮殿の入り口はあそこです」
協力を申し出た官僚の一人が、隠された通路を教えてくれた。
一行は慎重に宮殿に侵入した。内部は外観以上に巨大で、複雑な構造になっていた。壁には帝国の歴史が描かれているが、そのすべてが皇帝に都合よく改ざんされた偽史だった。
「気をつけて」
ザイラスが警告した。
「宮殿内部にも記憶罠が仕掛けられている」
実際、廊下の至る所に記憶を混乱させる魔法装置が設置されていた。ナリがそれらを分析し、無効化していく。
「この装置は……記憶を書き換える機能もありますね」
ナリが科学者としての知識で、装置の危険性を指摘した。
宮殿の奥に進むにつれ、皇帝の力がより強くなっていく。エレオノーラの結界がさらに圧迫され、彼女の体への負担が増していった。
「もう……限界……」
エレオノーラが膝をついた瞬間、結界に大きな亀裂が入った。
「エレオノーラ!」
慶一郎が駆け寄ったが、その時、宮殿の警備兵たちが現れた。
「侵入者発見!」
「記憶皇帝陛下への反逆者たちだ!」
警備兵たちが一斉に攻撃を仕掛けてきたが、カレンとアベルが見事な連携で迎え撃った。
「ここは任せて!」
カレンが調和の炎で強化された剣を振るうと、警備兵たちの記憶が蘇り始めた。
「俺たちは……なぜ戦っているんだ……」
記憶を取り戻した警備兵が困惑している。
「君たちも被害者だ」
アベルが優しく説明した。
「皇帝に記憶を操られていただけだ」
記憶を取り戻した警備兵たちは、逆に反乱軍に協力してくれるようになった。彼らの案内により、一行はより効率的に宮殿の奥へと進むことができた。
だが、上層階に近づくにつれ、皇帝の圧倒的な存在感がひしひしと感じられるようになった。空気そのものが重く、呼吸をするのも困難になってくる。
「皇帝の私室が見えてきました」
元警備兵の一人が指差した。
そこは宮殿の6階で、巨大な扉が厳重に封印されていた。扉の前には、皇帝の妻セレナの巨大な肖像画が飾られている。
「あれが……セレナさん」
サフィが絵を見上げた。美しい女性だったが、その瞳には深い悲しみが宿っていた。
「皇帝は今でも彼女を愛しているのね……」
マリエルが聖職者として、皇帝の心の傷を感じ取っていた。
その時、肖像画の瞳が光り、セレナの声が響いた。
『あなたたちは……誰ですか?』
それは皇帝が妻の記憶を保存した魔法だった。セレナの最期の言葉が、永遠にここで再生され続けているのだ。
『アルカディウス……あなたはどなたでしたっけ?』
その言葉を聞いた瞬間、宮殿全体が悲しみに包まれた。皇帝の心の痛みが、物理的な現象として現れたのだ。
「なんて……悲しい……」
エレオノーラが涙を流しながら肖像画を見上げた。
「これほど深く愛していたのに……」
慶一郎も胸が締め付けられた。皇帝への怒りが、徐々に哀れみに変わっていく。
「行こう」
慶一郎が最上階への階段を指差した。
「皇帝を……救いに行こう」
仲間たちも頷いた。これは戦いではない。一人の男性の魂を救う、慈悲の旅なのだ。
最上階の『記憶の間』に向かう階段を上りながら、一行は覚悟を決めていた。そこで待っているのは、愛を失った悲しみに狂った一人の人間。
憎むべき敵ではなく、救うべき魂。
調和の炎が優しく輝きながら、彼らを導いていた。最終決戦の場は、もうすぐそこだった。
エレオノーラも最後の力を振り絞って立ち上がった。天使として、そして愛する人の恋人として、必ず皇帝を救ってみせる。
愛と慈悲の力で、憎しみの連鎖を断ち切る時が来たのだ。




