権力の味(第2部 / 民衆蜂起)
街に響く民衆の怒号が、まるで大地の鼓動のように地下組織の隠れ家まで伝わってきた。慶一郎の調和の炎により記憶を取り戻した人々が、長年の怒りと絶望を爆発させていたのだ。
「記憶を返せ!」
「家族を返せ!」
「人間らしく生きる権利を返せ!」
群衆の声が一つになって、帝国の威厳ある建物群に向かって響いている。その声には、これまで押し殺されてきた感情のすべてが込められていた。
「上に出ましょう」
慶一郎が提案すると、仲間たちは無言で頷いた。
地上に出た一行が目にしたのは、想像を絶する光景だった。数万人の市民が記憶監視庁の建物を包囲し、その黒い壁に向かって拳を振り上げている。
「あの建物で……俺の記憶が奪われたんだ」
記憶を取り戻した中年男性が、涙を流しながら建物を見上げていた。
「私の子供も……あの中で……」
母親らしき女性が、膝から崩れ落ちそうになっている。
サフィが民衆の悲しみを目の当たりにして、胸を痛めていた。
「みんな、こんなに苦しんでいたのね……」
その時、記憶監視庁の建物から職員たちが現れた。彼らは民衆を鎮圧するため、記憶消去装置を手にしている。
「市民は直ちに解散してください! さもなくば記憶を強制消去します!」
だが、記憶を取り戻した民衆は、もう恐れなかった。
「もう騙されない!」
「記憶を奪われても、心は奪われない!」
民衆が一斉に前進を始めた。職員たちが記憶消去装置を作動させようとした瞬間、慶一郎が前に出た。
「やめろ!」
慶一郎の調和の炎が再び輝くと、職員たちの装置が無効化された。さらに、炎の光に照らされた職員たちにも記憶が戻り始めた。
「俺は……何をしていたんだ……」
職員の一人が装置を落とした。
「俺にも家族がいたのに……なぜこんなことを……」
記憶を取り戻した職員が民衆の前に跪いた。
「申し訳ありませんでした……」
その光景を見て、民衆の怒りが少しずつ哀れみに変わっていく。敵も味方も、皆が帝国の被害者だったのだ。
「みんな、聞いてください!」
慶一郎が群衆に向かって叫んだ。
「俺たちの本当の敵は、記憶皇帝です! 彼がすべての元凶なんです!」
民衆の視線が記憶宮殿の方向に向けられた。そこには血のような赤い光を放つ巨大な建物がそびえ立っている。
「皇帝を倒せ!」
「記憶宮殿を襲撃しろ!」
民衆の声が再び一つになった。だが、今度は盲目的な怒りではなく、明確な目標を持った決意だった。
「俺たちも一緒に戦います」
記憶を取り戻した元帝国兵たちが、民衆の側に立った。
「償いの時です」
レネミアが王女として、群衆を前に演説を始めた。
「皆さん、暴力では真の解決にはなりません。私たちは正義のために戦うのです」
彼女の言葉により、民衆の怒りが正義感へと昇華されていく。これは単なる暴動ではない。自由と尊厳を取り戻すための正当な戦いなのだ。
だが、その時、記憶宮殿から巨大な影が立ち上がった。記憶皇帝が本格的に動き出したのだ。
空に浮かび上がったのは、記憶皇帝の巨大な幻影だった。その顔は憎悪と絶望に歪んでおり、見る者の魂を凍らせるような恐怖を放っている。
『愚かな民衆よ』
皇帝の声が街全体に響き渡った。
『貴様らに記憶など必要ない。我が完璧な秩序の中で、人形として生きていれば十分だ』
その瞬間、皇帝の恐ろしい力が発動した。街全体を覆う巨大な記憶消去波が放射されたのだ。
「みんな、危険です!」
エレオノーラが天使の力を発動し、民衆を守ろうとした。だが、皇帝の力はあまりにも強大だった。
記憶消去波に触れた人々が、次々と倒れていく。せっかく取り戻した記憶が、再び奪われようとしていた。
「そんな……」
慶一郎が絶望しかけた時、意外な援軍が現れた。
地下組織の反乱軍が、街の各所から姿を現したのだ。ガルス率いる元帝国兵たちが、記憶保護装置を携えて民衆を守っている。
「諦めるな!」
ガルスが叫んだ。
「俺たちの償いは、今から始まるんだ!」
元帝国兵たちが命がけで民衆を守る姿に、街の人々は希望を取り戻した。
「立ち上がれ!」
「記憶を守り抜け!」
民衆と反乱軍が手を取り合い、皇帝の攻撃に立ち向かっていく。慶一郎の調和の炎も、仲間たちの想いに応えてより強く燃え上がった。
「みんなで力を合わせれば、必ず勝てる!」
慶一郎の言葉に、街全体が希望の光に包まれた。
記憶を巡る最終決戦が、ついに始まったのだ。皇帝の圧倒的な力に対して、人々の絆と愛が立ち向かう。その戦いの行方は、まだ誰にも分からなかった。
マリエルが祈りながら負傷者の治療にあたり、ナリが科学技術で皇帝の攻撃を分析している。カレンとアベルは騎士として最前線で戦い、サフィは人々を励まし続けていた。
それぞれが自分の役割を果たしながら、一つの目標に向かって進んでいく。記憶皇帝という絶対的な悪に対して、小さな希望の光が立ち向かっていった。
街は戦場と化したが、そこには確かな絆と愛があった。それこそが、どんな力よりも強い武器になるはずだった。




