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反抗の狼煙(第2部 / 真実の歴史)

夕方になると、マスター・オリオンが慶一郎たちを特別な部屋に案内した。そこは組織の最深部にある資料室で、壁一面に古い書物や文書が並んでいる。空気は古紙とインクの匂いに満ちており、長い年月の重みを感じさせた。


「今日、あなた方に真実をお話ししようと思います」

オリオンが『真の記憶の書』を取り出した。その表紙は古く黄ばんでおり、触れると指先にざらりとした感触が伝わってくる。


「記憶皇帝の正体について、です」


一同は緊張した面持ちで椅子に座った。慶一郎の胸で調和の炎が不安げに揺らめいている。


「記憶皇帝の本名は、アルカディウス・セレニウス」

オリオンが古い肖像画を見せた。そこに描かれているのは、優しい表情の中年男性だった。現在の冷酷な皇帝とは似ても似つかない。


「彼は元々、記憶学の研究者でした。帝国建国前、この大陸で最も優秀な学者の一人だったのです」


ナリが学者として、その情報に驚いた。

「記憶学の研究者が、なぜ独裁者に……」


「それには深い悲劇がありました」

オリオンがページをめくりながら続けた。


肖像画の次のページには、美しい女性の絵が描かれていた。金色の髪を持つ、天使のように美しい女性だった。


「これは彼の妻、セレナです。アルカディウスは彼女を心から愛していました」


エレオノーラが女性の絵を見つめて、何かを感じ取っていた。

「この方から……悲しみを感じます」


「セレナは『記憶病』という不治の病にかかりました」

オリオンの声が重くなった。

「この病は、徐々に記憶を失っていく恐ろしい病気です。最初は小さなことから忘れ始め、最終的にはすべての記憶を失ってしまいます」


慶一郎が想像しただけで胸が痛んだ。愛する人の記憶を失うことの辛さは、エレオノーラを一時的に失いかけた時に味わっていた。


「アルカディウスは妻を救うため、記憶学の研究に没頭しました。昼夜を問わず実験を続け、あらゆる治療法を試しました」


資料には、アルカディウスの研究記録が詳細に記されていた。その文字は次第に乱れており、彼の絶望が手に取るように分かった。


「しかし、病気の進行は止まりませんでした。セレナは夫のことすら忘れ、最後には自分が誰なのかも分からなくなってしまったのです」


マリエルが胸元で十字を切った。

「なんと悲しい……」


「アルカディウスは妻の最期を看取りました。彼女は夫を見つめながら、『あなたはどなたですか』と尋ねたそうです」


サフィが涙ぐんだ。

「それは……辛すぎます」


「妻の死後、アルカディウスは変わりました。愛する人の記憶を失うことの痛みから、人々を守ろうと考えたのです」


オリオンが次のページを開くと、そこには研究施設の設計図があった。それは後の記憶監視庁の原型だった。


「最初は純粋な動機でした。人々が悲しい記憶で苦しまないよう、記憶を管理しようと考えたのです」


レネミアが王女として、その心情を理解しようとした。

「愛する人を失った悲しみから、他の人々を守ろうとしたのですね」


「ええ。しかし、権力を手にした彼は次第に変質していきました。記憶を管理することで、人々をコントロールできることに気づいたのです」


カレンが騎士として、その変化に憤りを感じた。

「善意から始まったことが、邪悪に変わってしまったのか」


「悲しみが復讐に変わったのです。自分だけが苦しむのは不公平だと考え、すべての人から記憶を奪おうとするようになりました」


ザイラスが元帝国官僚として、皇帝の心境を推察した。

「自分と同じ苦しみを味わわせることで、バランスを取ろうとしたのか」


「現在の記憶皇帝は、愛する妻の記憶にとりつかれています。彼の私室には、セレナの肖像画が無数に飾られているそうです」


リーザが元官僚として、皇帝の私室を見たことがあった。

「確かに……美しい女性の絵がたくさんありました。あれがセレナだったのですね」


「皇帝は妻の記憶を保持するため、自分の記憶能力を極限まで強化しました。その結果、他人の記憶も自在に操れるようになったのです」


アベルが若い騎士として、純粋な疑問を口にした。

「でも、それなら皇帝も苦しんでいるということですよね?」


「そうです。彼もまた、愛を失った悲しみに苦しんでいます。だからこそ、誰も愛を感じることができない世界を作ろうとしているのです」


慶一郎は複雑な気持ちになった。記憶皇帝を憎んでいたが、その動機を知ると単純に悪と断じることはできなかった。


「彼を救うことはできないのですか?」

エレオノーラが天使らしい慈悲の心で尋ねた。


「それが『真の記憶の書』に記された方法です」

オリオンが書物の最後のページを開いた。


そこには古い言語で呪文が書かれていた。だが、その文字は普通の人には読めない特殊なものだった。


「『真の調和の炎』があれば、皇帝の心を癒すことができます。彼の悲しみを愛に変え、復讐心を慈悲に変えることができるのです」


慶一郎の胸で、調和の炎が激しく反応した。まるで自分の使命を理解したかのように、炎は力強く燃え始めた。


「でも、それは非常に危険な方法でもあります」

オリオンの表情が曇った。

「失敗すれば、慶一郎さんも皇帝と同じ運命をたどることになります」


エレオノーラが慶一郎の手を握った。

「私がそばにいます。一緒に戦いましょう」


「ありがとう」

慶一郎が微笑むと、調和の炎がより強く輝いた。


「皇帝を倒すのではなく、救うのですね」

マリエルが聖職者として、その方法に希望を感じていた。


「ええ。それが真の勝利です。憎しみの連鎖を断ち切り、愛で世界を変えるのです」


仲間たちの表情に、新たな決意が宿った。これは単なる戦いではない。一人の男性の魂を救う、慈悲の旅なのだ。


夜が更けていく中、彼らは記憶皇帝アルカディウスの過去を知り、戦いの意味を新たに見つめ直していた。


敵を倒すのではなく、救う。それがどれほど困難かは分からないが、確実に言えることがあった。この方法でなければ、真の平和は訪れないということだ。


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