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統制の鎖(第3部 / 隠された調和の炎)

マスター・オリオンの登場により、隠れ家の空気が一変した。彼は見た目こそ普通の老人だったが、その瞳には深い知恵と強い意志が宿っている。三大長官の連携攻撃すらも、彼の前では威力を失っているようだった。


「慶一郎君」

オリオンが調和の炎の持ち主に向き直った。

「君の炎を隠し続けることは、もはや不可能だ。だが、それを完全に封印することも必要だ」


慶一郎は困惑した。調和の炎は彼のアイデンティティの一部であり、それを封印するなど考えたこともなかった。


「どういう意味ですか?」


「三大長官、そして記憶皇帝の能力は、すべて記憶や感情に作用する。君の炎は記憶と感情の塊だ。つまり、最も狙われやすい存在でもある」


オリオンの説明に、エレオノーラの顔が青ざめた。彼女は天使として、慶一郎と調和の炎を守ることを使命と感じていたが、それが逆に彼を危険にさらしていることに気づいた。


「私が……慶一郎さんを危険に……」


エレオノーラの自責の念に、慶一郎は胸が痛んだ。だが、オリオンは首を振った。


「エレオノーラ嬢の存在も同様に危険だ。天使の力は調和の炎と共鳴し、より強力な光を放つ。それは希望でもあるが、同時に敵にとって格好の標的でもある」


その言葉に、一同は重い現実を突きつけられた。慶一郎とエレオノーラ、二人の最大の長所が、今は最大の弱点となってしまっている。


「では、どうすれば……」

サフィが不安そうに尋ねた。


「二人の力を一時的に封印し、普通の人間として行動する。それが唯一の方法だ」


オリオンが取り出したのは、古い封印具だった。それは水晶のような透明な石で、内部に複雑な魔法陣が刻まれている。


「これは『能力封印石』。帝国建国以前から伝わる古い魔法道具だ。これを使えば、一時的に特殊能力を封印することができる」


慶一郎は石を見つめた。調和の炎を封印することは、自分の一部を切り離すことに等しい。その恐怖と同時に、深い喪失感が胸を襲った。


「俺が……俺でなくなってしまうんじゃないか……」


慶一郎の不安を感じ取って、エレオノーラが彼の手を握った。

「大丈夫です。炎が消えても、あなたはあなたです。私がそばにいます」


だが、エレオノーラ自身も天使の力を封印することに対して深い恐怖を感じていた。天使としての存在意義を失うことは、死に等しい苦痛かもしれない。


「僕たちも一緒です」

アベルが若い騎士らしい勇気で告げた。

「炎がなくても、天使の力がなくても、僕たちは仲間じゃないですか」


カレンも頷いた。

「そうだ。力があろうとなかろうと、俺たちの絆は変わらない」


仲間たちの言葉に励まされて、慶一郎は決断した。

「分かりました。封印してください」


オリオンが封印石を慶一郎の胸に当てた瞬間、調和の炎が激しく反応した。まるで封印を拒むかのように、炎は最後の輝きを放つ。


「あ……」


慶一郎の胸から温かな光が消えていく。それと同時に、これまで感じていた料理への情熱、仲間への愛、世界を変えたいという想い、すべてが薄れていくような感覚があった。


「慶一郎さん!」

エレオノーラが駆け寄ったが、慶一郎の瞳には先ほどまでの輝きがない。


「俺は……一体何をしていたんだっけ……」


調和の炎と共に、炎に関連する記憶の一部も曖昧になってしまっていた。慶一郎は困惑した表情で周囲を見回している。


「これは……予想以上の副作用だ」

オリオンが困った表情を浮かべた。

「調和の炎と慶一郎君の記憶が深く結びついていたようだ」


エレオノーラの番になった。彼女は天使の力を封印することへの恐怖を必死に隠しながら、封印石に手を伸ばした。


「私も……お願いします」


封印石が彼女に触れた瞬間、天使の光が消失した。エレオノーラの美しい顔から神聖な輝きが失われ、ただの人間の女性になってしまった。


「エレオノーラ……」


彼女もまた、天使としての記憶の一部を失っていた。なぜ自分がここにいるのか、なぜ慶一郎と一緒にいるのか、朧げにしか思い出せない。


「私たちは……恋人同士だったような気がするんですが……」

エレオノーラが困惑しながら呟いた。


二人の変化に、仲間たちは深い悲しみを感じていた。調和の炎と天使の力を失った二人は、確かに安全になったかもしれない。だが、同時に彼らが彼らである理由も失ってしまった。


「これでいいのか……」

レネミアが王女として、この選択の是非に苦悩していた。


マリエルが祈りを捧げながら、涙を浮かべていた。

「神よ、このような選択を強いられる世界を、どうかお変えください……」


ナリが科学者として分析を試みた。

「記憶の混乱は一時的なものかもしれません。封印が解ければ、元に戻る可能性があります」


だが、それは希望的観測に過ぎなかった。実際のところ、誰にも確証はない。


「とりあえず、これで三大長官の攻撃は効かなくなった」

オリオンが苦い表情で告げた。

「だが、代償は大きすぎた」


隠れ家の外では、三大長官がまだ包囲を続けていた。だが、調和の炎と天使の力の消失により、彼らの探知能力も低下している。


「今のうちに別の隠れ家に移動しよう」

リーダーが提案した。


一行は慶一郎とエレオノーラを支えながら、秘密の通路を通って移動を開始した。二人とも力を失った影響で、体調が優れないようだった。


移動中、サフィが慶一郎に話しかけた。

「慶一郎さん、私のこと覚えてますか?」


慶一郎は困ったような表情を浮かべた。

「なんとなく……大切な人だったような気がするんですが……はっきりとは……」


その答えに、サフィは涙ぐんだ。調和の炎を通じて築かれた絆の記憶まで曖昧になってしまっている。


エレオノーラも同様だった。仲間たちのことは覚えているが、なぜ彼らと一緒にいるのか、なぜ帝国と戦っているのか、その理由が思い出せない。


「私たちは……何のために戦っているんでしょうか?」

エレオノーラの問いに、誰も即答できなかった。


ザイラスが重い口調で答えた。

「記憶を自由にするためだ。人々が自分らしく生きられる世界を作るために」


「そうですね……それは大切なことのような気がします」

エレオノーラは納得したような表情を浮かべたが、心の底からの共感は感じられなかった。


慶一郎も同じだった。料理への情熱、人々を救いたいという想い、それらがすべて薄れてしまっている。


「俺は……料理人だったんですよね?」

「ええ、とても素晴らしい料理人でした」

リーザが答えたが、慶一郎の表情に変化はなかった。


新しい隠れ家に到着した時、一同は重い沈黙に包まれていた。確かに安全は確保できたかもしれない。だが、戦いの意味を見失ってしまったような気がしていた。


調和の炎と天使の力を失った今、彼らに残されたものは何なのか。そして、この戦いを続ける意味はあるのか。


その答えを見つけるためにも、彼らは歩き続けなければならなかった。


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