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反抗の狼煙(第1部 / 秘密料理活動)

地下組織の本拠地で夜が明けると、慶一郎は自分でも驚くほど早く目を覚ました。封印された調和の炎は完全には戻っていないが、昨夜エレオノーラと手を取り合った瞬間から、胸の奥で微かな温かさが宿り続けている。石造りの床に敷かれた薄い毛布から身を起こすと、地下特有の湿った冷気が肌にぺとりと張り付いた。


「おはようございます」

隣で眠っていたエレオノーラも目を覚ましていた。天使の力はまだ完全には戻っていないが、その瞳には以前の輝きが戻り始めている。


「おはよう。よく眠れた?」

慶一郎が尋ねると、エレオノーラは微笑んだ。

「あなたがそばにいてくれたおかげで、安心して眠れました」


二人の会話を聞いて、サフィが嬉しそうに駆け寄ってきた。

「慶一郎さん、エレオノーラさん! 昨日より元気になってる!」


「ああ、少しずつだけど思い出してきたよ」

慶一郎が答えると、仲間たちも安堵の表情を浮かべた。


その時、地下組織の子供の一人が慶一郎に近づいてきた。昨日「お腹すいた」と言った男の子だった。

「おじさん、今日もお料理作ってくれる?」


子供の純粋な眼差しに、慶一郎の胸で何かが動いた。料理人としての魂が、封印の奥で静かに脈打っている。


「ああ、作ってあげよう」


慶一郎が立ち上がると、組織の人々が集まってきた。記憶を一部失った元記憶奴隷たち、帝国から逃れてきた家族たち、そして心に深い傷を負った人々。皆、希望に満ちた表情で慶一郎を見つめていた。


「みんなで一緒に作りませんか?」

エレオノーラが提案すると、人々の顔がぱっと明るくなった。


地下組織の簡素な調理場は、決して立派とは言えなかった。限られた食材、古い調理器具、薄暗い照明。だが、そこに集まった人々の心には、確かな温かさがあった。


「私、玉ねぎ切るの得意なんです」

元記憶奴隷の女性が申し出た。彼女の手つきは少しぎこちなかったが、その目には生きる喜びが宿っていた。


「俺は昔、パン職人だったんだ。少しは覚えているぞ」

元帝国兵の男性が、粉を捏ね始めた。軍人だった頃の硬い表情ではなく、穏やかな職人の顔になっている。


慶一郎は人々の手伝いを受けながら、心を込めて料理を作り始めた。調和の炎は完全ではないが、それでも確実に人々の記憶に働きかけている。


「この香り……」

料理を手伝っていた老女が突然立ち止まった。

「思い出しました。亡くなった夫がよく作ってくれたスープの香りです」


彼女の瞳に涙が浮かんだ。それは悲しみの涙ではなく、愛する人への想いを取り戻した喜びの涙だった。


「おばあちゃん?」

近くにいた少女が、老女を見つめた。

「私のこと、覚えてる?」


「あなたは……そうだ、エミリー! 私の可愛い孫娘!」

老女が少女を抱きしめた瞬間、調理場全体に温かな空気が流れた。


慶一郎の料理により、次々と記憶が蘇っていく。離ればなれになっていた家族が再会し、忘れていた友情が復活し、失われていた愛が戻ってくる。


「お母さん……」

記憶を失っていた青年が、中年女性に駆け寄った。

「息子! 私の大切な息子!」


涙と歓喜の声が調理場に響き渡った。慶一郎の胸で、調和の炎がより強く輝き始める。人々の幸せが炎の力を回復させているのだ。


「すごい……」

マリエルが感動で涙を流していた。

「神の奇跡を目の当たりにしているようです」


レネミアも王女として、この光景に深く心を動かされていた。

「これが本当の統治です。人々を幸せにし、絆を深めること」


だが、喜びの中にも影はあった。記憶を取り戻した人々の中には、帝国で犯した罪を思い出して苦しむ者もいた。


「俺は……仲間を密告した……」

元帝国兵の男性が頭を抱えた。

「許してくれとは言えない……」


その男性に、ザイラスが歩み寄った。

「俺もだ。俺たちは皆、罪を背負っている。だが、今は償いのために戦っている」


リーザも頷いた。

「過去は変えられません。でも、未来は変えることができます」


慶一郎が完成させた料理は、見た目こそ質素だったが、そこには計り知れない愛情が込められていた。人々がそれを口にするたび、新たな記憶が蘇り、新たな絆が生まれていく。


「この料理を……帝国中の人々に食べさせたい」

慶一郎が呟くと、エレオノーラが彼の手を握った。

「きっとできます。私たちならできます」


その時、組織のリーダーが現れた。

「素晴らしい光景ですね。しかし、これはまだ始まりに過ぎません」


リーダーの表情は複雑だった。喜びと同時に、大きな不安も抱えているようだった。


「帝国軍が動き始めています。我々の活動が察知されたようです」


慶一郎たちの表情が一変した。せっかく取り戻した平和な時間が、再び脅威にさらされようとしていた。


「でも、諦めません」

慶一郎が決然と告げた。調和の炎が、確実に力を取り戻していることを感じていた。

「俺たちは料理で、この世界を変えてみせます」


人々の歓声が地下に響く中、新たな戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。だが今度は、絶望ではなく希望と共に戦うのだ。


記憶を取り戻した人々の笑顔が、慶一郎たちに勇気を与えていた。この笑顔を守るためなら、どんな困難も乗り越えてみせる。


地下の調理場から立ち上る温かな湯気が、まるで希望の狼煙のように見えた。


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